第4話 ストレージスキル無双!

「うぉおおおおおおおおお! と、飛んでいるぅううううう!」


 ヒルメを抱えながら空を飛ぶと、腕の中で彼女は大はしゃぎだった。


 男に慣れていないのか、最初は耳まで真っ赤にして緊張していたのに、今ではジェットコースターに乗る小学生のようだった。


 ちなみに、俺は違う意味でちょっとドキドキしてしまう。


 ――ヒルメって、いい香りするな。

 空気抵抗から体を守るために簡単な防御魔法をほどこしているから空の旅は快適そのもの。


 その一方で彼女の匂いも突風で流されることなく俺の鼻腔を刺激した。

 特に、身長がほぼ同じで背後からはがいじめにしているので、彼女の後頭部に頬をくっつけているような状態だ。


 この世界に来て色々な経験をして、俺も日本のような童貞臭さはなくなったものの、ヒルメ級の純心美少女には心がちょっと緩んでしまう。


「よし、そろそろ降りるぞ」


 ちょうど目的地の森が見えてきて、俺はその中央に着地した。


   ◆


 残雪が多い白い地面に降り立つと、そこはワールドマップスキル通り、カエデだらけの森だった。

 周囲をぐるりと取り囲むカエデの樹を見上げて、その見事に魅入った。


「太くて高くて、立派なサトウカエデだな。これなら、いいメープルシロップが採れそうだ」


 俺がステータス画面からスキルを開いて、設定をいじる中、カエデの幹に触れるヒルメが声をかけてきた。


「この中に、さっきの甘いメープルシロップが入っているのですね。では早速」

「いや剣をしまえ」

「えっ? 切り倒すのではないのですか?」

「そんなことしたら絶滅するっての」


 ヒルメは意外そうに目を丸くすると、剣を横薙ぎの姿勢で固まった。


「実際には穴を開けてそこから採取するんだ」

「あ、そういうことでしたか。しかし何故カエデの樹液は甘いのですか?」

「越冬のためだよ。カエデは寒い冬に耐えるためにデンプンていう成分を糖に変えるんだ。で、雪解けの頃になると夜の間に地面から水分を吸い上げて昼間にメープルウォーターを流し出す。これを採取して煮詰めればメープルシロップの完成だ」


「く、詳しいのですね」

「まぁな」


 ――だってググれば一発だし。


「では穴を開けますね」


 剣を水平に構えて突きの姿勢に入るヒルメを苦笑しながら止めた。


「剣はしまっていいよ。本格的な採取には人手がいるし、今年は俺のスキルで採取錬成しとくから」

「え?」


 言って、俺はストレージスキルを発動させた。


「異空間にモノを収納できるストレージスキルには制約多い。1:植物以外の生き物は収納できない。2:他人の所有物は許可が無いと収納できない。3:収納できるのは触れているものだけ。だけど俺の収納射程は半径10キロメートルだ」


「え?」

「半径10キロ以内の全てのカエデのメープルウォーターを20パーセント収納。錬成スキル発動、メープルウォーターを40分の1に濃縮」

「え?」

「……よし、300万リットル分のメープルシロップができたぞ」

「えぇえええええええええええええええ!?」


 ガッコーンと口を開けたまま、ヒルメは面白いポーズで固まった。

 一陣の冷たい風が俺の頬をなで、彼女の赤いポニーテールを無造作になびかせた。


「じゃあ問題なく採取できたし、範囲外も回って森中のメープルを採取するか?」

「……」


 さっきまでのギャグ風が一転、今度は神妙な面持ちで、ヒルメは俺を見つめてきた。


「ん? どうした?」

「いえ、ミチユキ殿は、本当に凄いお方なのだと。正直、一人の騎士として、勇者様たちには強い憧れがありました。しかしまさかこんな、まるで神様のようで」

「大したもんじゃないよ。俺の力じゃないし」


 自嘲気味に笑いながら、俺はため息交じりに語り始めた。


「気が付いたら日本からこの世界に来ていて、ステータスだレベルだ経験値だでおまけにジョブだのスキルだの、何もしていないのにチート能力が手に入っていて、なんて言うか、強くなった気分じゃなくて便利な道具を手に入れた気分だよ」


 それが正直な感想だ。

 戦原たちはある日突然強くなったように振舞っていたけれど、俺にとっては銃や車を与えられた感覚だ。


 俺が強いのではなく銃が強い。

 俺が速いのではなく車が速い。


 実際、俺はただゲームのようにステータス画面をいじったり、操作に慣れてきたらただ念じているだけだ。


 でも、ヒルメの視線は憧れに輝き、まるでスター選手を前にした野球少年のように頬を染めていた。


「私は、神から授かったジョブの力をふりかざす者、スキルを手にした途端、力に溺れて横柄になる者を何人も知っています」


 彼女の瞳がまっすぐ、俺の視線を見つめてきた。


「ミチユキ殿。私は、貴方を尊敬します。一人の騎士として、人間として、心から貴方を尊敬します」


 その声音と視線があまりに純で、俺は否定や謙遜の言葉を失った。

 吸い込まれそうなエメラルド色の瞳の眼差しに、一瞬、惚れそうになる。

 ここまで真摯な敬愛の念を向けられたのは、初めてかもしれない。


 ――魔王討伐の旅にヒルメがいてくれたら、俺はもっと……。


 この国に来て良かった。

 安っぽいと思われるかもしれないけれど、早くもそう思い始めていた。


「それはそうとですねミチユキ殿。今夜是非、私と一戦交えて頂けませんか? 魔王軍を相手にわたり合う腕前を是非ともこの身に体感させて頂きたく!」


 ――あれ? この子もしかして残念美少女?


 俺の心に、一点の曇りが見えた。


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