第5話「想い」

 どうしてこうなった?


 どうやら薔薇騎士団の新人は、団長の背中を流す事が伝統になっていたみたいだ。


 でも、僕が男だから遠慮していたとアンナ団長は言っていた。では何故こんな事になったのか。


 それは、僕の我が儘を聞いてくれた対価として背中を流してくれと頼まれたからだ。


 対価と言われれば断る事は出来なかった。


 背中を流すくらいならと、甘くみていたのも原因かもしれない。


「そろそろ風呂に浸かるとするか」

「ちょ、急に振り向かないで下さい……」


「ん? もしかして女の裸を見るのは初めてか?」

「あ、当たり前じゃないですかっっ」


「ふむ、端正な顔立ちでモテそうだが、案外うぶなんだな! ガハハハッッ!」


 なんちゅう笑い方をするんだ……。

 これじゃまるで、エロ親父じゃないか。


「ふぅ~、いい湯だなタクト君!」

「は、はぁ……」


 頼むから前を隠してくれ。

 これじゃ生きた心地がしないよ……。


「タクト君。君に聞きたい事がある」

「え、はい、なんでしょう?」


 急な真面目モードに緊張感が走る。


「君は生まれ変わりを信じるか?」

「生まれ変わりですか……」


 なんの事か良く分からなかった。


 ただ、大好きだった母が、またこの世に産まれて、今度こそシワシワのお婆さんになるまで幸せに生きて欲しい。そう思った。


「あると、良いなとは思います」

「そうか」


 僕の答えを聞いたアンナ団長は、静かに微笑んでいた。その表情がまた妖艶で、僕はのぼせそうになってしまった。


「そろそろのぼせそうなので、お先に失礼します!」

「うむ、確かに顔が赤いな。すまない、付き合わせてしまって」


 顔が赤いのは、ちょっと意味が違うんだけどね。


 もうこれ以上ここにいると、変な気分になってしまう気がした。


「ほう、鍛えられた腹筋も見事だが、立派な得物を持っているじゃないか」

「へっっ……あ、あぁぁぁーっっ!? こ、これは、違うんですぅぅっっ!!」


 頭にタオルを乗っけているのを忘れていた。

 お陰で僕の大事な所がブラブラと……。

 どうしよう、これじゃお婿に行けない!!


「お、団長にあんちゃんやないか。恒例の儀式は済ませたんか?」

「メリルか……ああ、先ほど済ませたよ。それより見てくれ。タクト君の指揮棒は見事じゃないか?」


 ヤバい! タオルッッ……がない!?


「あっ!?」


 アンナ団長、いつの間に僕のタオルを!?


「おお! 確かに立派やな! これだけ立派なら、良い音が鳴るなぁ! 女の喘ぎ声が……なんちって!」

「ガハハハッッ! 最高だよメリル!」

「やろ! 今日は冴えてるわぁ!」

「し、失礼しましたぁぁーっっ!!」


 脱兎の如く逃げるしかなかった。

 もうやだ、この騎士団。

 父さん、僕の貞操が危ないです……。


 セクハラ親父達から逃げ出した後、僕は自室のベッドで縮こまっていた。


 明日から、どんな顔で団長や副団長と顔を合わせれば良いのか分からない……。


 そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら眠りにつこうとしていたら、ドアをノックされる音がして慌てて飛び起きた。


「すまない、私だ」


 この声は……アンナ団長?


 恐る恐るドアを開けると、アンナ団長はズカズカと部屋に入って来る。


「ど、どうしたんですか?」

「まあ、楽にしたまえ」


 いや、ここ僕の部屋なんですが。とまあ、文句を言っても仕方ないので、大人しくベッドへと腰かけた。


 ただ、何故隣に座るんですか?


「さっきは不快な思いをさせてすまなかったな」


 ああ、なるほど。

 お風呂での出来事を謝りにきたのか。


「いえ、全然気にしてませんから、謝らないで下さい」

「そうか? しかし本当に立派な指揮棒だった! タクト君はまだ未経験かい?」


 ちょっと待ってくれ。


 気にしてないとは言ったが、そんなの建前ですよ? ガチセクハラは止めて下さい……。


「そうです。童貞です」


 こうなったらヤケクソだ。

 このセクハラに打ち克ってみせる。


「ほう、ではキスもまだか?」

「はい、僕の唇はまだ純情なままです」


 一体、僕の何を聞きたいんだこの人は。

 謝りに来たには不自然過ぎる。


「そうか……ところで、君は同じ夢を何度も見たりしないか?」

「同じ夢ですか? そりゃ、夢なら見ますけど、同じ夢を見たかなんて、覚えてないですね」


「私は幼い時から何度も同じ夢を見ている。ある男性が出て来て、こう言うのだ――待たせて悪かった。これからはもうずっと一緒だ、と」

「……その男性とは、面識が?」


 アンナ団長のお父さんか、はたまた初恋の人とか?


