人が「社会課題を解決したい」と願う時、初動をとる人とフォローする人に分かれる。そのフリンジは愛すべき曖昧さでそこに居続けるが、作者は文字通り初動を踏み切った人、それもかなり特異的アウトプットで。多くの学者やアクティビストが地球沸騰時代のあらゆるエビデンスを盾にとった言論と世界に向けた「NO」ではなく、バックキャスティング的なSF作品として。
何よりも興味深いのはDAOを組織し、2023年10月8日滝フェスをシンクロさせたことだ。僕と妻は、開催場所の南足柄市にほど近い御殿場市へ40年間の東京生活を終えた後、移住した。地域の循環型活動の解像度を上げる週末を送る一環で、偶然なのか必然なのか?僕は、このフェスに出会った。非日常的空間で分散型集合知のメンバーで展開された実験性を帯びたインスタレーションは、ある意味素晴らしく、ある意味未熟な不思議な空間だった気がする。ここからみんなが育てていくような曖昧さと可能性を感じてしまったのだ。
このナラティブとリアルな体感空間のシンコペーションが気になって仕方ない。次の進化を楽しみに待つことにしたい。
なんだこれは。
読了後、一週間ほどRingNeショックを喰らっていた。
『人が植物に輪廻する世界で、終わり方を探す物語』との前触れから、つつましやかなファンタジーを予想して読み始めたが、見事に裏切られた。
想定より純粋でダイナミックで破壊力のある物語だった。
そもそもなにかがおかしい世界において、純粋さほど狂気的なものはない。
繊細な鉛筆書きのような口調で淡々と語られる言葉たちは、
非日常から巧妙に日常に侵食し、「今のわたし」に問いを突き付けてくる。
作者の体験作家としての手腕が発揮されていて見事。
そして、仏教や量子論・植物にまつわるエピソードを背景に、
時代は容赦なく巡ってゆき、それに翻弄される各登場人物が愛おしい。
今作は「論理より情緒」がテーマの一つとのことだが、
それぞれの執着と選んだ答えに触れるたびに、
祝うとは、美しむとはどういうことか考えさせられた。
AI技術の普及により、死生観や人間観が見直されようとしている今
この作品を読んで、なにか共鳴するものがあった人とは、
きっと良い友になれると確信している。
また、前作『KaMiNG SINGULARITY』からの読者としては
隠された真相にさらに一歩近づいた気がして、推測や妄想が止まらなくなった。
読み終わった方はこちらも合わせて読まれることをおすすめする。
未だ、ゴルトベルク変奏曲が鳴り止まない。
景色や綺麗な文体、サラサラと読み進める事ができそうな気がするのと裏腹に、なかなか先を読む事ができず、随分と日数をかけて読みました。
ビジネス書を読む事や現実生活の中で過ごす時間が圧倒的に増え、物語の世界へ入り込むのは久しぶりの事でした。物語と言っても、少し不思議なSF。「ありそうな未来」のお話です。読みながら、様々な情景や断片的な記憶が交差してゆきました。
好きな人はできれば温かみを感じられる位の距離に居て欲しい。
大切な人と双方の想いを受け取れる位の関係性でありたい。
目の前からスッと姿を消してしまうというのは、これからもずっと一緒に居てくれると思っていた日常や未来を一緒に育む事ができないということ。
その損失の大きさ。過去の思い出だけで生きていくには人生は長過ぎる。
周りの大切な人達がどんどん居なくなり、日常生活もおぼつかなくなる世界の中でどのような選択をするのか。
大切な人に対して、「自分としては、こうして欲しい」という期待はありつつも、「相手の選択を尊重したい。」という交差する想い。
小説の中で描かれる想いや心情というのは、具体的な事象自体は異なっていても今までの人生の中で不意に突きつけられてきたことのある景色を映し出していきます。
随所に記憶の底に仕舞われていた過去の断片的な記憶がパッと襲ってくる事が多く・・・その度に、涙が溢れたり、心が揺さぶられたり、読み進める事を中断せざるをえなくなります。
味わいを減らして読み進めてしまうのは、あまりに勿体ないという事もあり、居住まいを正して、メンタルを整えて作品に向き合うという事を幾度となく繰り返していたので、読み終えるまでかなりの日数を要しました。
その後も、幾度か読み直したり、仲間と共に読書会で感想を言葉にし合ってきました。
祖父が亡くなった頃のこと。高校時代の親友と一緒に大学入学のお祝いを兼ねて食事していたレストランで東日本大震災で被災。その後、避難していた時に見た景色。震災で工場が燃える煙を眺めていた日のこと。震災から2年後、その親友が自死を選択したこと。
中学時代3年間、毎朝一緒に登校していた別の友人が、高校時代、気づいたら学校からいなくなっていたこと。
mud land fesで泥に塗れながら空を眺めて寝転んだ景色。
三重の砂浜で洋服のまま海に入って泳いだこと。
夜中に手を繋いで輪になったり、仲間達と一緒に歌っていたこと。
北海道でのアイヌやウポポイの旅。
南足柄の自然や夕日の滝の景色、箱根の山の中・・・。
人が生きていくこと、死に方の自由。人の選択を尊重すること。
「今日も辞めないという選択をしながらOLを続けている」と思いながら働いていた20代前半の会社員時代。「死亡率は100%。今日、死ぬかもしれないけれど、『この選択をして良かった』と言える選択はどれか?」と常に問いかけていた頃。
小説を読みながら、自分はこの世界でどう生きるのか。
自分や周りの人達の人生や日々の生活を改めて思い返す機会になりました。
自分のやりたい事や夢を叶えさせてあげられるような積み重ねをしていきたいと強く感じました。
瞬く間に物語の世界観に夢中で入り込み、一気に読了しました。
森という生態系が、全てが繋がり合いながらもそれぞれ独自の生態系を営んでいるように、RingNeの登場人物それぞれの視点から見える世界も、つながり合いながらもつれあい、世界に対して各々決断をし、時には抗いながらも、納得の行く終結に向けて真摯に生を営んでいる姿には心を打たれるものがあります。
と同時に、一体、必ず終わりがある生を生きている私たちにとって「持続可能な社会」とは何なのか、過剰なまでに世界が最適化され尽くした先に私たちの幸福はどこまで約束されているのか、といった問いが取り留めもなく湧いてくるようで、なかなか一筋縄には読み解けない小説だなとも感じています。
あなたは、「人は死んだら植物になる」世界で何を想いますか。