メリーメリーバッドクリスマス
津月あおい
メリーメリーバッドクリスマス
お姉ちゃんが殺されたのは、わたしが小学校三年生の時でした。
クリスマス・イブの夜のことです。
わたしは早くサンタさんが来ないかな、とそわそわしながら眠れずにいたのをよく覚えています。
サンタさんの正体はお父さんとお母さんです。
そのことは、その頃にはもうちゃんと理解していました。それでも、プレゼントをもらえるというのはとても楽しみだったのです。
平和で静かな夜でした。
ぐっすり眠れば明日の朝には素敵なことが起こる、そう確信できる夜でした。
でも突然、リビングの方からドタンバタンと派手な音がしてきたのです。
嵐でも来ていれば。またぐっすり眠れていれば。わたしはその音に気付くことなく、またあの人に会うことも無かったでしょう。
でもその夜は静かすぎたのです。
ですから、普段聞いたこともないような音に興味を引かれ、わたしはつい確かめに行ってしまいました。
結果から言うと、そこにはお父さんとお母さんが倒れていました。
血だらけで。
息はまだありましたが、意識は完全に失っているようでした。
「お父さん……お母さん……」
わたしは恐怖で固まっていましたが、しばらくすると二階からお姉ちゃんの悲鳴が聞こえてきました。
はっとわたしは我に返り、お姉ちゃんの部屋へと駆けつけました。
「お姉ちゃん!?」
ドアを開けると、
見知らぬ人です。
赤と白の服を着て、白い付け髭を付けたサンタさんが……何度も何度も、刃物をお姉ちゃんの胸に振り下ろしていました。
「がっ……がふっ……ごぶっ……ぐえっ……」
部屋には、お姉ちゃんの苦しそうなうめき声が響いています。
窓辺の薄いピンクのカーテンも、どんどん返り血で黒く染まっていきます。それをわたしは震えながら見つめていました。
どれだけ経ったのでしょう。
ふと、お姉ちゃんのうめき声が止みました。
きっと死んでしまったんだ、と思ったわたしはとたんに泣き出しました。
「あれ……? なんだあ、起きてきちゃったのか。悪い子にはプレゼントをあげられないよ」
サンタさんは妙に優しい声を出しながら、わたしに近づいてきます。
そしてしゃがみこむと、恐怖で固まっているわたしに目線を合わせて言いました。
「十七歳になったら、今度はキミを殺してあげる。それまでこのことは誰にも言わずに……イイコにしててね」
そう言うと、さっさと階下に行ってしまいました。
そして玄関を開けて出ていく音が……。
それから先の記憶はありません。
わたしはショックが大きすぎて、しばらく廃人のようになっていたと聞きます。
当然、お姉ちゃんのお葬式も満足に出られませんでした。
お父さんとお母さんは、命だけは助かりました。
本当に……命だけ。
二人とも、ずっと意識が戻らず植物状態になってしまったのです。
わたしは事実上、天涯孤独となり、伯母の家に引き取られることになりました。
伯母は四十五歳で、まだ独身でした。
悠々自適に一人暮らしをしていたところに、わたしのような子供が突然転がり込んできてさぞ迷惑だったことでしょう。
でも、意外にも伯母はわたしに良くしてくれました。
学校も普通に行かせてくれましたし、普段もいろいろと面倒を見てくれて、わたしはわりと事件の後は穏やかに暮らせていたと思います。
あの夜、サンタさんに言われたことだけは忘れられませんでしたが。
「十七歳になったら、今度はキミを殺してあげる。それまでこのことは誰にも言わずに……イイコにしててね」
それは事実上の死刑宣告でした。
その呪いのような言葉を、わたしはずっと胸に秘めたまま大きくなりました。
※ ※ ※
『次のニュースです。東京都港区において、殺人事件が起きました。被害者は○○さん宅に住む女子高校生の……』
その後も、似たような事件が毎年起こりました。
しかも決まってクリスマス・イブに。
そしてどの被害者も、十七歳の女子高生でした。
わたしは、あの時と同じ犯人だと思いました。
警察も当時の防犯カメラの映像と比べたりして、毎年の事件が同じ犯人によるものだと、これは連続殺人事件なのだということを確定しつつあるようでした。
でも、犯人も年々慎重になっていて、結局、わたしが十七歳になるまで犯人が見つかることはなかったのです。
今年は、いよいよわたしの番です。
誰か別の人ではなく、十七歳になったら殺すと約束された、わたしが殺される番なのです。
