2、2月14日 バレンタインデー
バレンタインデーは、毎年それなりにチョコをもらう。
名前も知らない他部署の女子社員からも。
甘いものは嫌いではない。むしろ大好きだ。
給料日には、近所の和菓子屋に必ず寄る。
腐れ縁の進藤からは、『日高はさ、ワインとタバコと仕事があれば生きていけるように見えるのに、真逆なんだから容姿詐欺だよな』と言われたことがあるが、そんなこと知ったことじゃない。
アルコールと煙で生きていけるわけがないだろうが?
ちなみに、下戸だしタバコもライトだ。
バレンタインデーのあの日も、カバンには入りきらないほどチョコをもらった。
所属と名前の書いてあるものは、お返しをしなければいけないが、それは毎年進藤の妹に頼んで適当に見繕ってもらっているからなんとかなるだろう。
2月14日は、みんな約束があるのか殆どの社員が残業せずに退社して行く。
似たような風景は、クリスマスにも見られる。
まあ、彼女のいない俺には関係がない。
いつもどおりの残業をする。
村山愛もダメ係長に押し付けられた会議資料を印刷するために残っていた。
周りがどんどん退社する中、彼女は不安そうな顔でそれを見送っている。
(デートの約束があるなら、そう言えばいいだろうに)
他の女子社員が、メイクを直し明るい笑顔で足取り軽く帰っていったのと比べると、少しかわいそうな気がした。
(まったく、こんな日に、貧乏くじ引かされて……)
だんだん、黙って見てられなくなった。
ここで、いつもなら『何でも押し付けられて馬鹿じゃないか』とか『出来もしないことを引き受けるな!』と、言ってやるのだが、さすがに今日はそんなことを言ったら泣かせてしまうのではないかと思ったのだ。
(彼氏を待たせているんだろうな、きっと……)
そう考えると、なぜか胸に小さな棘が刺さったように痛んだ。
俺は、ため息を吐くと彼女に声をかけた。
「村山さん、用事あるんだろ? 後は俺がやっておくから置いていっていいよ」
「ええっ!? あ、ありがとうございます。でも、用事なんてありません。大丈夫です!」
俺に急に声をかけられたことに驚いたのか、彼女はコピー用紙を撒き散らし、わたわたしている。
(相当嫌われてるな、俺)
当然だ。いつも彼女には怒鳴り散らしている。
かといって、一度言い出した申し出をそう易々と引き下げるのもかっこ悪い。
「大丈夫なわけがないだろう? そんなにそわそわして。間違えの元だから、今日はもういいよ。別に、村山さんに貸しを作ろうってわけじゃない。俺は予定がないから安心して……」
『帰っていい』という言葉を彼女が猛烈な勢いでさえぎった。
「予定ないんですか!!」
彼女の顔がパァッと明るくなる。
「暇で悪かったな。今日も残業するつもりだ」
「ホントですか!? じゃあ、日高さんが上がるときに声かけてもらってもいいですか?」
「……? ああ、わかった」
いぶかしげにそう返事をすると、彼女はホッとしたようにまた資料の印刷を始めた。
よく分からないが、俺の申し出はですぎたことだったようだ。
(くそっ、かっこ悪い……)
柄にもなくやさしいそぶりなど見せなければよかった。
重い気持ちで帰り際に彼女に声を掛けると、返ってきたのは意外な答えだった。
人気のなくなったフロアで渡されたのは、バレンタインのチョコ。
「先輩のことが好きです」
「……!?」
なにが起きたのか理解できず、声も出なかった。
彼女がどんな顔で渡してきたかもよく覚えていない。
気の利いたことも言えず、ただ無表情に赤いリボンのかかった小さな箱を受け取ることしかできなかった。
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