第8話 北国のポテンシャルはこんなもんじゃない!

 そこからの展開は早く、そして順調に進んだ。


「皆さん、追加でメープルシロップと海産物を持ってきましたよ」


 俺が村を訪ねると、村長を含め多くの人たちが集まってきてくれた。


「これはこれはミチユキ様、再びのお越し、感謝致します」

「村長、今日は頼みがあって来たんだ。畑の土を堆肥っていう作物がよく育つ土に成長させて欲しいんだけどいいかな?」


「そんなことが可能なのですか?」

「そうだな、具体的にはこんな感じかな」


 俺は道の脇の地面を範囲指定してストレージに収納、錬金術スキルでストレージ内の死骸や残飯などの有機物と混ぜて分解、再構築して堆肥を錬成してから、まったく同じ場所に再配置した。

 一か所だけこげ茶色に変わった土を見て、村人たちは目を丸くした。


「す、すごい、なんてやわらかくてジューシーな土なんだ!」

「まるで森の土じゃないか!」

「ミチユキ様、是非もうちの畑をこの土に」

「我が家もお願いします」

「任せとけ」



 こうして、国内の農村部の畑を堆肥にすることは成功。

 また、アイリスたちにそうしたように、水蒸気のオモチャを見せて、今度これの大きいのを作って走らせると説明した。


 ――こうしておかないと混乱が起きるからな。


 実際、明治時代の日本で初めて蒸気機関が走った時にも大騒ぎする人がいたらしい。そりゃあ馬もなく走る車両があったら驚くよな。



 アイリスが道路や線路の場所の選定を終えると、その上空を高速飛行しながら、ストレージスキルと錬金術スキルで眼下の土地を作り替えて整地、またはストレージ内の木材と鉄から線路を敷いていく。


 それから、ステータス画面の錬成可能物一覧から蒸気機関車を5両、客車と貨物車15両ずつ選択した。


 これを二週間でこなした。

 おかげで、地面にいる時間よりも空を飛んでいる時間の方が長かった気がする。

 けれどその甲斐もあり。

 

「ではこれより、蒸気機関車の開通式を執り行います!」


 駅に集まった王都民の拍手を浴びながら、アイリスは挨拶の言葉を述べていく。

 そうして、高い切符代を払ってくれた貴族や富裕商人たちが次々車両に乗り込み蒸気機関車は走り出した。


 運転士たちはまだ未熟だけど、ろくにダイヤもないしまだ交通法も定まっていない試運転のようなもの。


 最低限、発車とスピード調整、ブレーキだけは仕込んだ。

 俺とアイリス、ヒルメの前で、蒸気機関車は走り出し、隣の都市へ向かっていく。


「貨物車の中は平和の象徴であるメープルシロップ。最初の荷物にぴったりですね。商人たちも砂糖より安いと喜んでいます」

「その砂糖も、冬には輸入しなくてよくなるぞ」


 言って、俺はストレージからテンサイというカブのような植物を取り出した。


「それはなんですか?」

「これが俺の探し物だ。これはテンサイって言って、寒い地域で育つ砂糖の原料だ」


 ちなみに、日本では主に北海道で栽培されている。


「じゃ、じゃあ」


 期待に声を膨らませるアイリスに、俺は大きく頷いた。


「ああ。こいつをもと湿地帯に大量に植えておいた。これからは砂糖を国産化できる。いずれは、砂糖を輸出する側に回るだろうな」


 アイリスの目が希望に輝いた。


「つっても、俺は農家じゃないし俺一人で栽培できるわけもない。早くあの湿地帯で小麦とテンサイの世話をしてくれる人を探さないとな。まずは国内の農家の次男や三男が狙い目だな。土地をやるから独立しないかってもちかければ、誰か食いつくだろう」


