4、3月14日 ホワイトデー


 今日は、ホワイトデーか……。

 チョコを貰った女子社員へのお返しは一通りすんだが、肝心の村山愛への返事だけはまだ用意をしていなかった。

 きっぱり断ってしまえば、今までどおりの生活に戻れる。

 なのに、『本当にそれでいいのか?』と問いかける自分がいた。



 そんなことを、ずっと考えながら廊下を歩いていると、

「日高先輩ッ!!」

 と、突然彼女に声をかけられた。

 俺は、撃たれたかのように驚いたが、悟られたくなく、年長者らしくたしなめて振り返る。

「村山さん、廊下でそんなに大声を出すもんじゃないよ」

「でも、何度も呼んだんですよ?」

 呼ばれたことにも気がつかないほど、考え込んでいたのか……そう思うと、いささかショックだった。

 しかも、悩みの元凶にそれを指摘されるとは。

 ばつが悪くなり、視線をそらす。

 彼女は、心配そうに俺を見ている。

「どうしたんですか? らしくないですよ」

 そういって、彼女は俺のボールペンを差し出してきた。

 ああ、落としたペンを拾ってくれたのか。

「いつもと同じだ。ペン、ありがとう」

 逃げるようにその場を立ち去ろうとしたが……。

「先輩、前っ!」

 言われたときには既に遅し。

 柱に激突していた。

「痛っ……」

(情けない……)

 こんな失敗は彼女の十八番だというのに。

 今度は、ペンだけでなくカバンの中身まで廊下にぶちまけていた。



 その中に、彼女からもらったチョコがあった。

 手付かずの包みを目の前にして、彼女は固まっている。

「やっぱり、迷惑でしたよね……」

 涙をこらえてつぶやく彼女を見て、胸倉を掴まれたような気がした。


 ――― 違うんだ!


 そう言いたかったが、不自然なような気がして言えなかった。

 自分の気持ちが分からないのに、何を取り繕うというのだ。

「甘いもの大好きなのに、手付かずってことはよっぽど処分に困ったんですよね……」

『そうだ、迷惑だった』と返事をすれば、すべてが終わる。

 なのに、うなだれる彼女の肩を抱き寄せたくなるのは何故だ?


「チョコ、回収していきます。ご面倒おかけしてすみませんでした」

 彼女が、小さな頭をペコリと下げて立ち去ろうとする。

 顔は見えなかったが、強く握り締めているせいだろうチョコの箱が少しつぶれていた。


 これですべてが終わる?


 それでいいのか?

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