第10話「劣勢の末」

 とうとう洗礼の儀が始まってしまった。


 勢揃いした先輩達に囲まれた僕とユリーナ先輩は、お互いに覚悟を決めて向かい合った。


 僕が負ければ騎士団を辞める。

 ユリーナ先輩が負ければ僕の奴隷になる。


 そんな約束を交わしている事など、僕とユリーナ先輩以外は誰も知らない。


 ここで負けたら、僕の騎士として一生が終わる。

 絶対に負ける訳にはいかないのだ。


 新人の上、無恵の僕が勝てる訳がないと、誰もが思っているだろう。


 僕に想いを寄せてくれているアンナ団長さえ「負けても悔いる事なく精進せよ」と、始まる前に言っていたぐらいだ。


 ただ、期待はしているとも言っていた。


「君が命がけで鍛練に励んでいた事は知っている。可能性が低くとも、立ち上がるその強さを見せてくれ。期待しているぞ」


 そう言ってくれたのだ。緊張で強張った僕の心に、彼女の言葉は温かく響いた。


 お陰で震える事なくこの場に立っていられる。

 ありがとう……アンナ団長。


「怖じ気づかず現れたのね」


 相対しているユリーナ先輩からの挑発。

 そんな揺さぶりに動揺などしない。


 無恵の僕に向けられる挑発、蔑み、暴言。

 騎士学校で散々味わった屈辱に耐えたのだ。

 今更安い挑発に乗るような鍛え方はしていない。


「お手柔らかにお願いしますよ」


 そんな挑発のお陰で、逆に余裕が出来たぐらいだ。握った木剣を力強く握り直し、その時を静かに待つ。


 やがて、


「それでは……始め!!」


 アンナ団長の合図により、僕の騎士人生を賭けた勝負の時が訪れた――


「シールズ!!」


 ユリーナ先輩の言葉と同時に、四枚の盾が召還される。盾はユリーナ先輩を護るように周回し、次の合図を待っていた。


「それが先輩の天恵ですか」

「ええ、天恵無しで、私の盾を破れるかしら?」


 また軽い挑発か……良いだろう。

 少し乗ってみるとするか。


「では、試させて頂きますね――」


 僕は一瞬で間合いを詰めた。

 鍛えた足腰で地面を蹴る生身の技だ。


 ユリーナ先輩は一瞬驚いた表情をしていたけど、すぐに体勢を整え身構えていた。


「クロスシールド!!」


 四枚の盾が先輩の前に十字を作る。なるほど、盾を自由自在に操り、強固な壁を作ったのか。


 これを崩すのは並大抵ではないな。

 崩すのが難しいなら、一旦退くしかないか。


「判断が早いわね。流石、騎士学校をトップで卒業しただけあるわ」

「お褒めに預かり光栄です」


 さて、次の一手を考えなきゃな。

 防御が固いなら一点突破は難しい。


 それに、ユリーナ先輩の反射神経も素晴らしく、攻撃される前に盾を動かすのが速い。


「あら、もう来ないのかしら? なら、次は私の番ね――シールドバッシュ!!」


 一枚の盾が僕を目掛けて飛んで来た。


 横に転がりながらも、それをなんとか避けると、盾はユリーナ先輩の元へ素早く戻っていく。


「まだよ!」


 盾は次々に襲いかかってくる。同時に三枚の盾が左右正面から襲ってきたのは、流石に冷や汗が出た。


 防戦一方とはこの事だ。

 攻撃も盾に弾かれるし、その盾が襲っても来る。


「中々厄介な天恵ですね」

「お褒めに預かり光栄ね。それで、もう降参かしら?」


 くそっ、返す言葉がない。

 一体どうしたら、この状況を打開出来るんだ。


 ユリーナ先輩に、少しでも隙が出来れば……そうか!! 攻撃は最大の防御だが、この場面では逆なのかもしれない。


 防御こそ最大の攻撃になり得る――


「こんな温い攻撃では、僕を降参させるなんて無理ですよ? もっと本気で来てくれないと」

「あら、まだ強気な態度が取れるのね。良いわ……お望み通りにして上げる!」


 召還された盾の全てが、僕に向かって襲いかかってくる。


 左右正面後方。