伯母にはこれ以上迷惑はかけられないと、わたしはとうとうこの年、ひとりで黙ってどこか適当なホテルに避難することを決めました。
※ ※ ※
都心に出てすぐ目に入ったラブホテルに入ろうとすると、受付の人に拒否されました。
「あー、ウチはね、今日はできるだけお一人様は勘弁してもらってるんだよ。ちょっとこの時期はね……」
「じゃあこのスイートルーム、借りられませんか?」
ずっと溜めていたお小遣いを出して、一番いい部屋を指し示すと、難色を示していた受付の人はころっと掌を返してくれました。
実際、どこのホテルも満室だったでしょう。
もう暗くなりはじめていましたから、もう少し遅かったらスイートルームですら泊まれなかったかもしれません。
そりゃあ恋人たちの一大イベントですからね。いい歳したカップルはクリスマス・イブにはみんなこうしたところへとやってくるのです。
――知らないけど。
わたしは、連続殺人犯のサンタさんから逃げてきました。
家にいたらきっと絶対に逃げられないから。
でも、あのサンタさんは、あのサンタさんなら、今夜わたしがどこにいたって必ず襲ってくるのかもしれません。
なぜかそんな予感もありました。
だって、毎年人を殺しているのに、捕まっていないんですから。
どんなことだってやりとげるような頭のいい犯人なんでしょう。
こんなところに隠れていても、きっと見つけ出されてしまうに違いありません。
わたしの今日の行いは、本当にささやかな抵抗でしかありませんでした。
それでも――。
コンコン。
部屋のドアが二回ノックされました。
ルームサービスなんて頼んでません。
ホテルの人だったら何かしら声掛けがあるはず。でも、何もない。ということは……。
わたしの命もここまでか、と静かに覚悟しておきます。
あんなに何人も殺せてきた犯人です。
きっと、これからどんな抵抗したって無駄でしょう。
わたしは病院のお父さんとお母さんに、心の中で謝りました。
わたしは結局どうすることもできませんでした。今夜ついにお姉ちゃんの元へ行きます、と――。
意を決してドアを開けると、そこにはあの日と同じサンタさんが立っていました。
「やあ、約束通り殺しに来たよ」
白い付け髭を揺らしながら、サンタさんがそうにこやかに言います。
どうやってこのホテルへ、そしてこの部屋へ来れたのだろうと不思議に思っていると、いきなりどんと突き飛ばされました。
「きゃっ……!」
わたしはあっという間に床に倒されてしまいました。
サンタさんの背後でドアが勢いよく閉まります。
「ずっと、良い子にしてたようだね。……誰かに言っておけば、特に警察に言っておけば、今日こうしてキミが殺されることはなかっただろうにね」
そう言ってサンタさんは、恐怖で動けないわたしに馬乗りになります。
「ねえ、どうしてだい? どうして誰にも言おうとしなかったの?」
「ど、どうしてって……あの日わたしを脅迫してきたのが、あなただったからですよ!
わたしは、薄々わかっていました。
今までわたしを引き取って、優しく育ててくれた伯母が、あのサンタさんだったのではないかと。
サンタさんはわたしの言葉に、一瞬だけ目を見開きました。
そして、すぐに笑いはじめたのです。
「あははははっ。やーっぱり、さすがにバレちゃったかあ。なんせずーっと一緒に、暮らしてきたんだもんねえ」
そう言って、つけていた白いつけ髭をばりっと外します。
サンタさんはやっぱり伯母でした。
その予感は、ここ何年かで徐々に感じはじめていたことだったのですが、でもずっと信じたくないことでもありました。
あの惨劇は、もう何年も昔のこと。犯人の声が伯母と同じ声だったかどうかなんて、今更確かめようがない……。
でも、行動がおかしいと思うことは何度もありました。
毎年かならず、クリスマス・イブに出かけていたからです。
今年もそうでした。
朝から「恋人と会ってくる」だなんて言って家を出ていたのです。
でもその時くらいしか伯母の口から恋人の話が出なかったので、わたしは毎年不思議に思っていました。
「どういう……ことなんですか、説明してください。伯母さん!」
わたしが怒りを込めて訊くと、伯母はわたしの長年の疑問を解消してくれるかのように、静かに話しはじめました。
「そうか。ずっと気付いてたのか。じゃあ……わたしが、毎年クリスマス・イブの夜に十七歳の女子高生を殺しているってことも、わかっていたのかい?」
「……はい」
