第8話
翌朝、起きてリビングへ行くと父はもう家を出ていた。
僕がボーッと突っ立っていると妹の菜々が不思議そうな表情をした。
「お兄ちゃん。ご飯温めるよ?」
「うん」
平常心。平常心。そう心で唱えかけて僕はいつも通りの僕を演じる。
時間が巻き戻らないように。
荷物を準備して妹と同じタイミングで家を出る。鍵を閉め、菜々は自転車に乗る。
「菜々。今日って父さん何時くらいに帰ってくるって言ってた?」
「えー?10時までには帰ってくるって言ってたような気がする」
「10時か。了解」
スマホにメモをする。
父とは話したいことがあった。
学校へ向かうと1時間目が体育なので、皆体操服に着替えていた。
「あ、やらかした。着替えなきゃ」
すっかりそのことを忘れていた僕は男子トイレで急いで着替えた。
「おっ。津雲」
「平地」
トイレを出ようとすると偶然、平地とばったり会った。
「そう言えば聞いてくれたか?南戸さんに彼氏がいるかーって」
「ああ。それも忘れてた」
「それもって何だよ」
「ごめん。今日聞いとく」
「おいおい。頼むぜ。学級委員さん」
体育の授業が始まった。
種目はバスケットボール。初回の授業なので、適当に分けたチームで試合をするだけ。
これといって面倒なことはない。
「津雲くん。ちょっといい?」
「ん?」
楓の親友の四葉さんが僕に話しかけてきた。
僕は自分のチームの出番になるまで体育館の隅っこで寝そべっていた。にしてもこんな時によく話しかけてこれるな。
「津雲くんってぶっちゃけ楓のこと、どう思ってるの?」
「はぁ?」
「いや。別にこれといって理由ないんだけど」
「…さぁ?」
「うーん。そっかぁ」
しばらく気まづい空気が流れる。
これほど時間が戻って欲しいと思った時はない。
「実はね、楓が津雲くんのことちょっと気にかけててね」
「…南戸さんが?」
「うん。なんか初めて会った気がしないって言っててさ、私がそれ運命ってやつ?って言ったら顔真っ赤にして」
「…」
「楓って結構可愛いじゃん?けどいまいちちゃんとした恋愛してきてないっぽいからさ。津雲くんしっかりしてそうだしどうかなって思って」
「…」
どうして無言でいるのだろう。
かつての僕だったら手を上げて喜んでいたはずなのに。
「じゃあ南戸さんは、彼氏いないの?」
「いないよ。私が保証する」
「…そうか」
「良かったら今日、一緒に帰ってあげて」
「…無理だよ。それは」
「え?なんで?」
「辛いから。これ以上、楓と一緒にいると…」
「それってどういう…」
その四葉さんの声を遮るかのように試合のホイッスルがピーッと鳴った。
「津雲ー。次、お前のチームだぞー」
「ごめん。四葉さん。行かなきゃ」
「…」
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授業が終わり、男子が教室で着替える中平地にこっそり耳打ちをする。
「南戸さん。彼氏いないって」
「ええ?まじか津雲!」
「大きい声出すなよ。本当だ」
「ありがとう津雲!いや親友よ」
「はぁ。あとは平地の頑張り次第だからな。頑張れよ」
「おう」
まったく。やれやれ、と。1つ課題が達成されたことで僕は安堵のため息をついた。
教室を出ると、廊下に浜辺さんがちょこんとしゃがみこんでいた。
「何してるの?」
「あっ。津雲くん。これは…その」
「まさか…覗き?」
「いやいや違う!違う!」
いつもより大きな声で喚く浜辺さん。
こんなに声出せるんだ、と僕は感心した。
浜辺さんは顔を真っ赤にしながら俯く。
「もう着替え、終わったのかなって。教室、入ってもいいのかなーって。待ってるの」
「中にいる男子に聞けばいいんじゃん」
「そんなの恥ずかしいよ。だって着替えてるかもしれないんだよ?」
「いや。外から話しかければ」
「無理無理。恥ずかしいよ」
浜辺さんは両手で顔を隠し、元のちょこんと座る体勢に戻った。
まさかこんな欠点があるなんて思いもしなかった。
「何してるの?2人とも」
横から楓が現れた。また話が厄介に。
「まだ教室入れないかなーって待機してるの」
「なんだ。そんなことか」
次の瞬間、楓は浜辺さんの手をとり、教室へ入っていった。
「入るねー」
「えええ!?」
中に入るともう男子は着替えが済んでいて、授業の準備をし始めていた。
「南戸さん。ありがとう」
「いえいえ。とんでもない」
浜辺さんは楓にお辞儀をした。
「まさか浜辺さんが、こんなことで悩んでるなんて思いもしなかったよ」
「へへへ。南戸さんが凄いだけだよ?」
「私の家、兄弟多いから。着替えとか特に気にしないんだよねー」
浜辺さんと楓が仲良さそうに話してるのを見て、僕は避けるように教室を出た。
「ちょっと津雲くん?」
それを追いかけるように楓が走ってきた。
僕は仕方なく振り返る。
「何?」
「もしかして私のこと避けてる?」
「別に。避けてなんかないけど」
「私の嫌なところあったらちゃんと言ってね?直すから」
「なんで」
「…。それが私っていう人間だから」
「嫌なところなんて1個もない。ただ…」
「?」
「ごめん。今は言えない」
僕は楓の手を払い、逃げた。
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1日が終わり、僕は誰もいない美術室にいる。
過去に戻る前、よく楓と下校の時に待ち合わせをしていた場所だ。
絵を描くことが苦手な僕は、楓が真剣に絵を描くのを眺めているだけだったけど、今はその退屈だった時間が何よりも愛しい。
ちょっと暇な時には黒板に僕の似顔絵を書いたり、好きなキャラクターを書いたりしてた。
彼女のあの時の顔もいつかは消えていってしまうのか。
「そんなの良いわけないだろ」
ガラガラっと教室の後ろの扉が開く。
振り返ると、そこには楓がいた。
「津雲くん?こんなところいたの?」
「うん。ここにいたら誰か来るんじゃないかなって」
「?…もう外暗いし、帰ろ?」
「まだ時間がちょっと余裕あって。良かったら少し話さない?」
「話?何の話するの?」
「えーっとね…」
たとえこの言葉を口にして時間が巻き戻ろうが、もうどうだっていい。
僕が今、どんな状況なのか。
彼女にだけは知ってて欲しい。
「信じて欲しいんだけど…」
たとえ楓にとって、これがネタバレでも。
今までの記憶の僕と楓の2年間を話したい。
1歩、踏み込んで僕は言う。
「僕、未来から…」
カチッて音は
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