第四十六話 過去と今後
15分ほど気絶していたテオドールは、その間ずっと部屋の片隅に放置されていた。話し合いは彼の目が覚めてからだ。
「それで、どうしてこんなことに?」
申し訳程度に枕が用意されていたが、介抱されていないのは不躾に身体を触ったからだろう。
女性陣の怒りも分からないではないため、テオドールは適当な回復魔法でアゴを治してからウィリアムに尋ねた。
「いやほら防衛戦の前に、僕とレビィは南方に行っていたじゃないか」
「そんな話もあった気がする」
防衛戦前のウィリアムとレベッカは、多数の湖が集合した地域の街に滞在していた。
テオドールが振り返れば、魚が美味しいなどと言っていた記憶がある。
「釣った魚をお土産にしようと思ってね、どうせなら大物を狙おうかと思ったんだよ」
「それで?」
「人が立ち入らない激流の川で釣りをしていたら、彼女が釣れたのさ」
魚釣りをしていたら人が釣れたというのは、中々の面白エピソードだ。
しかし彼が気にしているのは、産地ではなく経緯なのだ。
結果として大物が釣れたねぇ。などと笑っている勇者だが、テオドールは説明を受けた上で、全く背景が理解できなかった。
「レビィ」
「私が釣った」
詳細な説明を求めようとしたが、娘の方もダメだった。無表情ながら、「どうだ、やってやったぞ」という雰囲気を出している彼女も、どこかピントがずれている。
突っ込んでも仕方がないと頭を振ってから、テオドールは真面目な質問をした。
「それで、あの怪我は何?」
「気絶しているところを釣り上げたのさ。レビィが応急手当をした次の日に、テオ君からの連絡が届いたからね。抱えて運んできたよ」
防衛戦の前夜に宿を追い出されたウィリアムは、テオドールの部屋で一夜を明かしていた。
これは年頃の女の子が寝泊まりする部屋に、四十代のおじさんを同室させるのは良くないと気を使った結果だ。
「つまりあの日は、シャルをそっちの宿に運び込んでいた。それで防衛戦の後は馬車に乗せてきたと」
「そうそう、テオ君の元パーティメンバーは確認していたからね。脱退の経緯を聞く限り、悪い子でもないと思ったし」
ウィリアムは人材探しの旅を続けており、テオドールを加入させる前にも、ある程度の下調べをしていた。
そして彼は国家権力者とお友達なのだから、あらゆる情報は入手し放題だ。脱退の際に誰がどう意思表明をしていたかまで、大筋で把握済みだった。
「折角だから僕らの地元で、ハイレベルな治療を受けさせようと思ったんだけどね。傷を負ってから時間が経ちすぎて……こういうことになったわけ」
新しい傷を作ってからまとめて治す。つまり怪我人をボコボコにしながら治療するという荒っぽい流れを避けるために、テオドールの力を使うことになった。
拾ってから今日までの、ウィリアム視点での経緯はそんなところだ。
「なるほど、ここに来るまでの流れは分かったよ」
「そいつは何よりだねぇ」
「……それで、拾われた地点までは結構通そうだけど、わざわざ南にまで討伐に出てたの?」
回収から同行、治療までについてはよしとする。問題は釣られるまでの経緯と、これからどうするかについてだ。
しかしテオドールは脱退後の動きを知らないため、まずはシャーロットに救助直前の状況を尋ねた。
「南方面の遠征ではあったけど、もっと上流で崖から落とされたのよ。怪我をしたのは首くらいで、他の傷は流されているうちに付いたみたい」
「大怪我をしながら崖から転落か。それはまあ、死んだと思っても無理はないよね」
全身に擦り傷と打ち身を作り、骨折箇所がいくつもできるほどの重傷ではあった。しかし気を失った状態で激流の川を流れたのであれば、途中で死ななかっただけ十分に幸運だ。
そもそも落下先が川だった時点でツイている。テオドールはそんな考えを浮かべたが、しかし当人も含めた周囲の人間からすれば、有り余るほどの不幸には違いなかった。
「……みんなと会ったんでしょ?」
「うん。ニコラスとかは特に不機嫌だった」
「それはいつものことじゃない」
シャーロットが行方不明になった直後に防衛戦が始まったが、そこには他の幼馴染たちも派遣されていた。
彼らの空気は最悪であり、ギスギスした関係が透けて見えていたほどだ。
しかし彼女の死亡説が原因の不仲だったのだから、今になれば話が変わる。
「それで、シャルはこれからどうしたいのかな?」
「どうって?」
「生還したんだから、復帰もできると思うけど」
現在のシャーロットは死亡扱いされており、パーティーやクランから除籍されている。むしろ台帳などからも抹消されて、戸籍そのものが失われているかもしれない。
