雑文集

緯糸ひつじ

街中で有名人に会ったら、あなたは声を掛けられますか?

「街中で有名人に会ったら、声をかけれる?」

 ドリンクバーから戻ってきた友人のK沼が、席に座るや否や、そう聞いた。家族連れ、学生たちで賑わうファミレスでのことだ。

「有名人? うーん。プライベートな時間を邪魔したくないから声かけないかな」

「まぁ、そうだよな。でも、これ逃したら絶対会えないだろ、って人もいる」

 もったいぶった様子のK沼に、話を促すように聞く。

「会ったの?」

「そう、会ったんだよ」

「へー、だれだれ」

「神さま」

「ん?」

 K沼は渾身のドヤ顔を僕に向けた。

「いやさー、俺ね。用事あって駅前のパチンコ屋んとこの通り歩いててさ。するとね、向こうの方からなんか知ってる人、歩いてくるなぁって思って。よく見てみたらホンモノでさぁ。びっくりしちゃった」

「おい」

「実際にナマで見てみるとさ、ホンモノって意外に小さいんだね」

「おい」

「あとさー、私服だからちょっと雰囲気違うじゃん? 単純によく似た人かなぁって思ったんだけど、しっかり観察してね。これは間違いないって思って。で、勇気振り絞って声かけたわけよ」

「ちょっと待てって。……神さまってなんだよ。変な嘘をつくなよ」

「え、神を疑うの?」

「おまえを、疑ってんだよ」

「見りゃ分かるって。だって街中にいる一般人と並んじゃうと一目瞭然。もう明らかに後光が差しちゃってるから。パーカーにスニーカーにラフな格好でも差しちゃってるから」

「差しちゃってる……」

「で、聞いたの。『あの、すみません。もし間違ってたら申し訳ないんですけど……、神さまでいらっしゃいますか?』って。そしたら神さまは少しはにかんで『そうですよ』って。一応念を入れて『あの全知全能の?』っ聞いたら『そう、あの全知全能の神さまです』ってさ。すげーよな。で、もうテンション上がっちゃって、捲し立てるように喋ったんだよ。『一度実際にお会いしてみたいと思ってたんですよー。超嬉しい。あの、人の願いを叶えられるってほんとですか?』って聞いたら『まぁ全部知ってて、全部できますからね』って言ってて。『じゃあ叶えてくださいよ』って頼んだら『全部出来るけれど、全部やるわけじゃないよ』って答えるの。そりゃそうだ、出来なくはないけど面倒臭いことってのも多いもんな」

「ぐいぐい行くね」

「ダメ元でね、じゃあサインくださいって頼んだら『まぁそれくらいなら』って答えてくれて、あと、友達に自慢したいから写真を撮ってくださいって頼んだら『それはマネージャーに止められてるんで』って丁寧に断られた」

「いるんだ」

「それだとさー、おまえ疑り深いじゃん? 言っても信じてもらえないじゃん? だからどうにか神さまだって証明できるようにサインの横に一筆もらおうと思って」

「うんうん」

「サインの横に、『どうしても友達に会ったこと自慢したいから、リーマン予想の証明を書いてよ』って頼んだのよ。ほら人間はまだ解けないから、ちょうどいいと思って。そしたら『……それくらいならまぁいいよ』って」

「それはいいんだ」

「おまえは人間の尺度で測りすぎなんだよ、相手は神だぞ?」

「凄むなよ」

「いや、ほんとにラッキーだと思った。あとその問題、懸賞金で一億円かかってるから、あとで論文にしようと思ってたんだ」

「セコいし小賢しいな」

「神さまは気にしないのさ。神さまはペンを片手に俺を見て『うーん、少し時間かかるけどいい? 4分くらい』って言うから『いい、いい、全然いい。だったらちょっとコンビニ行って買い物してくるから、そのあいだに書いといて。戻ってくるまえに証明し終えたら、置いといていいから。俺を待たなくていいから。そこまでさせると申し訳ないしさ』って伝えて」

「『申し訳ない』の尺度どうなってるの?」

「で、コンビニから帰ってきて路肩に置いてあった色紙を見てみたら、これ」

 テーブルの上に、真っ黒に塗り潰された色紙が置かれる。

「色紙サイズじゃ余白が足りなかったみたいなんだ」

 残念そうなK沼の顔を見つめる。

「……ホントに神さまいるの?」

「ほら、やっぱり疑り深い」

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雑文集 緯糸ひつじ @wool-5kw

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