第6話 何故こんなことに!? ん?俺のせいかな?

 その頃、南の海洋国家では賢者の黒木が叫んでいた。


「なんだこれは!? 来期分の砂糖の輸出量が減っているじゃないか!?」


 商業が盛んな海洋国家に復興大使と就任早々、黒木はサトウキビの生産量を増やそうとしたのだが、経済産業大臣から返って来たのは需要がない、の言葉だった。


「それが、北の辺境国が突然輸入量を四分の一にまで減らしてきまして。あそこは砂糖を100パーセント我が国からの輸入の頼っていたはずなのですが……」

「原因はなんだ? 復興のせいで予算が無いのか?」

「いえ、なんでもメープルシロップという砂糖でもハチミツでもないあらたな甘味料が手に入ったとかで」


 大臣の説明に、黒木はハッとした。

 魔王討伐の旅の途中、聖女の天寺が「甘いものが食べたい」とわがままを言った時、北海道雪がカエデからメープルシロップを錬成していた。


「あ、の、底辺がぁ~~」


 富裕層に育った黒木にとって、道雪は底辺層の庶民であり、見下す存在でしかない。


 その、路傍の石コロも同然の存在に足をすくわれてプライドが深く傷ついた。

 論理的な理由などない。

 ただ彼にとっては、庶民が原因で気分を害されたという事実は無条件で悪なのだ。

 だが彼は知らない、今後、さらに海産物の輸出量まで減ることを……。


   ◆


 俺とアイリス、それにヒルメは城の会議室でワールドマップスキルを見下ろしていた。


「農業改革で大量の農作物を作ってもそれを国内にいきわたらせるには道が必要だ。他にも復興の物資、人材、その移動には全て道が重要だ」

「確かに、生産しても流通しないと意味がないですね」

「つまり、兵站と同じですね。国内の物資を戦場へ届けるために、輸送路を確保する、と」


 二人の理解に俺は頷いた。


「メープルシロップもクラーケンの肉も、王都から離れた地方には俺が運んだ。けど、今後も俺一人で全ての流通をするわけにはいかない。だから国内すべての道を整備するんだ」


 ワールドマップに示された道路を指でなぞる。


「残念だけどこの国の道路は幅が狭いし悪路が多い。冬になれば雪も積もる。これじゃ人と物の流通が鈍化して当然だ。道幅を広げて整地して次の町までの距離を示して標識を立てる。それから雪が降ったら兵士に雪かきをさせよう」

「兵が納得するでしょうか?」


 アイリスの視線がヒルメに向けられた。


「道は行軍に必要なモノです。道の整備は兵の仕事と言っても矛盾はしないでしょう」

「ヒルメの言う通りだ。ただし最初の工事は俺がやっておく。同時に全ての農地を堆肥に変えておこう」

「堆肥、とはなんですか?」

「私も軍では聞いたことないですね」


「堆肥は森や山の土で作物が育つための栄養を豊富に含んだ土だと思ってくれていい。森から運んでくる場合もあるけど、肥料と土を混ぜて人工的に作ることもできる。俺の錬金術なら一瞬だ。ただし、この寒い雪国じゃ麦を作る農地が足りない」


 ジャガイモのように寒冷地に適した作物は作るけど、主食になる小麦は寒すぎると育たない。


「そこで、この湿地帯を耕作地帯にしたい」


 俺が指さしたのは、大都市がいくつも入りそうなほど広大な湿地帯だった。


「ここは国内の南側にあって気温は十分、なのに土が悪くて畑にできない場所だ。ここをまるごと耕作地帯に変えることができれば、この国の食糧庫になるだろう」

「待ってくださいミチユキ様、ここはリーガル湿原、1600キロ平方メートル以上もある国内最大級の大湿原ですよ」


 ――すぐに数字が出てくる。自分の国のことをよく把握している。


 やはり、アイリスはただの箱入り娘ではないと感心した。


「お言葉ですがミチユキ殿、リーガル湿原の埋め立ては不可能です」


 ヒルメが異論を唱えてきた。


「リーガル湿原は、ただ雨の多い地域、というだけでなく、見ての通り無数に枝分かれした河川が無限に水分を供給します。川をせき止めでもしないかぎり埋め立てても再び湿原に戻ってしまいます」