しかし治療を終えたのだから、大手を振って帰還が可能となる。
事情を話せば冒険者ライセンスの復活や、パーティへの再加入も現実的だ。
現状では権力者のウィリアムが保護者となっているのだから、頼めばすぐにでも以前までの生活に戻れるはずだった。
「僕らは大戦に参加するつもりだけど、無理に付き合うことはないからね」
「……私も遠慮するわよ? 頭数には入れないでね?」
「分かってるよ」
ヴァネッサはさらりと辞退を申し出たが、元よりそのつもりのテオドールはさらりと流した。しかしやむを得ない事情で同行したという点では、シャーロットも同じ境遇だ。
だからテオドールの中では、2人をいつ、どうやって地元に帰すかが問題だった。
「まあ、ヴァネッサは一応の名目を付けてあるからまだいいけど、死んだはずのシャルが生きていて、僕と行動していたというのは奇妙な話だからな……」
素直に送り届けようとすれば、最悪の場合はドニーやニコラス辺りと喧嘩になるかもしれない。
今のテオドールなら返り討ちにできる相手だが、社会的ステータスを求める彼にとっては、揉め事自体が好ましくないと渋い顔をした。
「ああ、それなんだけどさ」
「何か考えが?」
さてどうするかと思案するテオドールに向けて、あっけらかんとシャーロットは言う。
「どうせ脱退しようと思っていたから、このまま付いて行こうかなって」
「……へ?」
「むしろ、匿ってほしいのよね」
シャーロットは地域最大手のグループに所属して、エリート街道を歩んでいたのだ。
それを捨てて、趣味とも言える旅に同行するなどあり得ない話だった。
テオドールは面食らったが、彼女の将来を考えればいい選択とは言えないため、当たり前のように決断を引き留めた。
「人生は長いんだから、一度の失敗で諦めちゃダメだって」
「テオが言うと少し重いわね。……いや、どうせ帰れないからいいのよ」
「帰れない?」
めげずに頑張ったから今の自分がある。そういう意味では実体験なので、ある程度の説得力はあった。
しかし彼女は、不満そうな表情を浮かべて脱退の理由を告げる。
「言ったでしょ、崖から
「あっ」
匿ってほしいと頼んだ理由もこれだ。つまり彼女は仲間の誰かから裏切られて、殺害されかけていた。
「このまま戻っても口封じされそうだし、当面はこっちで身の振りを考えたいの。少なくとも戦闘の勘が戻るくらいまでは」
彼女は非戦闘員だった頃のテオドールが足を引っ張っていた状態でも、C級くらいに登れる実力があった。
そこいくと今のテオドールはB級であり、瞬間火力ではA級最上位クラスだ。
「まあリハビリがてらにこっちで活動するのも、悪くはないけどさ……」
「何よ。C級の冒険者の《魔法使い》じゃ不満なの?」
彼個人としてはもちろん、パーティに加入してくれるならそれは嬉しいと思う。気心が知れた旧友なのは当然のことながら、編制の問題があるからだ。
まず、冒険仲間としてウィリアムとレベッカを連れ歩けば、敵を瞬殺してしまうので修行や練習どころではない。
同行する場合は後方から指示を出すだけで、指導者やお目付け役としての役割を担うことになる。
そしてラフィーナは戦いに前向きではあるが、これまたウィリアムらと同じく、龍の末裔という特殊枠だ。
どれほどの戦力なのかは確認していないが、龍の形態になれるならば――戦闘力が黒龍と近しいならば――連携に組み込むのは難しい。
最後にヴァネッサは安全地帯を希望しており、新しい土地を観光という意味での冒険は好むが、魔物退治にはさほど興味が無い。
路銀を稼ぐために最低限の働きはするが、要は物見遊山なのだ。
「一番チームワークが取れて、実力が近い冒険者がシャルかなとは思うんだよ」
「なら問題ないじゃない。決まりね」
つまり仲間が増えた現状でも、テオドールの活動はソロに近かった。普通のパーティを組むならば、同じくC級程度の力を持つヴァネッサと、3人で組むのが最も綺麗な姿だ。
そして他の仲間たちとの連携確認も気掛かりではあるが、シャーロットの加入が正式に決まった時点で、今後のことには時間の余裕ができている。
となればまずは目前の課題だと、テオドールは過去に目を向けた。
「それじゃあ加入は前向きに考えるけど、まずは詳しい経緯を聞かせてよ。話はそれからにしたい」
「ああ、うん。後味のいい話じゃないけどね」
何がどうして裏切られることになったのか。
彼女はテオドールが脱退してからの数か月で、何が起きたのかを語り始めた。
外れスキル《規格外》 山下郁弥/征夷冬将軍ヤマシタ @yamashita01
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