第4話 最高のプレゼント
工場に戻り、再びジャージに着替えた光郎は、事務室の錆びついたハンガーにかけた丈の短いサンタクロースの衣装を見ながら、しばらく物思いに耽っていた。
「おーい、ボクちゃん。腹減っただろ? 朝飯食べて行くか? 」
背後から健造の声がした。
「いや、僕……帰ります。家族も心配しているだろうし」
「帰る? 死にたいと思う位辛く厳しい現実の世界にか? 本当に大丈夫なのか?」
「はい」
そう言うと、光郎は白い歯を見せて笑いかけた。
「おい麻莉乃。ボクちゃん帰るんだってさ! 」
「え、マジで帰るの? どうして? 」
麻莉乃と健造は、まるで門番のように光郎の目の前に立ちはだかった。
「また自殺しようとしても、今度は助けないからな! 」
「そんなこと言って、結局は助けるんでしょ? ケンちゃんは」
「う、うるさいっ」
麻莉乃が冷めた視線で横やりを入れると、健造が顔を横に背けた。
その時、どこからともなく携帯電話の着信音が響きだし、麻莉乃は慌ててポケットからスマートフォンを取り出した。
「ねえねえ、早速プレゼントへの感謝のメールが来てるよ! 『匠の包丁』を使ったら料理が上達したとか、『歌うまマイク』を使ったら音痴が解消したとか。あ、優馬君からも来てるよ。『ほんのちょっとだけ足が速くなる靴』を履いてお父さんとかけっこしたら、優馬君が勝ったってさ。私達、苦労して行った甲斐があったよね、ボクちゃん」
麻莉乃の言葉を聞いて、光郎は鼻の辺りを指でこすりながら照れ笑いを浮かべた。
「そうそう、ボクちゃんにも私たちからプレゼントをあげなくちゃね。バイト代の代わりに、一つだけ在庫品の中から好きなのを選んでいいからね」
麻莉乃が倉庫から段ボール箱を持ち出そうとしたその時、光郎は麻莉乃の腕を握り、首を左右に振った。
「僕はもう皆さんから素敵なプレゼントをいただきました。だから、もうこれ以上何もいりません」
「え? ボクちゃんに何かあげたっけ? 」
「とにかく、これ以上はバイト代として貰いすぎなので、結構です。それじゃ皆さん、お元気で」
光郎は頭を下げると、そのまま駆け足で遠くへと走り去っていった。
「ちょっと! ボクちゃん。何も貰ってないでしょ? 待ってよ!」
「いや、麻莉乃。彼は俺たちからしっかりプレゼントを貰っていったと思うよ」
「はあ? ケンちゃんまで何を言い出すの? 」
「彼の顔を見たら、わかるよ」
声を荒げる麻莉乃をよそに、健造は穏やかな表情で光郎の背中を見送った。
「ただいま」
光郎がマンションに帰ると、妻の真琴と娘の瑠衣が腕組みをしながら渋い表情で出迎えた。
「ねえ、一体どこに行ってたの? 何時までも帰らないから捜索願出そうと思ってたのよ!」
すると光郎は「ごめん」と一言だけ言い、二人の間をかき分けて家の中に入った。
「ちょっと、ごめんで済む問題じゃないでしょ? 」
真琴は光郎の背中に向かって声を荒げていたが、光郎は気にも留めずに自室に入り、書棚の奥に仕舞いこんでいた一冊のノートを取り出した。そこには、入社以来書き溜めていた新商品のアイデアが一面びっしりと書かれていた。
「……もう一度、やってみようかな。自分の夢、これで終わりにしたくないもんな」
光郎はノートを閉じると、まぶしい光が差し込む窓の外を見た。
昨日とうって変わって晴れ渡る空。その中を悠々と舞う二人のサンタクロースが、光郎に向かって大きく手を振っていた。
「ボクちゃん、ファイト」
遠くから聞こえてきた二人の声に、光郎は窓に向かって片手で小さくガッツポーズを作った。
(おわり)
サンタクロースが教えてくれたこと Youlife @youlifebaby
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