「そう……。実はあれはね、わたしが十九の時からやってたことなんだ」
「えっ?」
なんということでしょう。
この人は……そんなはるか昔から殺人を繰り返してきたと言うのです。
その衝撃的な告白に、わたしはさらに身動きができなくなってしまいました。サンタの服を着た伯母は、ふふふ、と笑いながらさらにつづけます。
「毎年毎年、律儀にさあ。ねえ、それってどうしてだと思う?」
「……」
「これはわたしの、『恋心を殺す儀式』だったんだよ」
「恋心……? 儀式? 何を言ってるんですか、よくわからない……」
伯母はまたふっと笑うと、ポケットからナイフを取り出してわたしの頬にぺちぺちと当てながら言いました。
「わたしはね、キミのお母さんに告白したことがあるんだ。キミのお母さんが、十七歳の時だったかな」
「……告、白?」
「うん。実の妹だけどね、好きになっちゃったんだ。だから……告白した」
「へ? えっ?」
理解が追いつきません。
でも、わたしの脳みその処理能力など無視して、伯母は話しつづけます。
「――でもさ、やっぱり断られちゃってね。そりゃあその時はものすごくショックだったよ。同性愛ってだけでもハードル高いのに、さらに実の姉妹だからね、当然そういう反応になるだろうなとは思っていたたけど……でも実際にやられるとやっぱりダメージがでかかったなあ。で。わたしは殺人をしようと思ったんだ」
「へ? ちょっと、そこでそうなる意味がよく……」
「うん。わからないだろうね。うん、それはたぶんキミが普通側の人間だからだ。だからそう思うんだと思う。でも、わたしはそうはならなかった。殺人をすることでしか、その妹への恋心は消せなかったんだよ」
「……なんで」
「なんでだろうね。死にたくなったから、死のうとしたけど……でもやっぱりバカバカしくなって、だったら能天気に生きてる、妹に似た別人を殺そう、その方がまだいいって気持ちになったんだ。それで、やってみたらさ、大成功だったんだ」
「……」
「本当に、
「……ずっと?」
「そう、ずっと。君たちの事も……ずっと見守っていたよ。そして、あの運命の日が訪れたんだ」
「運命の日?」
わたしは戸惑いながら伯母さんをじっと見上げました。
伯母さんは嬉しそうに言います。
「うん。大きくなったキミのお姉さんをね、街で偶然見つけてしまったんだよ。あの子がちょうど十七歳になったときだったかな。あれは、かつての妹にそっくりだったよ……わたしはそれに、ひどく衝撃を受けたんだ」
「ど……どうして? どうしてそこからお姉ちゃんを……殺すことになっちゃったんですか!」
わたしの必死の問いかけに、伯母さんはわたしの中の何かに気付いたかのように目を見開きました。
「そうか、キミも……」
「え?」
「いや、なんでもない。話を戻すね。わたしはそうして街でキミのお姉さんを見つけて……キミのお姉さんを……好きになってしまったんだよ」
「は? 好き……?」
耳に入ってきたさらに信じられない言葉に、わたしはもうなにがなんだかわからなくなっていました。
伯母は淡々と語りつづけます。
「キミのお姉さんを、好きになってしまった……。うーん。それはね、当然わたしもものすごく悩んだよ? そんなのだめだ。おかしい。姪じゃないか。会おうとしちゃ、こっちから顔を見せに行っちゃダメだって、ね。もう一度見たら、絶対にまた止められなくなってしまう。妹の時と同じようにね。でも……ああ、あの夜。やっぱりどうしても我慢ができなくなってしまって結局会いに行ってしまったんだ。サプライズだって言って、サンタの格好をしてね。キミのお母さんとお父さんは驚きながらもわたしを快く出向かえてくれたけど、でもその時のわたしはもう半分以上頭がおかしくなっていてね。二人をただの邪魔者にしか見えなくなってしまっていたんだ。あんなに好きだった妹もね、もういらないって。二人を持っていたナイフで倒して、それから、キミのお姉さんの元へと一直線に向かっていったんだ。そして……寝ているキミのお姉さんを起こして、そして告白した。生涯で二度目の、告白だった。わたしは、あなたが好きだと――」
「……なに、それ……」
わたしが思わずそうつぶやくと、マシンガンのようにずっと早口でしゃべりつづけていた伯母の言葉が一瞬途切れました。
でも、すぐにその目がきらきらと輝き出したかと思うと、伯母の顔がわたしの顔にものすごく近づけられました。
「ああ、そう!
