第7話 北国って何故か地下資源が豊富だよね

「ミチユキ様、線路、とはなんでしょうか?」

「簡単に言うと俺の世界にあった馬の代わりに水蒸気で走る鉄の車だな。口で言うよりも見せた方が早い」


 言うや否や、俺はストレージの中の砂鉄からいくつかの道具を錬成、取り出した。


「まずここに水の入ったヤカンがある。これを沸騰させると」


 左手でヤカンを持ちながら、右手で炎魔法を使い、ヤカンの水を沸騰させていく。

 すると、ヤカンの口から白い水蒸気が上がり、フタがカタカタと音を鳴らした。


「触ってもいないのにフタが動いている。ヤカンの口に手をかざすと熱風が出ている。水を沸騰させるが風が起こるのはわかるな?」


 二人はそろって頷いた。


「それを利用するとこういうものができる」


 続けて俺が取り出したのは、古代ギリシャのオモチャの部品だった。

 まず、錬金術で金属管とヤカンを結合させる。


 続けて、L字型の小さな金属管の生えた金属球を、金属管に貫通させる。


 するとどうなるか。


 ヤカンの中の水蒸気は、金属管を通り、金属球の中へ、そして、L字型金属管の口から噴き出した。

 それを推進力に、金属球は地球儀のようにぐるぐると回転し始めた。


「わ、すごい……」

「これは、なんと面妖な、魔法で動かしているのではないのですか?」

「いや、俺は火炎魔法以外に魔力を使っていないぞ。そしてこれをもっと複雑にするとこうなる」


 水蒸気玩具をストレージに収納してから、俺は手のひら大の蒸気機関車のおもちゃを錬成、テーブルの上に置いた。


「このおもちゃに沸騰したお湯を注いでフタを閉じると……」


 俺らの目の前で、蒸気機関車の車輪が回りだし、ひとりでにテーブルの上を走り始めた。


「「ッッ……」」

「これが蒸気機関だ」

「あっ」


 機関車がテーブルの端に迫ると、アイリスが慌てて回り込み、落下した機関車を両手で受け止めた。

 それから、よかったとばかりに胸をなでおろした。やさしい。


「しかし本当に凄い。ミチユキ殿のいた世界ではこんなものが当たり前のように走っているのですか?」

「いや、もっと凄いものが走っているよ。けど、それはこの世界にはまだ早い。混乱を招くだけだから今はやめておこう」

「これより凄いもの、気になりますね」


 アイリスは好奇心でちょっとうずうずしている。

 お姫様と言えど、そこはまだ十代の女の子だ。

 それでも、俺の話を邪魔しないよう、自制しているのがいじらしい。


「これより凄いとはどんなものですか?」


 そして自制心の欠片もない女騎士がここにいた。こいつめ。


「時速数百キロで走る機関車とか飛行機って言う大勢の人を乗せて超高速で人を運べる乗り物があったぞ。もっとも、グリフォンやドラゴンのいるこの世界じゃ飛行機なんて飛ばせないけどな」

「う~ん、それは残念ですが、いつか乗ってみたいものです」


 ヒルメは腕を組んで唸った。


「ところでミチユキ殿、こちらの乗り物ですが、炎魔法を使える人材が必要なのですか?」


「それでもいいけど、石炭を燃やして進むんだ」

「石炭? 木炭とは違うのですか?」


「あ、前に先生から聞いたことがあります。確か山で採れる燃える石ですよね? 山のふもとに住む人たちが薪のかわりに使っていると聞きました」


「ああ。けど石炭にも炭田って言って金属鉱脈みたいに大量に埋まっている場所があるんだ。ワールドマップ、炭田の場所を表示してくれ」


 ワールドマップに表示された山のうち、いくつかが光った。


「よし、思った通り、この国は石炭が豊富だな」

「どれぐらい埋まっているのですか?」

「そうだな。国中の薪や木炭需要を石炭に置き換えてなおかつ国中に蒸気機関車を走らせても軽く1000年分以上は埋まっているな」


「「そんなに!?」」


 理由は知らないけれど、日本なら北海道、世界ならロシアと、何故か石炭は北の大地に大量に埋まっている印象がある。


 もちろん、単に面積が広いからと言うのもあるだろうけど、それだけでは説明できない気がする。


「それは凄い、姫様、すぐに国中の鉱夫たちに募集をかけましょう」

「いや、俺が直接ストレージスキルで回収してくる」

「「え?」」


「俺のストレージの収納射程は10キロメートル。地下10キロメートルまでの地下資源は労力ゼロで回収できる。炭鉱は毒ガスが発生して鉱夫が危険にさらされるし、今は労働力の足りない時期だ。炭鉱夫に転職してもらうのはやめよう」


 じゃあ行ってくると俺が背を向けようとすると、アイリスが視線を伏せた。

 口の中でくちびるを噛むような表情に、俺は足を止めた。


「どうしたんだ?」

「あ、いえ、その……なんだか私、役立たずだなって」


 ドレスのスカートの裾を握りしめながら、アイリスは恥じるように言った。


「国の復興は、本来は私の仕事なのに、何から何まで、ミチユキ様に頼りっぱなしで」

「それは違うぞ」


 俺は自分の浅はかさを恥じながら、彼女に語り掛けた。


「確かに俺は力がある。けど、この国のことを何も知らない。だからアイリスがいなかったら、きっと俺は力の振るい方を間違える」


 チートは強力だが、人からやる気や夢を奪う。

 誰もがチートに頼り堕落したり、どうせチートに勝てないと絶望させてしまう。

 だから俺は、そこまで考えて行動しないといけないんだ。


「だからアイリスには、この機関車が通る専用の道である線路を敷く場所、それから俺が整地する道路の場所や新しい作りたい道路を決めて欲しい。それぞれの市町村の関係や交通量を考えてな。それはこの国のことを知るアイリスにしかできない仕事だし、俺には無理なことだ」


 彼女の表情がハッとして、わずかに明るくなった。


「言っておくけど、アイリスを元気づけるための嘘を言っているわけじゃない。俺が道路や線路を敷く場所を決めようと思ったら、各地の状況を調べるのに長い時間がかかるし、それでも見落としがあって不具合が生じる。これは解釈じゃなくてれっきとした事実だ」


 やや語気を強めた俺の言葉に、アイリスの明るい表情に熱がこもった。


「はい、任せてください。交通大臣や経済産業大臣たちと話し合い、最高の場所を選定してみせます! 行きましょう、ヒルメ!」

「はい! 姫様!」


 二人が力強い足取りで部屋を出て行くのを見送ると、俺はほっと胸をなでおろした。

 今の言葉に嘘はない。


 この安堵は、俺自身が間違わずに済んだという安堵だ。

 俺は、この国の中心人物や権力に座に座る気はない。

 この国が俺に頼り切るようになったら、復興ではなくむしろ衰退だ。


 錬金術師ジョブが持つ錬金術スキルやワールドマップスキル、ストレージスキルの使い所を間違わないよう、勘違いしないよう言い聞かせながら、俺は窓から外へ飛び出した。


  

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