第2話 北海道でアメリカかな?

 錬金術師の力で作った飛行アイテムで亜音速飛行しながら北の辺境国、フィンマーデン王国の王都、その王城前に着地した。

 四月だと言うのに肌寒く、北海道を思い出して懐かしくなる。


「ミチユキ殿!?」


 素っ頓狂な声を上げながら、門番が背筋を伸ばしながら慌てて敬礼した。


「あー、そんな硬くならなくていいよ。人類連合議長国皇帝からこの国の復興作業に従事するよう指示されて来たんだ。今の主権者は……アイリス姫か?」

「はい! すぐに取次ぎますのでしばしお待ちを、いえ、中へどうぞ!」


 門番はひたすら腰を低くしながら城内へ入れてくれた。

 こういう態度は好きではないものの、話が早くて助かる。


   ◆


 本殿のエントランスの床を覆う赤絨毯に立って待っていると、二階吹き抜け通路に一人の少女が桜色の髪をなびかせながら駆け込んできた。

 その後ろには、赤毛の騎士が控えている。


「ミチユキ様、お待たせしました。まさかここまで早く到着するとは思っておらず、本来なら歓待式などを催すのですが」


 紫水晶色の瞳に俺を映しながら早口にまくし立てるのは、この国のお姫様であるアイリス・フィンマーデンだ。


 寒い北国なので、雪色を基調としたドレスは重ね着をしていて温かそうだ。

 色白で柔和なタレ目のかわいい、だけど目鼻立ちのハッキリとした美人さんだ。


 背はやや低めで年は俺と変わらないけれど、可愛らしさに美しさを共存させた、稀有な美少女だ。


 前に会った時はちらりと見かけた程度だけど、あらためて見ると驚くぐらい可愛いくてつい見とれてしまう。


「姫様は世界会議で魔王討伐後、勇者様たちが各国に派遣されるのは知っていましたが、公務の引継ぎがあり、さらに到着は魔王討伐から一か月以内と聞いておりましたので、何卒ご容赦を!」


「いや、歓待式をする費用と物資があるなら復興に充てた方がいい。それとアイリス様、彼女は?」


「申し遅れました。わたくしは姫様直属の近衛兵、ヒルメです! 幼少のみぎりより姫様を警護して参りました! ミチユキ殿とこうして話すのは初めてですね!」


 男子の俺と同じ目線の高さに軽装鎧でもわかる長い手足という立派な体格から、一目でスポーツマンを連想させられる彼女は、長い赤毛を動きやすいようにまとめたポニーテールに翡翠色の瞳がよく映えた快活な美人さんだった。


 瑞々しい白い肌はきめこまかく、騎士なのにアイリス姫に負けないくらいキレイだった。


 こんなことを言うのは偏見だけど、雪国特有の白の美しさを感じる。

 どちらも、日本では目にしないタイプで個人的には惹かれるモノがある。


「アイリス様、お父様のことは残念でした。旅の時はお世話になったのに」


 アイリスの父親であり先代国王は、魔王軍との戦いで命を落としたばかりだ。

 せっかく世界が平和になったのに、それを父親と共有できない辛さを想像して、俺は歯噛みした。


「いえ、きっと父上も後悔していないと思います。それよりも敬語はやめてください。ミチユキ様は世界を救った英雄なのですから」

「……」


 その言葉が、俺の心に優しく突き刺さった。


 戦原たちや皇帝からの扱いを思い出して辛い気持ちと、俺の頑張りを認めてくれる人がいる達成感がないまぜになってから、でも怖くなった。


 彼女も、俺のことを知ったら手の平を返すのではないか。

 もしもそうなら早くして欲しい。

 期待して裏切られる前に冷たくしてくれとばかりに、俺は自嘲の笑みを浮かべた。


「残念だけど、その功績は皇帝にはく奪されたよ」

「え!?」

「何故ですか!? ミチユキ様たち五人は魔王を討伐したはずでは!?」


 アイリスよりも、むしろヒルメが食い気味に語気を荒らげてきた。


「俺たち、じゃなくて俺が、だよ。俺は錬金術師だからな。サポートしていただけで魔王を討伐はしていない、だから勇者一行じゃないって。そう戦原たちが言ったら皇帝がね」


 なんだそうですかと手の平を返す姫様の姿を想像した俺の前で、だけど彼女は瞳を潤ませた。


「ひどい」

「え?」

「だって、ミチユキ様は皆さんの装備品や魔法アイテムを作り、旅を支えてきたのに……ミチユキ様が残してくれたポーションで、兵士のみんなもとても助かりました。それは、戦原さんたちも同じはずではないのですか?」