 これをまともに喰らったら、盾に押し潰されて骨を持っていかれるのは間違いない。


 逃げ場がなく、ピンチに陥ったように見えているだろうが、まだ逃げる場所はある。


 一つ空いているのだ。

 空を見上げる事が出来る"上"が。


 ギリギリまで力を足に溜め、時を伺う。

 盾が接近し、僕を押し潰さんとした瞬間――


 溜めていた力を解放し、ユリーナ先輩の元へと飛び上がった。


「なっ!?」

「貰ったぁぁーっっ!!」


 振り上げた木剣を盾が戻るより速く振り抜く。

 これで、勝負は――


「うっっ!! かはっっ!」

「私、盾が四枚"だけ"なんて言ったかしら?」


 負けたのか……?


 もうあと少しという所で、五枚目の盾が僕の剣を防ぎ、六枚目の盾が空中にいた僕を弾き飛ばす。


 僕はそのまま地面に叩きつけられていた。


「勝負は着いたみたいね……団長!」

「うむ、この勝負――」

「まだだっっ!!」


 まだ終わってなんかいない!!


「何度立っても、状況は変わらないわよ!」

「そうだぞタクト君! 負けて悔しいのは分かるが、これはあくまでも君の力を確める場だ。これ以上やると、君の騎士人生にも影響が出るぞ!」


 だから立つんだ。

 ここで負けたら、僕は終わりなんだ!


「やらせて下さい! 後一回、後一回だけチャンスを下さい!!」

「しかし……」

「良いんやない? 諦めが悪いのも騎士には必要な要素や。ただし、危ない時はすぐに止めるで」


 僕を援護してくれたのは、メリル副団長だった。


「分かった。後一度だけチャンスを与えよう! 良いかな? ユリーナ君」

「分かりました。ただ、遠慮なんてしないわよ……タクト君!」

「それで構いません」


 なんとか仕切り直す事が出来た。

 まだ勝負は、終わってないんだ!


「悪いけど、最初から全力で行くわよ!」


 六枚の盾を召還し、勝負を決めようとするユリーナ先輩。盾六枚の波状攻撃なんて、流石に避けきれない。


 どうする? どうすれば良い?

 負けたくない! 騎士を続けたい!

 あの女を……屈伏させてやりたい!!


 敗北の許されない状況に、僕のどす黒い感情が溢れ出て来る。そして、僕の何が目覚めた。


『ようやく目覚めおったか』


 誰だ、この声……低く、腹に響くような傲慢な声。

 アンナ団長と居た時も聞いた覚えがある。もしかして、僕の中で響いているのか?


『その通り。俺の声は、お前にしか届かん。俺は待っていた――お前が目覚めるのを』


 どういう事だ? 僕が目覚める?


『俺はお前の"闇"だ。お前はこれまで、無意識に俺を抑え込んでいたに過ぎん。だが、これで俺は解放された。これからは、闇の俺と光のお前で、共存しようではないか』


 僕の闇がお前? 共存してどうなる? こんなどす黒い感情、人に向けたら大変な事になるだろ!


『だが、力は手に入るぞ』


 力だと? それって……。


『ああ、お前が喉から手が出るほど欲しい力――天恵だ。しかも、この力は"アヴァロン"と同じだぞ。くくっ、どうだ? 偉大なる力が欲しくはないか?』


 伝説の騎士アヴァロンと同じ力……。


 僕が頷いたらどうなる?

 僕の意識は失くなるのか?


『安心しろ、消えるのは俺の声だけだ。ただ、闇の感情はお前の中に残り続ける。俺は、謂わば――力そのものなのだ。さあ、どうするか選べ』


 僕は、僕は……負けたくない!!

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薔薇騎士団と最後の守護者~無恵の僕が、女性だけの騎士団に配属になったら能力が開花しました! ちょ、セクハラは止めて下さい!~ 瑞沢ゆう @Miyuzu-syousetu

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