「お姉ちゃんは拒否した。だから、殺された……」
「ああ。その通り。だからもう、殺して殺して……この恋心を完全に殺そうと決めたんだ。二度目もダメだった。じゃあ、もう全部終わりだって……。でも、わたしはさらに……キミに会ってしまった! キミは、キミのお母さんやお姉さんの面影があった。だから、きっと大きくなったら、十七歳になったら同じようになると思った。今度こそ、これが最後のチャンスだと思って……ああ、だから、わたしはキミにあんなふうに言ったんだ! 覚えてるかい?」
「……はい」
わたしは、愉悦しながら語り続けている伯母に、そう言いました。
「そう。それは良かった。ああでもあの時、キミが起きてこなければ、ぐっすり眠りつづけていたら、こんなことにはならずに済んだんだ。わたしと会わずにいたら、それでこの悲劇は終わりだったんだ。今度こそ、わたしは自分を殺して終わりにするつもりだったんだ。でも、キミはわたしと会ってしまった。キミは心を壊して、わたしの妹と同じように入院することもなかった。そしてわたしに引き取られてしまった。わたしとの約束を守り続けて。キミが十七歳になっても、誰にも告げ口しなかった。キミが悪い子になっていてくれたら良かった。なのになんで。なんでずっと誰にも言わないいい子でい続けてたんだ!」
伯母は最後はわたしの肩を掴みながら、大声で叫んでいました。わたしはその勢いに圧倒されながらも、おそるおそる呟きました。
「わたし……どうしても、もう一度あのサンタさんに……会いたかったんです」
「え? わたしに? 会いたかった?」
「はい。あなたに会う時は殺されるときだ、って解っていましたけど……でも、また会ったら、一つだけ訊きたかったんです」
「何を」
伯母はそう言って、わたしを不思議そうに見下ろしました。
「どうして? どうしてあの時……あんなに悲しそうな目をしていたんですか?」
伯母は一瞬息を飲んだかと思うと、凍り付いたように固まりました。
「あのとき、わたしにこう言いましたよね? 『十七歳になったら、今度はキミを殺してあげる。それまでこのことは誰にも言わずに……イイコにしててね』って。あの時、どうしてあんなに悲しそうな目をしていたんですか? 殺される前に……それだけ教えてください」
そうです。
あの時、顔を近づけられて死刑宣告をされたとき、あのサンタさんはとっても悲しそうな目をしていたんです。
わたしの方が圧倒的に悲しいと思っていたのに、わたし以上に悲しい目をしていたんです。
それが、わたしにはずっと不思議でなりませんでした。
「……」
伯母さんはゆっくりとわたしから顔を離すと、視線をあきらかに彷徨わせはじめました。
「悲しい目を、していた……? わたしが……?」
「はい。あれはどうしてだったんですか? あと、なんでわたしを……あの時殺さなかったんですか。すぐに殺せば良かったのに」
「……」
伯母さんはわたしをもう一度見ると、額を押さえながら言いました。
「どうして、だって? ……それは、わたしが訊きたいよ! わたしは愛する人に愛されたい。それだけだったんだ! その想いだけでずっと生きてきた。今、十七になったキミからも……当然、愛されたいって思ってる。どうすれば愛してもらえる? どうすれば……。かつての妹だって、わたしが愛せば……愛してくれるって思ってたのに!」
伯母さんの理論は破たんしていました。
きっと伯母さんが一番愛しているのは、わたしのお母さんだけなのです。
わたしは、わたしのお母さんやお姉ちゃんに似ているから、この人に好きになられているだけなのです。
かつて手に入れられなかったものを、代わりのわたしで補おうとしているだけなのです。
それなのに、わたしに愛してもらおうとしている……。
「わたしはわたしであって、お母さんじゃありません。お姉ちゃんでもありません。わたしは、わたしなんですよ! 誰の代わりでもありません!」
ここではっきり、言っておかなくてはと思いました。
誰かが、この連続殺人犯の目を覚まさせなくてはならないんです。
この「恋心」とかいうものをこじらせた悪魔に。
お母さんとお父さんを傷つけ、お姉ちゃんの命を奪った、人でなしに。
わたしは、誰かの代わりじゃないんだって。
「キミは、あの子じゃ……ない? そりゃ、そうだけど。だけど……じゃあ、どうしたらわたしはあの子からの愛を得られるんだ? 愛した人から愛されるんだ? なあ、なあ、教えてくれよ!!」
がくがくと、伯母はわたしの肩を揺さぶっています。
わたしはそうされて初めて、あの夜のお姉ちゃんを思い出しました。
あの時も、お姉ちゃんはサンタさんにこうやって馬乗りにされていました。
でも、あの時のサンタさんは……どうだったでしょう?
こうして、今みたいに泣いていたでしょうか?