 アイリス姫の言う通りだ。


 聖女の天寺の魔法力が切れて回復魔法が使えない時、天寺がはぐれた時、色々な場面で、俺のポーションは役に立った。


 そもそも戦原たちが使っている武器や防具だって、俺がその時々に応じて最適なものを錬成してきたものだ。


 氷属性の敵には炎属性の剣や氷耐性のある鎧を、アンデッドが相手の時は破邪の剣や聖なる防具を人数分、錬成してきた。


 自慢じゃないけど、俺の錬成した武具がなかったら、俺らは全滅していただろう。

 当然、それは他の連中も同じ。

 俺ら五人の誰が欠けても、魔王は倒せなかった。

 だから俺は対等な関係だと信じていたのに、戦原たちはそうは思わなかった。

 でも、理解してくれる人もいるんだと思うと、心が軽くなった。


「そうですミチユキ殿! そもそも、錬金術師と言えど、貴方だって並大抵の騎士よりも強く、多くの雑兵たちを平らげてきた実力者と聞き及んでいます。決して、侮られていい存在ではありません!」


 新人運動部員が先輩に対するような熱量で、ヒルメも全力で俺を肯定してくれた。

 野球部的なノリはインドア派の俺にはちょっと暑苦しいけど、今は単純に嬉しかった。


「ありがとう。でも俺が敬語でなくていいなら、ふたりももっと楽にしていいよ」

「わ、わかりました。それで、その、ミチユキ様が北方を担当して頂ける、ということでよろしいでしょうか?」

 わかりましたとは言いつつ、妙に腰を低く尋ねてくるアイリスに、俺は心の中で首を傾げた。

「うん? そうだけど?」

「それは申し訳ありませんでした。せっかく魔王を倒して英雄になれたのに、このような辺境国家に」


 アイリスが恐縮すると、その隣でヒルメは一瞬フォローしようとして、肩を落とした。


「辺境国家って、自分で言っちゃダメだろ」


 この国の名前はフィンマーデンだ。

 辺境国とは、あくまでも大陸中央を牛耳る帝国から見た、やや差別的な意味を含んだ呼び方だ。

 この国の人は自虐の意味を込めて自ら辺境国を名乗ることがある。

 けれど、それを姫様がするのは良くないだろう。


「いえ、本当のことですから。この国は寒くて、貧しくて、暗くて冷たい。誰も好き好んでこんな土地には住みません」


 アイリスは悲しげに、まるで懺悔をするようにぽつぽつと語り始めた。


「そもそも、この土地は流刑地はで各地を追放された人や追いやられた人、敗戦国の住民が逃げ込んで生まれた国なのです」

「おいおい、王族がそんなこと言っちゃだめだろ」


 俺は精一杯のフォローをしたつもりだけど、アイリスはますます申し訳なさそうにうつむいてしまった。


「王族と言っても、フィンマーデン王朝は各国の隠し子、不貞の子が興したものなので……あまり偉そうなことは言えません」


 アイリスの話をまとめると、もともとフィンマーデンは不毛の流刑地だった。

 そこに世界中の罪人が追いやられ、敗残者が逃げ込み、王族貴族の隠し子が送り込まれて国を作った、と言うことらしい。


 その話には、熱血騎士女子のヒルメですら眉を八の字にして口をつぐんでしまっている。

 が、俺はその話を聞いて思った。



「いやそれ北海道でアメリカじゃん」



「「?」」

「あ、ごめん、意味わかんないよな。けどそれって俺の地元と俺の世界で一番強い国と似ているなって」

「ミチユキ様の地元!?」

「世界で一番強い国!?」


 二人はぎょっとして背筋を伸ばして固まった。ちょっと面白い。


「俺、戦原たちと同じ首都の高校に通っていたけど、15歳までは北海道っていう最北の地に住んでたんだよ。で、北海道は流刑地じゃないけど、戊辰戦争で負けた会津藩士って軍人たちが移り住んだり、あと国中の地元でイケてない連中が新天地を一発逆転を狙って集まったんだ。で、今じゃ北海道の県庁所在地札幌は日本五大都市に選ばれる200万人都市だし、似たような境遇のアメリカっていう開拓国家は軍事力も経済力も世界一の国に育ったぞ」


「な、なんでそんな……」

「最北の地と開拓国家が……」


 信じられないようすで戸惑うばかりの二人に、俺は笑顔でガッツポーズを作った。


「よし、俺のやることがわかったよ。復興って言っても、家を建てればいいってわけじゃなさそうだ。俺がこの国のイメージアップをして、みんなが誇りと愛着をもてるような国にしてやるよ。そんで、国民の心を復興するんだ。

「心の復興、ですか?」


 まだよく意味がわかっていない感じの姫様をフォローするように、ヒルメが一歩前に出てきた。


「しかしミチユキ殿、この国のイメージアップなんて、どうすれば……」


「二人とも、メープルシロップって知ってるか?」

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