ネタバレ
マレリ
第1話
画面の向こうで男と女が泣きながら抱きしめあっている。壮大なオーケストラと共に流れ出すエンドロールを見るまでは、これが映画だなんてことを忘れてしまっていた。
終わりが近づくといつも考えてしまう。ああ、この映画の登場人物達はもうここで死んでしまうのだろうか、と。確かに見た人それぞれの心の中に生き続けるとかフィルムの中で永遠という時を過ごすとかそういう解釈も面白いと思う。だがしかしここから先のストーリーは誰が何と言おうともう描かれないのだ。
その現実がいつも苦しくなってしまう。
フィクションの登場人物は勇敢で、現実を忘れさせてくれるのに最後は頭の中にしか残ってくれない。
結局、明日が来るのは僕1人なのだ。
エンドロールが流れきったあと、館内に明かりが灯る。服に散らばったポップコーンを払い除け席を立つ。
すると隣の制服の少女も僕と同時に席を立った。
気づけば館内には僕と彼女の2人きりとなっていた。いやもしかしたら最初からここには他に誰もいなかったのかもしれない。
彼女は僕の方を向いて何か喋っている。
「ねぇ。どうして泣いているの」
そう聞こえた次の瞬間に流れ出したチャイムが僕を現実世界へ連れ戻す。
キーンコーンカーンコーン
「ん」
顔を上げると夕焼けに照らされた誰もいない教室がぼやけて見えた。
「春人。起きた?」
「ん。おお。楓」
この子は南戸楓。僕と同じクラスで美術部の部長。
「やけにうなされてたけど大丈夫?」
「…おう。大丈夫。ってかずっといたの?」
「そりゃいるよ!部長なんだもん」
「よくやるな。部員、お前1人だけだろ」
「春人だって私のこと待っててくれたんでしょ?ほら、早く帰ろ」
「…。おう」
僕と楓は教室を出た。
家が近いからっていう在り来りな理由で楓と下校をする僕だけど、多分彼女のことが好きなんだと思う。
「春人、今日の日本史の授業寝てたでしょ?」
「…。なんで知ってんの」
「春人が寝てて前からプリント回すの止まってたから。四葉が怒ってたよ」
「…。すまん。謝っといて」
「自分で言いなさい」
信号が青に変わり渡っている途中に突然、楓はギョッと目を大きく見開いた。
「あ!」
「ん??」
「私、教室にプリント忘れちゃった」
「明日取りに行けば」
「明日提出なの」
「春人、先帰ってて。私学校戻るから」
「おう。また明日な」
そう言うと手を振る彼女。
僕は楓の後ろ姿をそっと眺め、帰ろうとすると
ドゴン、と車のぶつかる鈍い音が背後から聞こえてきた。
振り向くのが怖かった。もしかしたら、なんて悪い想像が当たってしまった時、自分がどうなってしまうのか。
覚悟を決めて振り返ると、さっきまで笑顔だった楓が赤い血に塗れて倒れていた。
「き、救急車!!」
誰かがそんな声をあげたけど、僕の視界はどんどん暗転していって、
カチッて音がした。
━━━━━━━━━━━━━━━
「春人、今日の日本史の授業寝てたでしょ?」
「……。あ、ああ」
「…?どうしたの。顔色悪いよ?」
ああ。またこれか。また同じ時間が…。
「いや別に。寝すぎたからかな」
「はは。変なの」
不幸中の幸いと言えばいいのか。普段なら嫌気が差すこの現象に、助けられるなんて。
「あ!」
「プリント学校に忘れちゃった」
「僕が取りにいくよ」
「えぇ?なんで?」
「日本史のプリントだろ?」
「なんで知ってんの」
「いいから。黙ってここで待ってて」
「う、うん」
「あ!危ない!」
楓が後ろを指差すと横断歩道に駆け出す少年に車が覆いかぶされ、弾け飛んだ。
カチッて音がした。
━━━━━━━━━━━━━━━
「春人、今日の日本史の授業寝てたでしょ?」
「…」
「春人?」
僕は能力と言えば大袈裟だけど「時間を巻き戻す」能力を持っている。
けどこの能力はあたかも自分の思い通りに時間を巻き戻せる訳ではなく、ある時突然、強制的に使用される。
そのタイミングはだいたい、自分が失敗した時や選択肢を間違えた時。
まるで自分が主人公の映画で誰かに脚本を書かれているかのような。この場面で君はこう動けと監督に指示されてるみたいだ。
NGシーンをカットするようにカチッという音が聞こえた時が巻き戻しの合図だ。
成功するまで何度も同じシーンを繰り返さなければならない。
そして今回、阻止すべき問題が分かった。
それはあの男の子を車に轢かれるのを阻止することだ。
1回目の映像では、楓が車に轢かれたが、それはあの男の子を庇った結果のものだった。
2回目の映像では、僕が楓を引き止めたから、ただ単に男の子が轢かれてしまった。
なら、正解は。
「あ!春人危ない!」
「ぐっ」
誰よりもこの後の状況を知ってるなら
誰よりも早く男の子を救えばいい。
