第9話「欲望の闇」side――ユリーナ
緊張した。冷静を装うのに必死で、まともに彼の顔を見られなかった。顔が火照ってしょうがなかったけど、バレてないかしら?
タクト君、驚いたでしょうね……いきなりあんな事言われたら、私なら心が折れちゃう。
でも、私の目に狂いはなかった。
彼の目の奥底に眠るサディズムな闇。
私じゃなきゃ、絶対に気づかない彼の闇。
そう、私が真性のマゾヒズムじゃなきゃね。
私がマゾに目覚めたのは、まだ物心ついたばかりの幼い時。幼かった私は、悪戯をして両親に怒られていた。
両親はただ怒りに任せて叱っていた訳ではない。
私の事を思い、心を鬼にして叱っていたのだ。
そんな時、私は目覚めてしまった。
怒られて頬を叩かれた私は、心の底から来る快感に、びっくりして漏らしてしまったほどだ。
怒り過ぎたと謝る両親。
でも、もっと叱って欲しかった。
もっと責めて欲しかった。
狂った快感に狂った欲望。
幼いながらに、その快感の虜になってしまった。
だからか、私は悪戯を繰り返し両親を困らせた。
最初は私の思惑通りに叱ってくれていた両親。
だけど、あまりにも悪戯が過ぎる私を心配して、医者に見せるほどになってしまった。
医者は子供なら良くある事だと言っていたが、そんな事はない。
それからというもの、両親が心配で憔悴してしまったので悪戯は出来なくなった。だから我慢するしかなかった。
快感の事は誰にも言えなかったし、言葉では上手く説明出来ない。私は沸々した欲望を抱えながら生きてきた。
誰にも言えず、私と対極となる人も見つける事が出来なかった。でも、ようやく見つけたのだ。
タクト=ザクールという、ご主人様を――
彼が時々見せる深い闇を抱えた瞳は、私の背中を快感で凍らせ、我慢していた欲望を再熱させた。
この人は絶対にそうだと、確信出来たのは最近だったけどね。
今日のやり取りも、的が外れたらどうしようかとヒヤヒヤしたわ。でも、良かった。負けたら奴隷になれなんて、普通じゃ考えつかない。
しかもあの短時間でその思考が出来るという事は、彼のサドな一面を刺激して、眠りから起こしたという証拠よ。
私はずっと探していた。
自分のマゾな本心を、さらけ出せる相手を。
私が探していた人は、ただ痛めつけて喜ぶ単細胞じゃない。私の心に入り込んで、体の中から喜びを与えてくれるような人。
彼なら、そんな夢を叶えてくれると確信したわ。
後は、洗礼の儀で私に勝ってくれると信じよう。
わざと負けるなんて芸当、どうせ団長や副団長にバレてしまう。だから、全力で戦って負けなきゃいけない。
私の天恵は、複数の盾を召還し、自由に操れるというもの。私が本気で守りに入ったら、決して破られない自信がある。
本気の私にタクト君が勝てる確率は、一割……も無いわね。
彼が騎士学校をトップの成績で卒業したのは知っている。だけど、天恵無しで脅威と戦える可能性はかなり低いと思う。
魔獣なら兎も角、天恵を持った者同士で戦うなんてざらにある世界。一般市民だったら天恵が無くても生きていける。
でも、私達は国を護る騎士。
そこに天恵による力は必須だと思っている。
お願いタクト君。
私達のそんな常識を、どうか打ち砕いて。
そして私を――堕として。
「怖じけ気づかず現れたのね」
新人と手合わせをする"洗礼の儀"――
貴方は堂々と私の前に立っている。
そこに怯えや恐怖はない。
「お手柔らかにお願いしますよ」
そんな事を言っているけど、私の目は誤魔化せない。その瞳は、私を喰らってやると訴えている。
「それでは……始め!!」
アンナ団長による開始の合図が響く。薔薇騎士団が一堂に会した中、私達の戦いは始まった。
元々洗礼の儀は、新人の力を試す事を目的としている儀式。それ故、相手をする先輩が負けるなど言語道断。
新人の力を試すのはもちろんだが、圧倒的実力差を見せつけ、お前が思っている以上に騎士の世界は厳しいものだと、教える目的も含まれている。
当然、新人が洗礼の儀で勝ったという話は聞かない。他の騎士団でもそうだ。
相手をするのは、中堅と呼ばれる脂の乗った先輩が務める。任務での経験と鍛練で得た力に、一年目のひよっこが勝てる訳もない。
だが、今年はタクト君と私の要望を汲んだアンナ団長が許可を出し、一年先輩の私が相手をする。
普通ならあり得ない。何故許可出たのか考えてみた結果、タクト君が無恵だからという結論に至った。
洗礼の儀でも当然、天恵の力をぶつけ合う。相性はあるものの、天恵の使い方を熟知した先輩に立ち向かうのは至難の技。
でも、タクト君は天恵が使えない。
普通に戦うだけでも負ける前提で挑む洗礼の儀に、天恵が使えないという事実は、戦に裸で挑むようなものだ。
だから、一年先輩の私でも問題ないと判断したのだろう。私の天恵は防御に特化した能力だし、負ける事はない。
私の本心としては、タクト君に勝って欲しいと祈っているけどね。
「シールズ!!」
私の言葉と同時に四枚の盾が召還される。
盾は私を起点に周り、次の展開を待っていた。
「それが先輩の天恵ですか」
「ええ、天恵無しで、私の盾を破れるかしら?」
少し挑発してみたが、タクト君は眉一つ動かさず睨んでいる。良いわその瞳。ゾクゾクする。
「では、試させて頂きますね――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます