第2話
「ねぇ、このままどこかへ連れてってよ」
「…」
「どうかこの気持ちと病も一緒に」
「…ねぇ。浜辺さん。もう止めよう。いい加減疲れちゃった」
「はぁ。ごめんなさい。何回やってもダメダメですね」
外はもうすっかり暗くなりかけていた。
先程の出会いからどのくらいの時間が経過したのだろう。
楓がいないとは何となく分かってたけど、拠り所を探すように僕は美術室へ向かった。
そこには演劇部の浜辺さんがいて、何故か涙を流していた。
演技の練習と彼女は言っていたけど、演技とは思えないその寂しそうな表情に僕はどうにもほっとけなくて。
「わざわざ演技の練習付き合ってもらってありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ。なかなか面白いですね。この話」
「ふふ。この脚本、友達が書いたんですよ」
「え、そうなの?」
「はい。実話なんですって」
「じゃあ演劇部って台本から作るの?」
「普通の学校なら既存の脚本を使って練習するんですけどうちの学校、顧問の先生がちゃんとしてないので、自由にやらせてもらえるんですよね」
「へぇ」
演劇のタイトルは「バラの花」
話の内容はざっくり説明すると、人の寿命がわかるという高校生の主人公と余命が残り僅かの少女のラブロマンスだ。
もはや王道とも言われるほどやり尽くされた話だが、所々に仕込まれている伏線や台詞回しなどラストへの盛り上がりには感服した。
「あ。もし良かったらなんですけど」
「?」
「来週の日曜日、市民ホールでこの脚本の劇やるので見に来てくれませんか?」
「え?そんな、いいの?」
「顧問の先生から頂いたチケットが2枚残ってて、良かったら」
「…。じゃあ貰おうかな」
「はい。どうぞ」
「あれ。2枚いいの?」
「はい。もし良かったらお友達とか…彼女さんとでも」
「彼女…か。…はぁぁぁ」
「え、え?何か私、変なこと言っちゃいました?」
「いや。何でもないです。僕個人の問題なので」
そんなことを話していたらいつの間にか外は真っ暗になっていて、時計を見ると6時を過ぎていた。最終下校時刻の6時半を過ぎると門が閉められ学校から出られなくなってしまう。僕と浜辺さんは急いで教室を出た。
浜辺さんは「良かった。今日は間に合った」とほっと一息ついていた。
「じゃあ私、帰り、こっちなので」
「うん。それじゃあまた…」
「?」
「浜辺さんってさ。もしかして昔、僕と会ったことある?」
「えー?」
「なんか今日、初めて会った気がしなくて。気のせいだったらごめん」
「…。会ってたら覚えてますよー?」
「そうだよね」
「春人くんは、私と会った覚えあります?」
「…ないかな?」
「じゃあ、次に会う約束をしましょ」
「え?」
「絶対、見に来てくださいね。演劇」
「ああ。もちろん」
「ふふっ。じゃあまた今度!」
「うん」
浜辺さんはそう言いながら手を振って帰っていった。
「あれ」
「なんで僕の名前知ってんだ?」
そういえば自己紹介するのを忘れてた、と今更気づくほどに彼女の雰囲気は僕に馴染んでいた。
耳にイヤホンを付け自転車を走らせる。
程よく向かってくる風を感じながら、駅へと向かう。
自転車を置き、改札へ向かうとそこには楓がいた。
「おっす」
「え?なんでいるの?」
「ずっと待ってた。一緒に帰ろうと思って」
「こんな時間まで?」
「うるさいな。春人だってこの前私が部活終わるのずっと待ってたじゃん」
「あれは部活終わる時間も分かってたし、一緒に帰る約束してたろ?」
「私だって分かってたよ」
「?」
「ここで待ってたら春人と帰れるって」
「…馬鹿か」
改札を通ってホームで電車が来るのを待つ。
この時間がいつもちょっと好きだ。
「そういえば何で今日、美術室いなかったんだ?」
「あ、やっぱ春人、行った?」
「当たり前だろ」
「ごめんごめん。言うの忘れてた。今日、実は顧問の先生が熱出しちゃったみたいで」