「いや、埋め立てる必要はないぞ。ヒルメの言う通りだ」


 二人は顔を見合わせた。


「川の源流を変える。それで用水路や貯水池へ流して新たに利用するんだ」

「「なっ!?」」

「俺のスキルなら可能だ。当然湿地帯の土も一日で堆肥に変える」


 ストレージには今まで旅とクラーケン狩りの時に出た食べられない部分の残飯的な残骸がある。

 それら有機物を肥料にすれば簡単だ。


「あ、でもミチユキ様、湿地帯はともかく農村部の開拓はうまくいかないかもしれません」


 ためらいがちに、アイリスは口を開いた。


「農民にとって畑の土は財産であり誇りです。そこへ他人が手を加えることを簡単に受け入れるとは思えません」


「姫様の言う通り、彼らにもプライドがあります。農業のことは自分たちが一番よく分かっている。他人が口を出すな、という農民は珍しくありません」


「お姫様なのに詳しいな」


「はい。姫様はたびたび新米女騎士に扮し、私と共にお忍びで城下町や郊外の農村へ出向いているのです」


 と、ヒルメが得意げに胸を張った。

 その様子はまるで我が子を自慢する親バカのようだった。


「そんな、私はただ国民の暮らしを直接確認したかっただけだから」


「いや、十分立派な心掛けだよ。そう思える支配層は少ないし、実行できる人はもと少ない。何せ、世の中には自分の領地に一歩も足を踏み入れずに死ぬ貴族もいるぐらいだからな」


 これは事実だ。

 田舎暮らしを嫌い、田舎の領地経営は代官に任せて、自分は領地からの仕送りで都会暮らし、なんて貴族は珍しくない。


「そ、そうですか? えへへ」


 俺が褒めると、アイリスは嬉し恥ずかしそうにはにかんだ。かわいい。


「あと農民からの反発問題は対策済みだ。ていうか、そのためのメープルシロップとイカ焼きだ。俺とアイリス、政府の人気を高めて信頼を勝ち取った今なら、俺の言うことを信じてくれるだろう」


「そういうものですか?」


「そういうものなのだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってな。人間、どれだけ正しい話でも嫌いな人の言葉には反発したくなる。それは逆もしかりだ。間違った話でも、好きな人が言っていると好意的に受け取る。所詮、人間は話の内容じゃなくて、話している人間のことが好きかどうかで態度を決める」


 そう、だからこそ、俺は皇帝からこの地に追放された。

 魔王討伐の旅の頃から、戦原の問題行動は目についた。


 けど、皇帝はいつも戦原の蛮行を「剛毅なお方」「勇者はこれぐらい元気がないと」と許してしまい、無策が原因で危機を招いても悪いのは魔王軍だと考えた。


 そのたび、俺は嫌な想いを味わい続けてきた。もう、あの頃には戻りたくない。


「なんだか悲しい話ですね。でも道路が整備されれば農作物が国中に行き渡って復興が進みますね」


「それだけではありません姫様、ミチユキ殿がクラーケンなどを退治してくれたなら、新たな海路も開けるかもしれません」


「ですね。今までは上級モンスターの出ない海路しかありませんでしたが、海運が進めばさらに経済が発展します」


「もしや、ミチユキ殿はここまで考えて?」

「まぁな。皇帝からこの国は海がモンスターの巣窟だから海路が無いって聞いていたし」


 ヒルメはガッツポーズを作る。


「素晴らしい。【海路】と【道路】、このふたつの流通網があれば、復興は飛躍的に進みますね!」

「いや、三つだ」


 指を三本立てる俺に、ふたりはきょとんとした。


「【海路】と【道路】とは別に【線路】を布く」

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