第5話 ぎゃああああああああああ! うまいぃいうますぎるぅうううう!

「ぎゃああああああああああ! うまいぃいうますぎるぅうううう!」

「この世にこんな甘味があったのかぁああああああああ!」

「がつがつもぐもぐ!!」

「うぉおおおおこれぞまさに平和の味!」

「魔王討伐ばんざーい!」

「ミチユキ様ばんざぁあああああい!」

「がつがつもぐもぐ!!」


 国中を飛んでストレージからタル入りのメープルシロップを配ると、どの町や村も歓喜に包まれた。


 この辺境の地では誰も彼もが、魔王討伐の報せをただ耳で聞くだけで、生活にはなんの変化もない。


 変わらず寒くて貧しい生活の中で、平和や安寧なんて実感できるわけもない。


 けれど、誰も彼もがパンにメープルシロップを塗って食べると感動の涙を流し、新時代の幕開けを実感してくれた。


 特別に貧しい貧民層の人たちも、普段食べている硬い黒パンにメープルシロップを塗るとおいしそうに食べてくれた。


 

 そして俺がこの国に来てから三日目の昼過ぎ。


「ただいま。国中の森からメープルシロップ回収して各市町村に一か月分ずつ配っておいたぞ」


 あと、俺のある探し物も見つかった。


「おかえりなさいませミチユキ様。ティータイムの準備をしてお待ちしておりました」


 エントランスで出迎えてくれたアイリスは、笑顔で俺を客間まで案内してくれた。


「お待ちしていましたミチユキ殿、紅茶とメープルパンの準備ができていますよ」


 部屋で待っていたヒルメは、まるで執事のように紅茶を淹れながらもてなしてくれた。

 紅茶の淹れ方も堂に入ったもので、つい感心してしまう。

 脳筋かと思ったら、意外に多芸だ。


「それにしてもメープル味は本当においしいですね、いくら食べても飽きません」


「気に入ってくれて何よりだよ。メープルシロップはこの寒い北の大地ならではのものだ。これを特産品にして、国のシンボルのひとつにしよう。砂糖、ハチミツに次ぐ第三の甘味、メープルシロップの地フィンマーデンてわけだ」


