第2話「歓迎の洗礼」

 僕がその騎士団へ配属されたその日は、どんよりとした曇り空の少し寒い日だった。


「不束者ですが、よっ、よろしくお願いします!」


 緊張で震える僕がそう挨拶をすると、


「結婚の挨拶かよ」


 返ってきたのは、外と同じ冷たい声。

 シーンと静まるその場の空気。


 その状況は精神的に堪え難く、僕の震えは更に勢いを増し、立っているのもやっとだった。


 少しずつ暗くなる視界。

 緊張と恥ずかしさで気を失いかけたその時――


「まあ、折角来てくれたのだ。歓迎しようではないか」


 助け船を出してくれたのは、この騎士団の第十五代ローズナイト(団長)である"アンナ=リールズ"様だった。


「だけどさ団長……うちの騎士団に男が配属されるなんて可笑しな話だぜ?」


 確かに、それは僕も疑問に思っていた。

 が、なんとなく理由は推し測れた。


 多分だが、僕が"無恵"の落ちこぼれだからだろう。


 騎士学校をトップの成績で卒業した僕だが、それは騎士学校の評価に天恵が考慮されていなかったからに過ぎない。


 騎士学校は騎士がなんたるかを学び、精神と肉体を試す場所なのだ。


 無恵の僕が唯一努力出来るのは、そこしかなかった。


 だから寝る間を惜しんで体を鍛えたし、どんな屈辱にも耐えた。


 学友の中には、僕がトップの成績なんて可笑しいと、直接文句を言ってくるやつもいた。


 そして最後には、嘲笑ってこう言う。


「いくら騎士学校の成績が優秀だろうと、騎士団に入れない無恵だろ」


 無天恵の落ちこぼれを配属させる事など、プライドの高い上の人達は許さない。


 それを分かっていて、みんなは僕を馬鹿にした。


 だが、トップの成績で卒業した僕をどこにも配属させないのも世間体が悪い。


 そこで、騎士達を管理するお偉いさんが考えたのは、女性のみで構成されたこの薔薇騎士団に配属させ、自ら辞めさせるという嫌がらせにも似た行いだったのだろうと邪推する。


「確かに、滅多にない事だが、前例がない訳ではない。数百年前、ヴァルキリー達を率いて伝説となった騎士――アヴァロン様がいるではないかっっ!!」


 僕をフォローするように、アンナ団長は団員達に伝説の騎士を前例に出し力説していた。


 だが、薔薇騎士団の団員達は、そんな伝説の騎士を例えに出されてもと言わんばかりの困惑顔。


 熱く語るアンナ団長と、冷めた顔の騎士達に挟まれ、少し気まずくなってきた。


 自分はそんな凄い存在にはなれないと、説明しておいた方が後々のために良さそうな気がする。


「僕は、そんな凄い人にはなれませんよ……」


 か細い声でそう呟くと、アンナ団長のキリリとした端正な顔が僕に向いて思わずドキッとした。


「なにを言っている。まだ騎士になったばかりの君の可能性は無限大だ。諦めるにはまだ早かろう。それに……男ならもっと胸を晴れ! 玉が付いてるならな!!」


「ぃっっ!!」


 アンナ団長の気合いのこもった鷲掴みで、僕の肝は震え上がった。


 一体なにを鷲掴みされたのか。それは男の沽券に関わるので、深くは考えないでおこう。


「団長! それじゃ女の子になっちゃいますよ!」


「そうですよー! 折角入った男なんだし、大事にして上げましょう!」


「ハッハッハ! そうだな! では、みんな騎士見習いのタクト=ザクール君を頼んだぞ」


「「はっ! 我ら薔薇騎士団の名誉にかけてっ!!」」


 アンナ団長の一声で引き締まる場。


 女性だけで構成された薔薇騎士団に、男が配属されるという異例の事態も、ユーモアと統率力で解決してしまう手腕。


 団員達からの信頼も厚く、人格も団長に相応しいものだと、言われなくとも感じる事が出来た。


 この人には頭が上がらないと思ったのと同時に、強い憧れを抱いた瞬間だった。


 女性のみの騎士団に配属だと聞かされた時は、不安と葛藤で何日か眠れぬ夜を過ごしたけど、この人の下ならやっていけるかな?


「では、タクト君。君に最初の任務を与えようと思う」


「はっ!! なんなりとお申し付け下さい!!」


 女性達に圧倒され情けない姿を晒した事を払拭するように、気合いを入れて返事をした。


 アンナ団長もそれを見て満足気に笑う。


 キリリとした表情も素敵だと思ったが、それ以上に笑顔が魅力的で、高鳴る鼓動は破裂寸前だった。


「宜しいタクト君、男の子はそうでなくてはな。さて、君の最初の任務だが……」


 少し勿体ぶるように言葉溜めるアンナ団長。


 魔物の討伐か?

