第7話「恋の魔法」side―アンナ

 私が初めて君を見たのは十年前。

 どんよりとした曇り空の日だった。


 と、その前に、少し私のバックボーンを話そう。

 私の事を、君に少しでも知って貰らいたい。


 私が生まれたのは、長閑な農村だった。そこは豊かな土地で、食べる物には特に困らず、それなりの生活を送れていたと思う。


 両親や一つ上の兄とも仲が良く、円満な家庭だった。だが、その幸せはいつまでも続いた訳ではなかった。


 あれは、私が六歳の時だ。

 豊かな土地故に、隣国に狙われてしまったのだ。


 戦争なんて特段珍しいものではない。ただ、その火の粉が自分に降りかかるなんて、幼い私は、ちっとも想像していなかった。


 夜襲をかけられ、気づいた時には村は火の海だった。隣国の兵士は、村人達を捕虜にする訳でもなく殲滅させる気だったのだ。


 両親は私と兄をなんとか逃がそうと、兵士の前に立って時間を稼いだ。


 そのお陰で逃げる事は出来たが、目の前で両親を殺された光景は、今でも脳裏に焼き付いている。


 兄と手を繋ぎ必死に逃げたが、その後ろから敵国の兵士が容赦なく追っていた。


 子供の足だ。屈強な兵士から逃げられる訳もなく、あっという間に追い付かれたよ。


 兄は私を庇って斬られた。

 私も殺される。

 そう覚悟した時、あの人はやって来たんだ。


 薔薇の花が描かれた旗を掲げる女騎士の集団。

 そう、エリッサ様が率いる薔薇騎士団だった。


 薔薇騎士団の戦力は圧倒的で、次々と敵国の兵士を討っていった。特にエリッサ様の戦いは凄まじく、一人で百人以上の兵士を討っていたと思う。


 やがて戦いが終わると、恐怖で座り込む私を、エリッサ様は優しく抱きしめてくれた。


 遅くなって悪かった。

 貴女の大切なものを護れずごめん。


 エリッサ様はなにも悪くない。だが、そんな言葉を聞いた私は、行き場のない怒りをぶつけてしまったんだ。


 両親を返せと、兄を返してくれと。泣きつかれ寝てしまうまで、私は泣き叫んでいた。


 その間も、エリッサ様は私を見捨てず、その胸を貸してくれていた。


 その後、私は孤児院に預けられる事になった。


 薔薇騎士団は、各地にある孤児院を時々慰問しては、子供達と触れあってくれていた。


 もちろん、私の孤児院にも来てくれた。

 エリッサ様を見た時、思わず飛び込んでいたよ。


 あの時はごめんなさい。

 助けてくれてありがとう。


 そんな私の言葉に、エリッサ様は優しく微笑んで頭を撫でてくれた。


 その時、私は誓ったのだ。エリッサ様のような、強くて逞しい騎士になると。


 それからは必死に己を鍛え、なんとか騎士学校に合格する事が出来た。私は嬉しくて、エリッサ様に報告したいと思った。


 しかし、時既に遅し。騎士学校で聞いた悲報に、私は膝から崩れ落ちた。


 そして、十年前のあの時に繋がる。


 悲報を耳にした私は、エリッサ様の眠る墓へと参った時、お墓の前で泣きじゃくる少年を見つけた。


 少年は憧れの人にそっくりで、まるで生き写しのようだと感じた。一目で、あれはエリッサ様のご子息だと理解した。


 声をかけようか迷った。泣きじゃく君を、この手で抱きしめて上げたかった。大事な人を亡くす悲しみが、痛いほど分かっていたから。


 だが、泣きじゃくる君はピタリと泣き止むと、意思のこもった声でこう言った。


「僕、絶対に立派な騎士になる! 父さんにも負けない強い騎士に。だから母さん、見守っていて下さい!」


 そこに込められた想いに、思わず私の足は止まってしまった。ここで慰めなんて、ただの自己満足に過ぎないと分かってしまったんだ。


 君は立ち上がる切っ掛けを自分で掴み、前を向こうとしていた。そんな時に、わざわざ現れるのは邪魔でしかないと思った。


 立ち止まった理由は、それだけではない。


 天涯孤独になった後に、毎晩のように見る夢。何度も繰り返させれる夢を、見ていたんだ。


 騎士の鎧を纏った一人の男性が、私の手を取り共に戦いに行く夢。その男性は、伝説の騎士アヴァロン様の生まれ変わりだとも言っていた。


「遅くなって悪かった。これからはずっと一緒だ」


 そう言って私の手を取る男性。そんな夢を見る度に、私はその男性に惹かれていた。


 そして、君の凛々しい横顔が、夢で見た男性に似ていたんだ。まあ要するに、八個も下の少年に見惚れていたんだよ、私は。


 それからだ。

 君の動向を追いかけたのは。


 騎士になるために、鍛練を欠かさない君を見ていたら、自然と自分も頑張らねばと、ヤル気を貰った。


 天恵が無いと知り、落ち込む君を見て涙を流した。それでも、騎士を諦めず立ち上がる君を見て勇気を貰った。


 騎士学校に入学し、どんな屈辱にも耐える君は騎士の鏡だと思った。逆境に負けず、ひたすらに鍛え立ち向かう姿に、心を鷲掴みされたんだ。


 だが、成績トップで卒業した君を受け入れる騎士団は無かった。天恵がないからと。


 何度、騎士総長に直談判しようかと思った事か。

 でもうちの騎士団は女専用の騎士団だった。


 なんの理由も無しに例外を作る事は、ままならなかった。だから奔走したよ。君をどうにか救う方法はないかと。


 そこでなんとか第一騎士団の団長グレン=マルトゥークの側近と渡りをつけ、グレンに吹き込んで貰ったのだ。


 第十三騎士団に君を入れれば、男嫌いの私が君に狼藉を働き、私を引きずり落とせるかもしれないと。


 成績トップで卒業したのは良いが、天恵なしの君をどうするか悩んでいた上層部も喜ぶし、貴方の株は上がる一方ですよなんてな。


 そのお陰で、君を第十三騎士団に配属させる事が出来た時は、あまりの嬉しさにうち震えた。


 そして今に至るという訳だ。

 私が君を好きになった理由は色々ある。


 夢に見た男性と瓜二つだった事。

 憧れの人の息子だった事。

 気になって君を影から見ていたら、思いがけず沢山のものを貰っていた事。


 今の私がいるのは、全て君のお陰なんだよ。

 だから私は、君が好きなのだ――

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