「ヒルメから聞きました。カエデは寒い冬を越すために甘いシロップを作ると。まさか寒いことが利点になることがあるだなんて、驚きです」


 可愛く笑いながら、アイリスはメープルパンを口にした。かわいい。


「これはほんの序の口だ。このまま北国無双して俺はこの国の国力を100倍にして世界の主要国にする。そんで、国民の心を復興するんだ」


 俺が断言すると、アイリスは息を呑んで頷いた。


「はいっ」

「いい返事だ」

「そのいい雰囲気に恐縮ですが、国内の問題のまとめが終わりました」


 申し訳なさそうに、ヒルメが腰を折って数枚の羊皮紙をテーブルに乗せた。

 羊皮紙を手に取り視線を走らせると、アイリスは表情を曇らせた。


「これは、想像以上に酷いですね」

「何が問題なんだ?」


「食糧不足で居住家屋不足が深刻です。長きにわたる魔王軍との戦いで人々は家屋を破壊され畑は荒れ、若者の徴兵と戦死で労働力が足りません」


「わかった。ならとりあえず兵役の解除、あと正規兵も希望退職者を募ろう。食糧問題は、農業改革はするけど作物は一朝一夕じゃ作れない。よそから持ってこよう」


「他の国も同じような状況だと思いますが……」

「姫様の言う通りです。帝国なら余裕はあるでしょうが、大量の食糧を輸入するだけの予算がありません」


「いや、海から持ってくる」

「「え?」」


   ◆


 三時間後。

 俺が立っていたのは、冷たい北の海の上空だった。

 ワールドマップスキルには一面の青い海が映るのみだが。


「100トン級の巨大モンスター」


 いくつかの光点が灯り、種類を確認する。


「この近くだと、こいつか、うん、食料としてはいいんじゃないか? それじゃ」


 ストレージから前に錬成したモンスター寄せの水晶を取り出すと、前方の海面に投げつけた。


 十秒後。

 海面に叩きつけられた水晶は粉々に砕け散り、周囲に挑発の波動を広げた。

 すると、数秒で海面が荒立ち、うねり、土砂降りのような無数の水音が沸き起こった。


 それは、十数秒後に海面を埋め尽くすであろう水棲モンスターたちが起こす波だった。


 まるで渦潮のように海中がかき混ぜられ、無数の質量が一斉に海面へ突き出ようとしている。


 だから俺は、その十秒前に海中へ爆裂の水晶を超高速で撃ち込んだ。

 コンマ一秒後に巨大な爆音と共に水柱が起こり、俺の視界を覆った。

 しばらくすると、空から海水の雨が降ってきたので防御魔法で傘を作った。

 海面は、衝撃波で死んだ水棲モンスターで埋め尽くされていた。


 一見すると凄い威力だけれど、こんなもの、魔王にはかすり傷も負わせられなかった。それで戦原に責められたっけ……。


「まるでダイナマイト漁だな。けど、俺の本命は別なんだわ」


 数万体水棲モンスターの死体をストレージに入れながら、俺は背後の爆音へ振り返った。


 二本目の水柱に続き、三本目、四本目、五本目の水柱が打ちあがり、その中からかまくびをもたげるようにして海の覇者が姿を現した。


 けれどそれは覇者たちではなく、覇者の一部だ。


 十一本目の水柱に変わり、海面が大きくドーム状に盛り上がり、中から姿をあらわしたのは、巨大なイカだった。


 この巨体、威容を例えるにはクジラでも足りない。

 もはや、巨大構造物の域だ。


「待っていたぜ、クラーケンさん。じゃ、おいしいイカ焼きになってもらおうか」


 鑑定スキルで確認したクラーケンのレベルは71。

 大国の海軍が総出で殺しにかかっても、足一本千切れないだろう。

 だけど、戦原の奴なら一人でも余裕だろう。

 俺は、少し頑張らないといけない。


「普通、水属性なら雷が弱点なんだけど、こいつ発電するんだよな」

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」


 声を持たないクラーケンの咆哮か、体が激しくスパークして発光。

 おそらくは威嚇のつもりなのだろう。


 それだけで周囲のモンスターが感電死したのだろう。あらたな死体が浮いてきた。


「状態異常全部に耐性があって弱点属性は冷気、種族は水棲軟体動物、ね」


 鑑定スキルでクラーケンの情報を確認する間に、塔のように太い十本の足が俺を包囲した。


「食べる部分は減らしたくないし、十本の足の根元を凍らせて動きを封じてから目玉から脳味噌まで一気に貫いて殺すか」


 ストレージから前に錬成した雷霊の腕輪を手首にはめると、続けて極寒の杖と軟体動物殺しの鎌を取り出し、左右の手に構えた。


「じゃ、付き合ってもらうか」

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

「安心しろよクラーケン。お前は海の覇者だ。本来なら、人間なんかに食われるような器じゃない」


 言って、俺はチートスキルで錬成した武器を手に空を駆け抜けた。

 一瞬前まで俺のいた空間を、十本の触手が雷撃とともに貫いた。


   ◆


「ぎゃああああああああああ! うまいぃいうますぎるぅうううう!」

「この世にこんな旨味があったのかぁああああああああ!」

「がつがつもぐもぐ!!」

「うぉおおおおこれぞまさに救いの味!」

「魔王討伐ばんざーい!」

「ミチユキ様ばんざぁあああああい!」

「がつがつもぐもぐ!!」


「いやぁ、大盛況だなぁ、クラーケン焼き」


 王都広場に集まった人々は、むさぼるように焼きイカを食べながら歓喜の声をあげていた。

 俺の隣では、ヒルメと変装したアイリスが頬を強張らせていた。


「ヒルメ……クラーケンて、伝説級のモンスターですよね?」

「そのはず、ですが……」


「なんかダメだったか? ストレージスキルでクラーケンを100グラムずつカットした塩漬け状態で各地に配って来たけど、どこも大喜びだったぞ。他のモンスターたちの肉もあるから、これで今月は食うに困らないだろ」


「え? いくらなんでも一か月分はないんじゃあ」

「いや、クラーケンの他にもシーサーペントとか一角クジラとかラージシャークとかアスピロケドンとか倒してきたから」

「どれもSランクモンスターじゃないですか!?」

「我が国の海路を塞ぐ生きた災害たちがこうも簡単に……あの、ミチユキ殿は錬金術師なんですよね?」

「うん? ああ。でも俺レベル90だから」


 ふたりが顔面蒼白で固まった。


「けど魔王最終形態はレベル100だったから本当に死ぬかと思ったぞ。今思い返しても五人がかりじゃなかったら絶対に勝てなかったぞ」


 聖女の魔法で強化した勇者と剣聖が魔王を左右からはさみうちにしながら後ろから賢者が攻撃魔法をブチ込み続けてダメージを受けたら聖女が即回復。


 そして俺は魔王にお邪魔アイテムを投げ続けて味方には補助アイテムを投げ続けた。


 後半、もう魔王は泣きが入っていた。

 特に、魔王の必殺技が勇者の戦原の心臓を貫いたのに俺がフェニックスポーションで復活させた時には絶叫していた。


「だけど来月からは食べるものが無いしずっと俺が養い続けるわけにもいかない。食糧問題と家屋問題を解決するために必要なものがある。ここで問題だ。復興に一番大事なものはなんだと思う?」


「人手、ですか?」

「物資ではないかと考えます」


「いや、道だ」


   

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