 同じ夢を何回も見るぐらいだ。アンナ団長にとって、大切な人に違いない。


「最近は顔を合わせる機会が増えて喜ばしい限りだ。そしてその男性だが、伝説の騎士アヴァロン様の生まれ変わりだと、夢では言っていた」

「ああ、それでお風呂の時に、生まれ変わりの事を聞いたんですね」


「そうだ、私はその男性に心酔していてね。しかもその男性は、私が憧れていた騎士のご子息なんだ」


 一体その男は誰なんだ?

 アンナ団長の心を掴んで離さない謎の人物。


 セクハラ親父なアンナ団長だが、その点を除けば良い所しかないと思う。


 心の広さ、優しさ、逞しさ。人柄だけじゃなく、見惚れるような美しさまで持ち合わせている。


 きっと世の男性は放っておかないだろう。


 先輩達によると、アンナ団長に求婚する手紙が、毎日ひっきりなしに届くと聞いた。


 こんな素敵な人に想われる男とは、どんなやつなんだろう。一度会って参考にしたい所だ。


 あ、もしかして美男との声が高い、栄光なる第一騎士団の団長、グレン=マルトゥーク様とか?


 それなら納得。第一騎士団は騎士団の中でも精鋭の中の精鋭が集まる誉れ高き騎士団だ。


「エリッサ=ザクール――その名を聞いた事はないか?」


 その名を聞いて、思わず固まってしまった。

 僕の大好きだった母――その人だったから。


「当然、知っていると思うが……君のお母様だ」

「なんで母を知っているんですか!?」


「お父様から聞いていないのか? エリッサ様は、元第十三騎士団の騎士だ――」


 大好きだった母。いつも笑顔で僕を抱きしめてくれた。その温もりは、まだこの胸に残っている。


『良い? あなたは、お父様に似て、立派な騎士になるわ。だから忘れないで、その優しい心は騎士にとって一番大事な事よ』


 それが最後に母が残した言葉だった。

 十年前の、どんよりした曇り空の日だ。


 それから僕は、母の墓標に向かって、絶対に立派な騎士になると誓った。涙は、その日以来出てこない。


「エリッサ様は、私を救ってくれた恩人だ。そして、憧れの人だった」

「母は……どんな人でしたか?」


「私が騎士団に入る頃には、とうに引退していたからな。幼い頃の記憶しかないが、とても優しくて、強い人だったよ」

「そうですか……僕は、母みたいな騎士になれるでしょうか……」


 あれ? なんで涙が……。


「タクト君……君はエリッサ様にそっくりだ。その意思の強い琥珀色の瞳。妖しさを漂わせる黒い髪。そして、温かい心を持っている。君なら、いや、君は強い騎士になるだろう」

「ありがとうございます……」


「因みに、この部屋はエリッサ様が新人の頃に使っていた部屋だ」

「ここに母さんが……」


 なんでだろう。

 目の前に母が見えた気がした。


 一生懸命に先輩達の服を洗う母。朝の元気な顔を見たくて、美味しいご飯を作る母。それは、全部僕が見てきた母だ。


「母さんっっ……」


 沢山泣いた。今まで我慢してきた分が全部出た気がする。アンナ団長は、そんな僕に黙って胸を貸してくれた。


「意思の強い君だ。きっと今まで我慢してきたんだろう。大丈夫、その悲しみは君を強くする」

「アンナ団長……」


「君のこんな姿を見たら我慢出来そうにない」

「団長……っ!?」


 唇に触れた温かさ。柔らかくて、優しいそれは、僕の悲しみを不思議と吸い取っていった。


「今日はここまでにしておく。タクト君、私は君が好きだ」


 なにも言えなかった。というか、急過ぎる展開に、頭がついていかなかったのだ。


 僕が、アンナ団長の想い人……!?

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