血が。
その印象だけしかなくて、サンタさんの表情はよく見れていませんでした。
でも、あの時ももしかしたら泣いていたかもしれません。
ああ、そうか。
だから悲しい目をしていたんだ。
誰からも愛されなくて、愛されたくて、でも愛されなくて、愛されたくて、その繰り返しに絶望していたんだ。
まるで、昔のわたしみたいに。
「伯母さん」
「なんだい?」
わたしは伯母に、自分の過去を伝えることにしました。
「好きな人に好きって言って、向こうも同じ好きを返してくれないっていうのは……つらいですよね」
「何を……」
「わたしも昔、ずっと昔にそういう思いでいたからよく、わかります」
「……キミ、やっぱり……?」
「はい。わたしは、わたしも……お姉ちゃんが好きでした」
この人にはやはりわかってしまっていたみたいです。
さっき言いかけたのはこのことでした。
わたしは、お姉ちゃんが大好きでした。小学校三年生にして、この世で一番好きな人はお姉ちゃんでした。それはそれは、一瞬でも離れたくないほど。
自分でもおかしいと思っていましたが、誰にも相談することはできませんでした。
でも、お姉ちゃんはいつも優しくて……。
そんなお姉ちゃんが死んでしまって、殺した犯人のことをわたしはずっと憎んでいました。
でも、それは伯母だった。
どうしたらいいかわからない。でも今、これだけは言えます。
「わたしと伯母さんは……同じ……だったんですね……」
「キミはわたしが殺したお姉さんを……わたしは、わたしの妹であるキミのお母さんを……好きになったみたいだね」
「はい。もう二人とも、わたしたちにちゃんとした返事をしてはくれません。どんな呼びかけも、返ってくることはありません。だから、その絶望は……あなたにならわかるでしょう? 伯母さん」
伯母は大きく頷きました。
「ああ、わかるよ。キミの絶望は……わたしが作り出してしまったものだけど。キミは、同士だったんだね。ねえ、わたしを殺したい? 良いよ、憎んでいるだろうから。さあこれで、殺しなよ」
伯母は持っていたナイフの柄をわたしに握らせました。
「もうね、今日でこんどこそ終わりにしようと思ってきたんだ。キミを殺してわたしも死ぬ。そういう結末が一番いいんだって思って生きてきたんだ。でも、違った。キミに……せめて殺されたい。正当防衛だって言えば罪にはならないから。さあ、かたき討ちをしなよ」
そう言って、伯母は自分の胸に、ナイフを持ったわたしの手を近づけさせてきました。
「さあ!」
わたしはグッと手に力を入れて、ふるふると首をふります。
「いや! そんな……誰もいなくなっちゃう。そんなのは嫌ですっ!」
「じゃあ、どうするんだ」
「わたしは……!」
ずっと憎んでいた。でも……。
あの日から、ずっと。あのサンタさんのことが忘れられなくて……。
憎いのに、忘れたいのに。
忘れられなくて。
それはまるで、お姉ちゃんを想っていたときの気持ちのようで……。
怖いのに、嫌いになりたいのに、できなくて。
殺したいほど、憎んでいたのに。
なのに、なのに――。
「殺せるわけない! だってわたし、あなたが……」
わたしは力いっぱい抵抗すると、ナイフを放り捨てて、サンタさんにしがみつきました。
ナイフを捨てる時にナイフの切っ先が当たって、サンタさんの赤白の服がビリッと破けます。
わずかに見えた肌には血がうっすらとにじんでいました。
でも、そんなことは構いません。
わたしは。
しがみついた相手に、口づけをしました。
「……なっ!」
すぐにわたしから離れたサンタさんでしたが、わたしは逃しはしませんでした。
また唇を捉えて、押しつけて。
動揺していた相手は、しかし徐々にわたしを受け入れはじめました。
長いくちづけが終わると、わたしたちは一呼吸置いて見つめ合います。
「伯母さん……いえ、今後もぜひサンタさんと呼ばせてください。わたしは、サンタさんをずっと愛します。だから、殺さないし、殺さないでください。ずっと、共に生きていきましょう」
「……っ」
伯母……もとい、サンタさんはハッとすると、顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を流しはじめました。
そして、わたしを強く強く抱きしめてきたのです。
わたしは……。
お姉ちゃんを殺した人を好きになってしまいました。
ごめんなさい。
お姉ちゃん。
ごめんなさい。
お母さん。お父さん。
ごめんなさい。
サンタさんに殺されたたくさんの女の子たち。
ごめんなさい。
……サンタさん。
わたしがあの日、あなたに会わなかったら。
こんな結末にはならなかったのに。
わたしがあの日、あなたに会わなかったら。
わたしはあなたを好きにならずにすんだのに。
ごめんなさい。
サンタさん。
そうして、わたしの十七歳の夜は、更けていきました。
完
メリーメリーバッドクリスマス 津月あおい @tsuzuki_aoi
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