第3話 メープルシロップって知っているか?
食堂に移動しながら、俺は二人に計画を説明する。
「まずは国民に甘いお菓子を配ろう。魔王討伐、平和の記念にってな。それで平和になったことを実感してもらうんだ」
「甘いお菓子なんて無理ですよ! 砂糖は貴重品で甘味は王族や貴族がたまの贅沢として食べるだけです」
「原料であるサトウキビは寒い地域では育たないため、輸入に頼っていますので。産地である南の海洋国家は遠く、輸送費が高くつく上にかの国も我らの足元を見ているのです」
苦言を呈するような口調のふたりに、俺は軽く流すように答えた。
「いや、砂糖じゃないよ。北国でもテンサイって作物を使えば砂糖は作れるけど作物は一朝一夕じゃ育たないしね」
「まさかハチミツですか? 残念ですがミチユキ殿、この雪国では養蜂はわずかですし今は四月ですよ?」
「ハチミツでもないよ。それに四月だから、だよ。じゃあ二人とも席について」
「「?」」
食堂に到着すると、俺は二人に席についてもらってからストレージから皿を取り出した。
ストレージスキルは俺ら異世界転移者が全員持っている特殊能力で、異空間にものを収納しておける。
ただし、錬金術師ジョブのおかげか、俺のストレージは容量が無限に近い。
皿の上に光の円が走り、そこから手の平大の白パンをふたつずつ落ちてくる。
最後に、ストレージにしまっておいたメープルシロップをパンに垂らした。
「これが、そのメープルシロップというものなのですか?」
初めて見るであろう琥珀色の液体に、二人は興味津々だった。
「甘くて素晴らしい香りだ。では姫様、まずはわたくしが」
一応、毒味のつもりなのか、ヒルメが率先して口にした。
途端に、ヒルメはまぶたを限界まで持ち上げて息止めた。
「甘い!」
そのまま、ヒルメはマナーも何もなく、口へ詰め込むようにして白パンを平らげてしまった。
つられるようにして、アイリスも白パンをかじり、目を輝かせた。
「おいしいです。それにこの甘味、砂糖とも蜂蜜とも違う」
「それがメープルシロップ、カエデの樹から採れる甘い樹液だ」
「これ樹液なんですか!?」
「樹液って、あの虫が飲んでいる?」
「そうそう」
どうやら、ヒルメは森で昆虫が樹液を呑んでいるのを見たことがあるらしい。
「ですが、カエデの樹液が甘いなんて聞いたことがありません」
「ま、だろうな」
カエデは品種によるけど主に寒い地域に多く生息する落葉樹だ。
事実、メープルシロップの8割は北国カナダで生産されている。
ちなみに、本州にもカエデはあるのに日本人は明治時代になるまでメープルシロップを知らなかったらしい。
一方で、アイヌ民族はカエデから垂れるツララを氷菓子として好んで食べていた。
だから、この世界の人たちがメープルシロップのことを知らなくても不思議はない。
「この世界じゃカエデは木材としてしか見られていないからな。わざわざ樹液をなめてみようなんて誰も思わなかったんだろ。でもこれは正真正銘、俺がこの世界のカエデの樹から採ったメープルシロップだ」
「この国のカエデからもちゃんと採れるでしょうか?」
不安げなアイリスを安心させるように、俺は笑顔で答えた。
「大丈夫だって。この国には特別に大量のメープルシロップが採れるサトウカエデの落葉樹林が豊富にあるからな」
「……なぜ、そんなことがわかるのですか?」
不思議そうにまばたきをしてからヒルメと顔を見合わせるアイリスに、俺はちょっと得意げになった。
「わかるさ。俺のワールドマップスキルを使えばな!」
俺が指を鳴らすと、白いクロスに覆われたテーブルに光のグリッド線が走った。
二人がのけぞり驚く間に、グリッド線は精密な三次元の地図を描き、大雑把な情報が浮かび上がる。
この世界の人は稀に、ジョブと呼ばれる能力を得る。
剣士ジョブなら経験に関係なく一人前の剣術を使えるようになるし、大工ジョブなら大工の技術を使えるようになる。
同時に、ジョブに由来するスキルも授かる。
スキルとは俺のストレージスキルのような特殊能力で、ジョブとは違い技術ではなく超自然的な、漫画みたいな能力だ。
日本からこの異世界に転移した俺は、錬金術師ジョブを得ると同時に、付随する様々なスキルを得ている。
このワールドマップスキルもそのひとつだ。
「これは、この国の地図ですか?」
「ああ。カエデの群生地」
俺の一声で、フィンマーデン王国の広大な地図にいくつもの光点が浮かび上がった。
「ここがカエデの樹の群生地だ。指先でタップして詳細を見ると、品種までわかる。このカエデは俺の世界におけるサトウカエデと同じような特性があるらしい。つうわけで今から採ってくる」
「わ、わたしも行きます」
席から立ち上がるアイリスを、俺は手で制した。
「いや、まだ外は寒いし森にはモンスターもいる。お姫様のアイリスにはオススメできないな」
「それは……」
アイリスは残念そうにしながらも自制してくれた。
――自分の立場を理解している。いい子だな。
魔王討伐の旅の中で、いわゆるワガママおてんば姫みたいな連中とかかわってきた身としては、つい好感を持ってしまう。
「姫様! 同行はこのわたくしめが! ミチユキ殿、是非わたくしをお供に!」
「お、おう」
あまりの熱量に、姫様の近衛兵なのに側にいなくていいのか? とは聞けなかった。
「飛んでいくから抱えるぞ。いやだったら言ってくれ」
「え? 飛んで?」
俺は近くの窓を開けると、ヒルメの両脇を下から抱え上げて宙に浮かんだ。
「ひゃっ!? みみみ、ミチユキ殿ぉ!?」
「じゃ、一時間で戻る」
言うや否や、俺は窓の外に飛び出した。
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