「ほー」
「部活休みになっちゃったんだ。へへ」
「そうだったのか」
「明日からはまたちゃんとやるから、茶化しにだけは来ないでね」
「誰も茶化してないだろ」
「ほんと?」
電車に乗る。この時間の電車はやはり空いている。
「春人こそこんな時間まで何してたの?居残り?」
「違うよ。演劇の練習してたの」
「演劇?春人、劇するの?」
「僕じゃないよ。楓に会いに美術室に行ったらさ、演劇部の子が練習してて、その子に手伝って欲しいって言われて」
「あとこれチケット。今週の日曜日に舞台やるらしくて、良かったら見に来てって言われたから」
「2枚…」
「2人で見に行こ。どうせ暇でしょ?」
「はぁ。なんであなたはそう言う言い方しか出来ないのかな」
「春人」
「ん」
「私、別に告白された訳じゃないからね」
「どういう意味?」
「平地くんから聞いたの。春人が気にしてたって」
「…あいつ」
「春人も嫉妬するんだなってビックリしちゃった」
「嫉妬なんてしてないよ。ただちょっと、一緒に帰るこの時間が無くなっちゃうのかなって思っただけだよ」
「ふーん」
ガタンゴトンと電車が揺れる。
僕の心臓の音もこの音に上手く紛れ込んでいる。
「もう少しでさ、私たち3年生だね」
「だな」
窓の外を見ると微かに雪が降っているのが見えた。もう12月。高校2年生である僕と楓にとってはこうして雪が溶けていく時間をゆったり過ごせるのは今年が最後なのかもしれない。
「進路って決まった?」
「進学かな。特にやりたいこともないし」
「そっか」
「楓は?」
「…」
「あー。美大目指すんだっけ?」
「え??なんで知ってんの」
以前、何回かの時間の巻き戻しの中の会話で知った。
なんて言えるわけない。
「楓、この前言ってたじゃん」
「そーだっけ?」
「うん」
少し黙って考えている楓。
「まぁ、いいや。来年も同じクラスだといいね」
「そうだね」
嘘みたいなこのタイミングで電車は駅に着いた。
「あ、じゃあ私降りるね」
「おう」
「またね!」
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日曜日。市民ホール前で集合をした僕と楓。
これって一応、デートになるのかな、とか考えながら5分前に着くつもりが20分前に着いてしまい適当にスマホをいじって時間を潰す。
「よっ。春人」
「熱っ。楓?」
楓は後ろから僕の後頭部に缶コーヒーを押し当てて登場し、ココアとコーヒーどっちがいい?と質問してきた。僕はココアを受け取り手を温めて一気に飲み干した。
「来るの早いな」
「こっちのセリフなんだけど」
「まぁ行こうぜ」
館内に入ると想像以上に席が埋まっていた。
たかが1高校の演劇部がやる公演のはずなのに高校生以外にも一般客が大勢いた。
「人、多いね」
「だな」
運良く?なのか席は前から3番目の真ん中辺り。会場は開演前でざわざわとしていた。
横で楓は受付で貰ったパンフレットをペラペラとめくっていた。
「そう言えば春人がこの前言ってたさ。チケットくれた子ってどの子なの?」
「あぁ。浜辺さんっていう」
「…え?」
その時、楓は気の抜けたラムネを開けた時のような声を出した。
「浜辺…さん?」
「うん。浜辺渚さん。えっとねぇ、この写真の子だね」
僕はパンフレットに掲載されている部員の個人写真に映っている彼女を指さして楓に伝えた。
しかし、楓の顔は何故か少し曇ったような表情だった。
「どうしたの?楓」
「どうしたのって春人、自分が何されたか忘れたの?この子に」
「えっ?」
「嘘でしょ?あの時、みんな心配してたんだよ」
「…は?僕が一体、浜辺さんに何をされたんだって言うんだよ」
「死にかけたんじゃない。あの時の春人」
「え?」
突然、彼女は僕の知らない僕の話をし始めた。
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