第7話

学校が終わり、浜辺さんとは映画館で合流することになった。

さすがに学校で揃って一緒に映画館に行くのは少し恥ずかしいらしい。


映画館の中に入ると、既にポップコーンを2つ持った浜辺さんがいた。


「津雲くん。こっちこっち」


「あ、浜辺さん」


「ごめんね。急に映画なんて誘っちゃって」


「いいよ。僕もこの映画見たかったし。それにしても浜辺さんもこういう映画見るんだね」


浜辺さんが見たいと言った映画は、冒険モノの邦画の完結編。友情、努力、勝利の3つが手軽に買えるハッピーセットのようなストーリーだ。


「演技の勉強にね。こういうのも見ないとね」


「さすが演劇部だ」


僕と浜辺さんはチケットを購入し、座席に座った。館内に人はほとんどいなくて、真ん中の席がとれた。


まぁ、邦画の冒険モノとなるとCGがイマイチなものになってしまったり、俳優のミスマッチ感が否めなかったりして評価は悪い。


しかし、この映画は1部、2部と見てみても粗という粗は見当たらなかった。

話のスケールも邦画という縛りのなかでできる限りのことを精一杯やってるし、もし続きが撮れなくてもその映画の中でしっかり補完できるようになっている。


館内が暗くなり、映画が始まった。


どのような話かと簡単に説明すると

妻と息子に家を追い出された主人公が仲間と共に色々な場所へ行き、家族を探し出す物語だ。


前回のラストでようやく妻と息子の住む場所を見つけた主人公。完結編である今作でようやく再会を果たす。


「なぜ捨てた?何言ってるの?捨てたのはあなたの方じゃない。ギャンブルに明け暮れて、家に金がなくなったら勝手に出ていって…。この子の学費も…使いやがって」


「そんな…俺は知らない。そんなこと…。も、もう1度…1度だけでいいから息子を抱かせてくれ」


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「面白かったね」


「うん。まさか主人公があんなクズだったとはな」


1作目から不幸な中年という印象が強かった主人公がまさか完結編にて、全ての元凶であったことが明かされるとは。


「でも私、ずっと疑問に思ってたんだ。主人公、優しすぎるなぁって」


「主人公の目線からストーリーが進んでたから思いっきり騙されたよね。結局、見てる人は優しい主人公しか見てなかったし、本人も気が狂いすぎて自分が何をしてきたかも忘れてたっぽいし」


「人に対する印象なんて、その人の1面にすぎない、か」


「息子が言ってたセリフ?」


「うん。この映画作った人はこれを伝えたかったんだなって。勉強になります」


浜辺さんは日記帳にメモを書いた。


「なんて書いたの?」


「内緒」


人に対する印象なんて、その人の1面にすぎない。一言でいい人、悪い人と割り切れることこの世界の形は綺麗じゃないんだと思う。


「浜辺さん」


「…ん」


「浜辺さんは、いい人?悪い人?」


「何?その質問」


微笑みながらも、少し真剣な表情をしていた。


「いい人ではないよ。きっと…」


「…」


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もしかしたらこのまま何も考えずに

毎日を過ごすだけで良いんじゃないかと思い始めていた。


ただ、もう既になぞられた毎日を必死に塗り替えようとしても、何も変わらないような気がして、疲れたんだ。


わざわざ自分で動いて、過去とは違う毎日を過ごして、本来ある記憶がどんどん消えていって。


こんなのただ1人、僕が損をしてるだけじゃないか。


人に対する印象なんて、その人の1面にすぎない。


浜辺さん。彼女に関わるようになってから余計に彼女が良い人なのか、悪い人なのか。はっきり一言で言いきれなくなった。


彼女のせいで時間が遡った、そう思ったし、彼女に何か与えることで、正解の時間を導けるような考えもあった。


でももう何が正解で、何が間違いなのか分からなくなった。


僕はもう誰かに命じられただけの時間を生きるのは嫌なんだ。


ガチャ


「ただいまー」


家に帰ると、父と妹はもう寝ているみたいだった。玄関以外、部屋の電気は消えていて1歩先は未知だ。


手を洗ってリビングへ向かう。

テーブルの上には、父がチラシの裏面を使って書いたメモが置いてあった。


''明日、早いのでもう寝ます。朝ごはんは、冷蔵庫に入ってるから朝起きたら菜々と食べて。父より''


「了解」


なんて独り言を呟くが誰も返事はしない。

夜の僕の特権だ。


風呂に入って、部屋中の電気が消されていることを確認する。


「よし。大丈夫だな。ん?なんだこれ」


台所のゴミ袋の近くに、ダンボール箱が置いてある。まるで隠されたように不気味に置かれたそれに少し僕は興味があった。


どうせ捨てるものなのだろうと軽い気持ちでガムテープを剥がした。


中には幼少期の僕が使っていた自由帳やぬいぐるみ、日記帳などが山盛りに入っていた。


「懐かしいな。父さん、捨てるなら一言くれればいいのに」


中を漁るとぐちゃぐちゃの日記帳が出てくる。

これは…。


「?」


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人に対する印象なんて、その人の1面にすぎない。


それは、もしかすると、


他人に限った話ではなく


自分自身も、そうなのかもしれない。


もしかしたら僕の知らない僕が。


今までの誰かのセリフが何故か、今、この時に何度も頭で再生された。




「どうしたのって春人、自分が何されたか忘れたの?この子に」


「まず、あなたの何を知ってるか?…は、そうだね。全部かな?」


「でも本当に難しいのは、本人も知らない本人の心情を文字に表すことだと思うんだ」


「ほんとに。昔とは大違い。昔だったら絶対くれなかったよ」




今まで誰かを助ける為に時間が巻き戻ってるものだと、そう思っていたけれど


その根本が違っていたのだとしたら?




その日記帳の中身はずっと真っ黒だった。

いや、黒く塗りつぶされていた。

下に汚い字で何か書いてあるが、それを上から黒色のクレヨンで塗りつぶされていて読めない。


しばらくページを捲り、ようやく文字が塗りつぶされていないページを見つけた。


僕はゴクリと唾を飲み、文字を読む。


『やっと自由だ。これでもう泣かなくてもいい。やっとおれは自分らしく生きることができる。おれはおれらしく。もうぼくなんて言わなくてもいい』


『母さんはしんだんだ』


自分で書いた覚えのない文が、かつて見覚えのある僕の日記帳に書かれていた。


けれどこれは確かに僕の書いた文字だ。

けれどこれを僕が書くわけがない。


あの優しい母さんのことを、僕がこんな風に思ってたわけがない。思うはずがない。


いつの間にか時計の秒針の音を、僕の心臓の音が超えていた。呼吸もしずらくなってきて、日記帳だけではなく、視界も黒く塗りつぶされ始めた。


トンネルの出口に蓋をされたみたいに。


入口に戻ろうとしても、ただ立ち尽くしたまま


もう戻れない。

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