5、もう一度チョコをくれ【完結】
俺は、彼女のやらかした失敗した数々の事情を知っていた。
ボロボロの服で出社したのは、入社式の日に駅のホームに落ちた子供を助けたからで、俺も現場に居合わせて手助けした。
大事なクライアントとの約束に遅刻したのは、アパートの隣人を病院に運んだから。
大体、彼女の隣の部屋に住んでいたのは、腐れ縁の友人進藤で盲腸でのたうちまわって、彼女に迷惑かけた張本人だ。
重要書類をシュレッダーしてしまったときは、他人のクレーム処理を徹夜で手伝い、寝不足でぼんやりしていたから。
俺のパソコンに水をこぼし壊したときは、朝から風邪で具合が悪そうにしていた俺を見かねて、気を利かせて薬と水を持ってきてつまずいて盆をひっくりかえした……。
理由はあるのだ。
意味もなく失敗するような子ではないことは、俺も分かっている。
今は、マスコット的にかわいがられてはいるが、こんなことではそのうち仕事はできないというレッテルを貼られてしまう。
彼女は、決して仕事ができないわけではない。
人が気にもとめないような、些細なことをよく見ているし。
手を抜くようなことはない。
書類に誤字はない。
生来の不器用さで、お茶をこぼしたり、緊張でしどろもどろになることはあるが、仕事の内容の説明は必ずメモをとり二度聞くことはないし、同じ間違いはしない。
ここぞというときには、信じられないような力強さを見せる。
――― 彼女のことをずっと見ていた。
他人のために失敗ばかりしていたら、いつか彼女自身が馬鹿を見る。
親父みたいに、人がよすぎて借金作って死んでしまうようなことが……。
だから、嫌われても構わない、声を荒げて怒らずにはいられなかった。
*
「村山、待ってくれ!」
まだ、自分の気持ちを伝える勇気はない。
この期に及んで、彼女が俺を好きになる理由がどうしても分からなかったからだ。
「俺は、君に好かれるようなことは何もしていない。いつも怒鳴ってばかりで親切にしたこともない。嫌な奴だと思われているとばかり思っていた。なのにどうして……?」
声がかすれる。これを聞くことが一番怖かった。
「先輩が怒鳴るときは、いつも私の為にじゃないですか? ちゃんと分かってます」
彼女は、当たり前のことのように答えた。
「先輩は、初めて会ったときからやさしかったです。
駅のホームからがっちり引き上げてくれたし。そのときスーツボロボロにしちゃってどうしようもなくなってたときに、受付嬢の方から服を借りてくれたし!」
思い出すだけで、うれしいのか彼女は満面の笑みで答える。
こっちは、思い出すだけで冷や汗がでる出来事だったというのに。
「それは、お前が入社式に出ないと病院に行かないって駄々こねたんだろうがっ! 駄々こねる元気があるなら、大丈夫かと思って用意してやったが、あの後ぶっ倒れただろ。どんなに俺が後悔したことか!!」
「別にうちどころが悪かったわけじゃないんだからいいじゃないですか。お腹が空いてただけだし」
「よくない! あの日あんなことがなければ、お前から目が離せなくなることなんて……」
いや、あの日あの場所で出くわさなくとも、翌日も彼女が痴漢を撃退したところを目撃したし、もしそれを見逃したとしても、彼女は隣の部屋に住む進藤を助けてくれたし、風邪の俺を気遣ってパソコンを壊しただろう。
生来のトラブルメーカー。
――― 彼女から、逃げられやしなかったのだ。
(だとしたら、もう彼女が何かしでかさないか近くで見ているしかないんじゃないか?)
俺は、大きくため息を吐いた。
それは、決して不快ではなかった。
肩の荷が増えたはずなのに、コリはほぐれたそんな感じだ。
*
俺のため息を聞いて、彼女はふられると思ったのか眉を八の字にし泣きそうな顔をした。
「勘違いしてるだろ? 村山は、本当におっちょこちょいだな」
俺は、彼女が握り締めていたチョコの箱を指差した。
「それ、もう一度くれないか?」
彼女の顔がパッと明るくなり、何度もうなずく。
「今日は、ホワイトデーだ。これから飯でも食いに行って、その後、このチョコを一緒に食べよう」
きっと、ビターな俺にも、君なら甘くやさしい夢を見せてくれる。
★ E N D ★
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チョコレートは二度もらう 天城らん @amagi_ran
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