第4話
おいおい。同じクラスじゃん
えー、私だけ隣のクラスなんだけど
下駄箱前に張り出されているクラス名簿を見ている人達は皆、そんなことを言っていた。
もしかしたら過去の僕もその内の1人だったのかもしれない。けれど今は違う。
「確か、1年2組だったっけな」
下駄箱に靴を閉まって教室へ向かう。
この現象に動揺しながらも僕は不思議と冷静だった。
時間が巻き戻る時はいつだって何かを間違えた時だ。今回、この能力が発動したきっかけは、浜辺さんの飛び降りだと仮定しよう。
彼女は屋上から飛び降り、僕は危機一髪で彼女の腕を掴み助けようとしたが失敗した。この1連の流れの間違い、なぜ時間は巻き戻ったのか。しかも数分の時間が巻き戻る今までとは違い約1年も。
「浜辺さんが死ぬことが、きっかけ…なのか?」
気づけば教室にたどり着いていた。扉を開けるともう既に何人かが教室でグループを作って話し合っていた。
えーっと座席は、と。黒板に貼られた座席表を見る。さすがにもう1年前の座席は忘れていた。自分の名前を探す。
なんと席は楓の隣だった。
「あ、」
「あの、もしかして君、津雲くん?」
後ろから楓の声が聞こえる。久々の苗字呼びに何故か緊張してしまう。
「あ、うん」と素っ気ない返事を振り返ってしまった僕に楓は「私、隣の席の南戸楓。…よろしくお願いします」とにこやかな表情を見せた。
ああ、こいつ初めて会った時からこんな感じだったんだ、と思うと同時に、時間が巻き戻り、今までの僕と楓の思い出がすべて修正されると思うと悲しくなった。そんな現実が今、目の前に立ちはだかっているのに何故か落ち着いていられるのはきっと楓が今となんら変わらない綺麗な笑顔を見せてくれたからだと思う。
「あの時ちゃんと、おはようくらい言えば良かったな」
「ん?何言ってるの?津雲くん」
「あ。その…ひとりごとだから気にしないで」
「ふーん」
楓は僕の方をじっくり睨む。怪しんでいるのだ。
「ちょっと楓。初日から馴れ馴れしいよ。困ってんじゃん。この子」と横からロングヘアの背の高い女子、四葉さんが遮ってきた。
「ごめんごめん。つい…」
「もう。あ、私、四葉初美。突然、乱入しちゃってごめんね。楓とは中学からの友達でね。よろしく」
「えっと…津雲春人です。よろしく」
四葉さん。そう言えば当時もこんな会話をしていた、と記憶が少しづつ鮮明に蘇ってきた。しかしこのままかつての記憶と同じように1年間を過ごしていいものか?
担任の先生による挨拶を終え、体育館へと皆で移動する。入学式だ。この時にだけ設置されたボロボロの少し触れるだけでギシギシという音が聞こえる椅子に座り、長ったらしい校長やらの話を聞く。ほとんどの生徒が居眠りをする中、僕は起きて何か違和感がないか、辺りの様子を伺っていた。
「えー、ここで新入生代表の挨拶」
校長先生がそう言うと、1人の生徒が壇上へと上がる。あの細い身体、そして長いさらさらなストレートヘアに透き通る肌、あれは浜辺さんだった。
「新入生代表、浜辺渚」
「人生はネタバレの連続である。これは私が尊敬する知人に言われた言葉です。人生というものはいつどこで終わりを告げるか、誰にも分かりません。もしかすると明日、急に命を落としてしまうかもしれませんし、突然、運命的な出会いをするかもしれません。皆さんは自分の未来について知っておきたいと思う時はないでしょうか?」
「私はあります。しかしそれは決して叶うものではないとも思います。なので今生きる私達が出来ること、それはきっと今をどう生きるかなのではないでしょうか?私達には未来は見えません。しかし今まで歩んできた道のりで学んだ成功と失敗、そしてそれをどう活かすかを考える時間が皆、平等に与えられています」
「昨日より良い今日、今日より良い明日、明日より良い明後日、このような毎日を過ごすヒント、それはきっと今という時間のなかに落ちているのではないかと私は思います。実在する過去はもう変えられないけれど、定まっていない未来をどうするか、はきっと今を生きる自分自身によってどうとでも変えることができるのです」
「未来の自分のヒントは今という時間に落ちている。当たり前のことですが、私はこの言葉を心に刻み、共に過ごす仲間と共により良い学校を求め、毎日、励みたいと思います。以上、新入生代表、浜辺渚」
少しづつパラパラと拍手が鳴り始める。
浜辺さんは一礼をし、壇上を降りた。
その時の姿は、あの時見た舞台の上で輝く浜辺さんと全く同じだった。
この浜辺さんの言葉をなぜ僕は覚えていなかったのだろう。壇上を降りて列に戻るまでの彼女の姿を僕はしっかりと目に焼き付けた。
あの時、浜辺さんのことをどこかで見たことがあるような気がしたのは、この入学式の新入生代表の挨拶を心のどこかで記憶していたからなのか?
「えー、以上を持って閉会致します。各学年の生徒は先生の指示に従って退場してください」
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