僕は飛び込んで男の子を抱き抱えた。
間一髪、車に轢かれることはなかったけど
ドガッ
と後頭部に激痛が走る。どうやら地面にぶつけてしまったようだ。また目の前が暗転していく。楓が僕の名前を呼んでいるけど、どこか遠くに感じてしまう。
カチッて音は聞こえなかった。
体が宙に浮いているような感覚の中、映画館のスクリーンが見える。そこには先程の僕が男の子を助けるシーンが流れていた。座席には僕と夢の中で出会った彼女がいた。
「本当にこれが正解なの?」
彼女が口を開く。
「…え?」
「見ず知らずの男の子を庇って、あなた、死ぬかもしれないんだよ?」
「…」
「あなたの命だよ」
「…。誰かに人生縛られてるなら縛られてる中で出来ることを僕は精一杯やるよ」
「それはあなたのセリフ?」
「…」
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「あ、起きた」
目を開くと白い天井が見えた。ついに天国に辿り着いてしまったのかと思った。
「こ、ここは」
「病院。春人、自分が何やったか覚えてる?」
「え、えーと。男の子が轢かれるのを庇って…意識が」
「そ。そしたら急に倒れてここまで運ばれたってわけ」
「…そっか」
「はぁ。本当に心配したんだから。もうあんなことやらないでね!」
お前には言われたくないな、と言いたかったけど楓の目にはうるうると涙が浮かんでいてそんなことは言えなかった。
「そんな泣くなよ。大怪我したわけじゃないし、ただ力が抜けて気絶しただけだよ」
「それでも許しません。はい」
そう言うと楓は小指を出してきた。
「私の前では絶対に死なせないから」
「なにこれ」
「指切りげんまん。もう私を悲しませるようなことしないって約束して」
「…約束はするけど。指切りげんまんは恥ずかしいよ」
「…」
ムスッとした楓は動けない僕をいいことに無理やり小指を絡めてきた。
「指切りげんまん。嘘ついたら針千本飲ます。指切った!」
「…」
「約束だからね」
「…うん」
「…」
「…あのさ、楓」
「なに?」
「僕、楓のこと好」
カチッて音が聞こえた。
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「指切りげんまん。嘘ついたら針千本飲ます。指切った!」
「…」
「えっ。どうしたの?」
「…。いやなんでもない」
「…?」
「ごめん。ちょっと1人になりたいから」
「そっか」
「また学校でな」
「うん。…じゃあナースさん呼んでくるね」
「おう」
時間を巻き戻す能力。これが発動するのは、選択肢に間違えた時。
どうして僕は、好きな人に好きって一言も言えないんだろう。
あの日から2週間経ったけどあの日の僕の行動で得たものは、見ず知らずの男の子の命と、僕の体の痛みと、男の子の母親からの謝罪と、いつもより少しザワつく放課後の教室だ。
クラスの中心人物の男子が楓に告白するというのだ。楓はクラスでは特に目立つような存在じゃないけど誰にも隔たりがなく接することで男子女子どちらからも人気があるみたいだ。
「おい。春人いいの?あいつ告白するみてぇだぞ」
こっそりと僕に耳打ちするこいつは平地。僕の古き良き友人。少しお節介なのが昔からの悪い癖だ。
「別にいいんじゃない。告白するのは自由だしね」
僕はそう言って席を立って教室を後にする。
「もし付き合っても、後悔すんなよ!」
後悔なんてないよ。失敗すれば何度だって戻されるんだから。付き合ってすらいないのに、僕のものじゃないのに、嫉妬してしまう自分に嫌気がさす。
僕はいつも通り美術室へ向かった。
ここに行けば楓がいるとそう思って、勢いよく扉を開けた。
しかし、そこにいたのは楓じゃなく。透き通った肌の透明人間のような女の子だった。
女の子はビクッと反応してこちらに振り向く。
その顔には涙が流れていた。
「え…」
「あ…」
「…美術部の人?ですか?」
「いや違うけど」
「…」
「君は?」
「あ、演劇部の浜辺渚です。ごめんなさい。すぐ出てきますね」
「待って」
慌てて教室を出ていこうとする彼女の腕を僕は反射的に掴んでしまっていた。
「な、なんですか?」
「…あ、あのなんで泣いてるの?」
「…。え、演技の練習です」
「私、演劇部なので」
そう言う彼女の目の奥からは未だに涙が溢れ続けている。演技には思えないその表情に何故か凄く惹き付けられた。
この出会いが後の僕というストーリーにどのような影響を及ぼすかなんてわからないけど、その時だけ時間が止まったかのような感覚に陥った。
カチッて音は聞こえなかった。
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