第3話

突然、楓が僕の知らない僕の話をし始めた。


去年の冬、僕は交通事故で意識不明の重体になっていたこと。駅のホームで突然、線路に後ろから押されたように僕は倒れたらしく、その現場の近くに居合わせた浜辺さんが僕を殺そうとしたのではないか、と疑われていたこと。


クラス中が大騒ぎだったらしく、いじめも発生していたらしい。でも今でも彼女がこうして通学できているのは僕がこうして生きていて「ちょっとふらついただけで彼女は関係ない」と証言したからみたいだ。


そんなこと言った覚えもない。


それから浜辺さんはいつも通り、学校に通えるようになったがクラスでは孤立してしまったらしい。


楓が発する言葉には驚かされてばかりだったが何より驚いたのは


「僕が浜辺さんのことを気にしていた?」

「うん。私、質問されたもん。ナギに彼氏いるのかー?って」

「??いつ?」

「高校入ってすぐだと思うな。多分1年の夏くらいかな」

「…」


僕は言葉を失っていた。僕の記憶と違う。

高校1年から高校2年までの記憶が。


僕の知っている僕は1年生の頃、楓と出会って平地と出会ってそれからずっと楓に片思いしてて。浜辺さんの存在なんてついこの間まで知らなかった。なのになぜ。


「ごめん。春人。この公演、ナギが出てくるなら私帰る」

「…」

「さすがに何かの嘘だとは思うけど春人のこと殺そうとした人の公演なんて…見てられないよ」

「…なんであだ名で呼んでるの?ナギ…って」

「…。昔は仲良かったから」


「じゃあね」


楓は僕に背を向けそう言って走った。

後ろからでも目元を拭っていたのが見えてしまい、その表情が簡単に読み取れた。


「…」


周りが暗くなり公演が始まる。

大きな明かりは舞台の上だけでもしかしたら横に楓がいるんじゃないかって思ってしまう。

けれど横を見ると虚しくなるのが分かっていたから僕はずっとロボットのように舞台に集中した。


「もう会いたくないって。どうしてですか?」


気づけば舞台の上には浜辺さんがいた。

劇の内容の1部分のような先程のカミングアウトに混乱してしまった僕にはもうセリフはただのセリフとして耳を横切るだけだ。


「そうなのですね。私がこの先どうなるのかあなたは知っているのですね」


「死ぬのは怖くない。と言えば嘘になりますよ」


「けれどそれが私の人生のシナリオなのでしょう?ならば一生懸命それを完成させるのみです」


「足掻きますよ?でも決してあなたの前で涙は見せません。好きな人の前では。悲しむのは私1人で充分じゃないですか」


「ふふ。少しではあったけれど楽しい毎日をありがとうございます」


演劇の内容はこの前、台本を見て何となく知ってるから特に新鮮なものは感じなかったけど浜辺さんの演技は、あの時とは比べ物にならないくらい上手かった。もしかしたら教室で演技の練習をした、あの時の彼女が演じられていた役なのではないか、とそう思うくらい引き込まれた。


あ、見入っちゃった。

気づいたら会場は拍手に満ち溢れていて、劇は終わっていた。


僕はごちゃ混ぜな感情と共に会場を出て、家に帰る。


帰りの電車、スマホを見てみると楓からメッセージが来ていた。


『 今日は本当にごめんなさい。せっかく誘ってくれたのに』


「…」


『 いいよ。僕の方こそほんとにごめん。そんなことがあったなんて知らなかっ』


そこまで打ってから僕は訂正した。


『 いいよ。僕の方こそほんとにごめん』


「まさかとは思うけど。楓の勘違い…ではなさそうだしなぁ」


家に帰って平地に電話をした。


「おお。お前から急に電話かけてくるなんて珍しいな」

「ああ。ごめん。ちょっと聞きたいことあって」

「なに?」

「お前、浜辺さんって知ってる?」

「浜辺…ってお前。あの浜辺渚?」

「やっぱり知ってるの?」

「知ってるも何もお前。あいつに」

「あー。分かった。ごめん。ありがとう」

「おい」


勘違いじゃないみたいだ。

でもどうして僕の知らない記憶が。

僕以外の人はみんな知ってる。

そして僕はみんなの知らない記憶をただ1人宿している。


時間が巻き戻りすぎて別の世界線に飛ばされた、とかか?