 それとも小競り合いが起きている隣国への潜入。


 命を賭ける覚悟はとうに出来ている。

 どんな任務でも死力を尽くそう。


「薔薇騎士団全員の"パンティー"を覚えろ!!」


「はっ、はい……?」


 前言撤回。やっぱり不安だ。

 僕はこの騎士団でやっていけるだろうか……。


「どうした? 不服か?」


「セク……い、いえ、不服というか、それが騎士の任務とどういった関係があるのでしょうか?」


 セクハラですか? と言いかけたが、なんとか方向転換出来た。


 配属初日に団長に嫌われてしまえばその後が怖い。とにかく今は、その真意が知りたかった。


「新人騎士の仕事と言えば、鍛練に先輩達のサポートだ」

「そのサポートに、パンティーが関係あると?」



「うむ、先輩達の衣服を洗濯するのは、入って間もない新人や後輩の役目。それがこの薔薇騎士団の伝統だ。君は自分が履いたパンツが他人に履かれたり、他人のパンツを履いたりするのが好きなのか?」

「好きじゃありません!」


「では、賢い君なら、私が言わんとしている事が理解出来るな?」

「はい!」


 要するに、洗濯したパンティーを間違いなく本人に届けるために、団員全員のパンティーを覚えろという事なのだろう。


 理解は出来る。


 理解は出来るが、男の僕にパンティーを洗濯されたり、自分のパンティーを覚えられる事を先輩、いや、女性達は容認するのだろうか?


「理解は出来ましたし、伝統ならば従います。ですが、先輩方は男の僕に、自分のパンティーを触られる事に抵抗はないのですか?」


 お願いだ。嫌だと言ってくれ。


 そんな願いにも近い僕の思いに、一人の先輩が応えた。


「全然! だって、パンティーはパンティーだろ? いいか、クロッチのシミ一つ忘れずに覚えろよ! いくら仲間だからって、他のやつのパンティーなんざ履きたかねえからな」

「それもそうだ。なんなら私が覚えた方法を教えよう。私は柄も勿論だが"香り"で覚えた」


「あ~、分かる分かる。香りは一人一人違うもんね」

「だろ? その中でも特に団長のパンティーは覚えやすかった」


「確かに! 団長のパンティーってなんか甘くて良い香りがするよね!」

「ああ、豊潤というか、可憐というか。なんとも香しいのだ」


 なんなんだこの人達……パンティー談義なんて、どんな顔して聞けば良いんだ……。


 というか、アンナ団長のパンティーは甘い香りがするのか。それは是非嗅いで……いやいや、何を考えているんだ僕はっ!!


「どうしたタクト君? 顔が赤いぞ。それに何故前傾姿勢なのだ?」


 団長にそう問われた僕だが、今の状態では顔を上げて姿勢を正す事など出来そうになかった。


 この場を乗り切る解決策。

 それはただ一つだけだった。


「緊張でお腹が痛くなってしまったみたいです。なのでトイレに行っても宜しいでしょうか!!」


「なるほど。配属初日だ、緊張しても仕方がないな。うむ、行ってきなさいタクト君」


 アンナ団長の許可が出たので、前傾姿勢のままいそいそと宿舎の会議室を出る事にした。


 勿論トイレでする事は一つ。この昂った気持ちを治める唯一の方法を実行するだけだ。


 だって僕、男の子だもん。


「あ、ちょっと待てタクト君」

「は、はい?」


 そんな僕を呼び止めるアンナ団長は、なにやらごそごそとした動作をした後、僕に向かって"何"かを投げつけた。


「これを持っていけ。きっと役に立つであろう? 私の"香り"を、ちゃんと覚えるのだぞ!」


 放物線を描き僕の肩に乗った"それ"を、手に掴みしみじみと確認する。


 うん、間違いない。

 これは脱ぎたてパンティーだ。


 頭が真っ白になり、パンティーとアンナ団長の顔を交互に確認する哀れな僕。


 アンナ団長の表情はとても妖艶だった。


 まるで僕が今どんな状況か知っていて意地悪するかのように。


 ああ、きっとアンナ団長には、どんな事でも筒抜けなのかもしれない。


 堪えられなくなった僕は、ダッシュで会議室を飛び出し、トイレへと駆け込み個室の鍵をかけて壁にもたれ掛かった。


「ふぅーっ」


 深い呼吸で気持ちを少し落ち着かせる。



 数分後、賢者となった僕は冷静な足取りで先輩達とアンナ団長の待つ会議室へ戻っていく。


「アンナ団長の香りは完全に覚えた。確かに……甘い香りだな」


 最初の任務を遂行する第一歩を踏み出す代わりに、何かを失った僕に怖いものなどなかった。


「タクト=ザクール! ただいま戻りました!」

「うむ、では……みな準備は良いか」

「はい団長! いくよみんな! せーのっ!」


「「我が薔薇騎士団へようこそー!!」」


 なんて荘厳なる風景だろうか。

 僕の元に――


 脱ぎたてパンティーの雨が降り注いでいた。

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