第9話

「津雲くん。ちょっと待って」


「…え?」


「私からも話したいことあって…」


「…」


「良かったら私から話してもいい?」


「うん」


「…津雲くんって初めて会った時から、初めて会った気がしなかったんだよね」


「…」


「昔、どこかで会った、というよりかは、ずっとそばにいたって感じ?懐かしいではなく、馴染んでるって感じの」


「でも違和感があって、ここまで初対面って感じがしないのに、津雲くんはどこか1歩引いてる気がしたの。もっと踏み入れれるはずなのに」


「あえて初対面より程遠い場所にいる。理由は分からないけど、馴染めるはずなのに、抗おうとしてる」


「実は、私のこと嫌いなんじゃないかなって思ってたんだけど…」


「私」


「津雲くんのことが、好きです」


「津雲くんのこと、もっと知りたい」


━━━━━━━━━━━━━━━


時間がしばらく止まったかのように

誰も何も発さなかった。


なんで…。なんで今なんだ。

僕は情けなく、俯き涙を零した。


「津雲くん?」


「…ごめん。南戸さん…。僕も南戸さんのこと昔から好きだったんだ」


なんで今になってこのセリフが言えるんだ。


「でもさ…」


言ってはいけないって、分かってるけど。


「もうなんで好きだったのか、思い出せないよ」


「ごめん。楓」


「津雲くん…?」


「僕、未来から来たんだ。1年後の未来から」


「えっ?」


「信じられないと思うけど…楓には、ちゃんと伝えておきたくて」


「…」


「今はまだ…なんで過去に戻ったか理由がよく分からなくて…でもいつかちゃんと話すから」


「…」


「その時まで…待っててほしい」


途切れ途切れの気持ちをどうにか繋いで吐き出した言葉。言ってる自分でも意味があまり理解できない。


「…」


「…」


「嘘」


楓は泣いてる僕に近づいて手を握った。


「私のこと、からかってる?」


「……でも」


「これでもし、ほんとに津雲くんが未来から来てて、私に打ち明けてくれたんだとして」


「…」


「嘘って決めつけて突き放したら、私は一生後悔すると思う」


「だから聞かせて。信じてみるから」


「…うん」


僕はこれまでの未来での出来事を知ってる限り全て話した。正直、いつ時間が巻き戻ってもおかしくない状況だったから不思議な気持ちだ。


ようやく本音を楓に話すことができた。


「それじゃ…津雲くんは自分自身の知らない記憶があって…その真実を突き止める為に未来からやってきたの?」


「多分…」


「で、もしかすると浜辺さんがそれに関与してる可能性がある…?」


「うん…。屋上に呼び出した時、浜辺さんは僕に皆と記憶のズレがあることを知ってた様子だった」


「そして…屋上から飛び降りる彼女の手を僕は掴みそこねて、過去に戻ったんだ」


「…浜辺さんはなんで飛び降りたの?」


「えっ?」


「いや。会話の内容聞くと飛び降りる必要まであったのかなぁって思って。たとえ津雲くんの記憶のズレの真相を知ってても言わなければいいだけじゃない?わざわざなんで命を危険に晒したんだろう?」


「…」


言われてみればそうだ。話したくないなら話さない選択肢を選ぶ。あの時彼女は話してくれなかったし。飛び降りる必要なんてなかったはずだ。


いや、もしかすると「記憶のズレ」があることを僕に知られた時点で死ななければならない状況だった…とか?


「…浜辺さんは、時間が巻き戻ることを知ってたのか?」


「ん?」


「あの時、僕は彼女の手を掴みかけた。その瞬間に時間が巻き戻ったんだ。今までにないくらいの時間を。もしかすると…全部浜辺さんは分かってて飛び降りたのかも」


「全部…って」


「時間が巻き戻ること。そして過去に戻って僕に何かやらせるつもりだったんだ」


「やらせる?何を?」


「それはまだ分からない…けど」


僕の脳裏には、あの日記帳の文字が。


『母さんはしんだんだ』


あの文を読む限り、母さんが死んで僕は喜んでいたのか。

そんなはずはない。けどあの日記帳は確かに僕のものだ。


しかしなぜ、こうも記憶が食い違う?

高校1年生の記憶。そして日記帳の記憶。


「やっぱ、聞いてみるしかないか」


「津雲くん?」


僕は楓にありがとう、とだけ言って教室を出た。彼女からしたらただの変な奴に思われたかもしれない。


けれど今すぐ確かめたかった。自分の本性を。


━━━━━━━━━━━━━━━


時計の針は僕を急かすようにカチッカチッと鳴っていた。そっちを見るともう10時を過ぎていた。


妹には先に寝てもらうことにした。

今リビングには僕だけがいる。

父さんが帰ってくるまで暇だから、と言っても特にやることもなくゴロゴロとソファで時間を潰した。


ガチャと家のドアの開く音が聞こえる。

「ただいま」とは言わず、こちらに向かってくる足音に耳を集中させた。


足音の主はリビングに入ってくる


「お。春人。まだ起きてたのか?」


父さんだ。


「ああ。ちょっとね」


「…」


「父さんと、話したいことがあるんだ」


「…春人」


いつにないくらいリビングには冷たい空気で埋め尽くされていた。

それでも何故か父さんは温かい目でこちらを見ていた。


まるで全てを見透かしたかのように。

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