「はい。すぐに手配しますね」


 アイリスは笑顔でちっちゃく握り拳を着くてくれた。かわいい。


 ちなみに、これも北海道で実際にあった話だ。


 農家の後継ぎは長男が当たり前。弟たちは長男の労働力として長男の畑でこき使われる。


 多くの次男三男は思っている。自分だけの畑が欲しいと。


 そこへ明治政府が、北海道開拓の話を持ち掛けたらしい。


 開拓した土地は君のものだと言われた農家の次男三男、場合によっては四男や五男は北海道に移住して、一部の人は土地持ちとして大金持ちになったようだ。


「ミチユキ様」

「ん?」

「この辺境国に来てくれてありがとうございます」


 頬を綻ばせてくれるアイリスに、けれど俺は首を横に振った。


「違うだろアイリス。ここは辺境国じゃない」


 俺の言葉に、アイリスは満開の笑顔を見せてくれた。


「はい! このフィンマーデン王国に来てくれてありがとうございます!」


 その笑顔だけで、俺はこの国に来て良かったと、いや、この異世界に来て良かったと、そう思えた。


   ◆


「だーかーらー! 水蒸気で車輪が回って走るんだよ!」


 帝国では、勇者の戦原が宮廷鍛冶師や学者たち相手に怒鳴り散らしていた。

 けれど、鍛冶師たちはビクビクと震えるばかりで、彼の話を理解できていなかった。


「誠に恐縮ではありますが勇者様、その、水蒸気でどうやって車輪を動かすのかが、後ろに水蒸気を噴射してその反作用で動くのですか?」


「だからそうじゃなくってこう石炭燃やして水蒸気が出て、それでピストンが動いて、車輪についた横棒が前後に動いて車輪が回るんだよ! なんでわかんないんだよ! 辺境国には蒸気機関車が通ってんのに帝国通ってねぇとおかしいだろ!」


 フィンマーデンの蒸気機関車の話を聞いてから、戦原はずっとこの調子だ。


 異世界に来てから、戦原はチート戦闘力でチヤホヤされてウハウハだった。


 しかし、彼には隠れた不満があった。


 この世界には漫画も動画もネットもスマホもカラオケもない。


 食べ物は一流の宮廷料理や菓子を提供されるが、コーラもポテチもチョコもない。


 募り続ける不満を解消するように、道雪をいじめた。


 彼の横柄な態度は、自分を納得させるためのものでもあったのだ。


 なのに、その道雪が辺境のハズレ流刑国家で文明の利器を、鉄道を通したという。

 ――そういえばあのやろう、メープルシロップのお菓子とか錬成していたな。あいつの錬金術スキルでどれだけのものが作れるか知らないけど、こんなことなら帝都を可能な限り近代化させてから追放するんだったぜ!


 錬金術スキルを持たない戦原は仕方なく、鍛冶師や学者たちに蒸気機関車の説明をするがうまくいかなかった。


 そもそも、戦原自身が、蒸気機関のことを正確に把握しているわけではない。

 まして相手は文明レベルが中世で止まっている人たちだ。

 それはまさに、高齢者にスマホを教えることよりも遥かに困難な道のりだった。

 それで戦原もうすうす気づいてしまった。

 魔王を倒して平和になった今、【戦闘力】は無用の長物でしかない。

 むしろ、これからは生産系スキルの時代だ。


 つまり。


 ――おいおい嘘だろ。もしかして、オレ様よりもあいつのほうが需要あるんじゃねぇのか?


 その苦い事実を飲み込むのに、戦原はバケツ一杯分のメープルシロップが欲しい気分になった。


 戦原も、異世界転移系アニメを見たことはある。


 セオリーに従えば、今後は道雪の生産チートストーリーが始まるのは目に見えている。


 半月前は魔王を倒して有頂天になって今までノリで道雪を追放してしまったが、今にして思えば懐柔して自分の手元でコキ使うべきだったと、戦原は後悔した。


 ――落ち着け。帝国と流刑国の国力は50倍。基礎能力が違うんだ。いくらあいつがすげぇもんを錬成してもひっくり返せるわけがない。むしろ、あいつが錬成したものを輸入して、経済的に帝国に依存させて事実上の属国にしてやるんだ。


 不安を拭うために、都合のいい妄想を自分に言い聞かせる戦原だが、遠く離れたフィンマーデンで北海道雪は宣言していた。


「よっし! このまま国力を100倍にするぞぉおおおお!」


 北海道民による北国無双は、始まったばかりだった。


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人気になったら本格連載したいです。

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ワールドマップ無双!辺境のハズレ領地に追放されたので国力を100倍にしてあげた 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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