それにしても今までこんなことなかったのに。


僕に時間を巻き戻る能力が発現したのは、12歳の時。卒業式で泣けなかったことが初めてのきっかけだった。不思議な現象に最初は動揺したけど何回もやり直してこのままずっと同じ時間に閉じ込められてしまうんじゃないかと思ったら自然と泣いていた。


それからというもの自分の選択肢に間違いがある度、時間は巻戻り、やり直しをさせられた。


巻き戻るきっかけというものはしっかりとした定義はなく、今言った「卒業式で泣く」やこの前の「男の子が車に轢かれるのを防ぐ」だったり幅広い。


しかし時間を遡ったせいで自分のちゃんとした記憶を失ったことなどない。では、なぜ…。


「1度会ってみるしかないか」


僕は浜辺さんにLINEをした。


『 演技すごい良かったです。明日、学校で会えますか?』


記憶の食い違いの根本には、浜辺さんがいる。

彼女なら何か知っているかもしれない。

その程度の想像だった。と言うか彼女以外に手がかりがない。

すぐに返信は来た。


『 ありがとうございます。じゃあ明日のお昼休み屋上に来てもらえますか?』


屋上というワードに少し引っかかったけど、僕はOKと返事をした。


その日の夜はなかなか眠れなかった。


朝、登校すると少し落ち込んだ様子の楓が教室にはいた。僕は無言で自分の席に座りそのタイミングと同時に平地が絡んでくる。


「よー。親友。元気かー」

「まぁな」

「…昨日の電話。あれどういうことだよ?」

「…別に」

「おいおい。これでも皆、忘れたふりしてるんだぜ?お前も思い出したくないだろうからって」

「…」

「些細なことでも何かあったら相談しろよ?これでも心配してるんだぜ」

「ありがとうな。親友。でも今は大丈夫だから」

「…そうか」


━━━━━━━━━━━━━━━


待ち遠しいと思ってたけど案外昼休みはすぐやって来て、逆にそのスピードにドン引きしながら屋上へ向かう。


ガチャとドアを開けるともう既に浜辺さんがいた。


「あ、春人くん」

「浜辺さん」


そこには舞台の上にいた少女とはまた違う儚い

雰囲気があった。


「舞台、見に来てくれたんですね」

「うん」

「どうでした?」

「なんか、教室で見た時とは別人みたいで圧倒されちゃった」

「ふふ。なら満点ですね」

「だね。満点でした」


「あのさ。本題なんだけど」

「え?」

「ごめん。ただ演技の感想を言うだけに今日は呼んだんじゃないんだ」

「…」

「浜辺さんって僕のこと」

「誰から聞いたの?」


「……え?」

「誰から聞いたの?」

「…」

「楓?平地くん?それとも四葉ちゃんとか?」

「…」

「あー。昨日の演劇、春人くんの隣の席空いてたから多分楓から聞いたんじゃない?そうでしょ?」

「な、何言ってんの?」

「図星か。はぁ」

「は、浜辺さん。一体…僕の何を知ってる。僕に何をしたの?なんで僕の知らない記憶が」

「ごめん。1つづつ答えさせて。頭こんがらがる」

「…こんがらがってるのはこっちの方だ。わけがわかんない」

「まず、あなたの何を知ってるか?…は、そうだね。全部かな?」

「…?」

「それで何をしたかって…。多分今、あなたの周りに起きている不思議な出来事のことを言いたいんだろうけど」

「…?」

「それは私のせいだ。ごめんね」

「…」

「どういうこと?…教えてよ」

「…はぁ。上手くいくと思ってたんだけど」


「!?」


そう言うと彼女は屋上の柵を越え飛び降りた。

僕は何とか間に合い、彼女の手を掴んだ。


いや、掴みかけた。


「ごめんね」

「…。なんで泣いてんだよ」


キュルルルルルと今までにないビデオテープが絡まったような耳鳴りが聞こえて、カチッて音がした。


━━━━━━━━━━━━━━━


目が覚めると、桜の木が見える。ここは校門か。いつも通るからよく見覚えがある。しかし今までのことがすべて夢だったんじゃないかとそう思える暖かさだった。


「(いや、これは夢じゃない)」


時間は巻き戻ったんだ。そして今の時間は。


「おはよー」


楓がこちらに手を振って走ってくる。

僕も「おはよ…」と返事をしたがその声を遮るように走り去っていく。


「楓。おはよ。よく起きれたな」

「四葉の方こそ。明日、緊張するー!とか電話で言ってたのに」

「緊張するよー!だって念願の高校生活だよ!出だしが重要やん!」


「え?」


振り返ると校門には入学式と大きく書かれた看板があった。


「(そうか。ここは)」


1年前の入学式。

高校生活、すべてのはじまりの時間だ。

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