第5話


遥を好きになったのは、中学生の時やった。

京都代表として全国大会に出た時、一目惚れした。

拓海の試合を生で見たくて行ったのに、視線は遥に釘付けやった。


中学の頃、遥は今みたいな感じじゃなくて、大人しくて内気な性格やった印象がある。

拓海と同じくらい優しくて、チームのみんなの為にきびきび動く、気遣いが出来る人やった。

初対面らしき人に声掛けられた時もオドオドしとって言葉に詰まっとったし、多分人見知りな一面もあったと思う。

ただボーッと見て目が合いそうになる度に目を逸らすストーカーみたいな事しか出来んかったから直接話した事はないけど、多分合ってる。




「あ、あれって拓海が行こうとしてる高校の付属中学じゃない?」

「ほんとだ。団体戦に名前あったもんね」

「個人は拓海と別ブロックで当たらなかったもんね」


流石に長時間居過ぎると怪しまれると思って離れようとしたとこで、そんな会話が聞こえてきた。

遥が指をさすほうを見たら、そこには京堂館付属中学の生徒達がおった。


(京堂館、、)


確か、そこそこ剣道が強い高校やった気がする。

全国大会常連っていうわけやないから、はっきりとは知らん高校やった。

そんな強豪校でもないとこに拓海が行くのが不思議やったけど、なんか理由があるんやろうし、どこに行っても個人戦では勝ち進むんやろうなあと思って深くは考えんかった。


「というか、僕だけじゃなくて遥もでしょ?」

「まあね」

「模試の結果どうだった?」

「勿論A判定」


見せつけるような遥の幼い笑顔に、胸が締め付けられた。

今日会ったばっかりやのに、もう否定のしようもないくらい好きになってしまってるなと自嘲した。


(京堂館って確か東京やったよね、、)


初恋の相手と憧れの相手。

そのどっちもが行く高校。

電車で通える範囲やったら絶対受験しようとしとったやろうなと思った。

でもまあ流石に東京は遠過ぎる。

全国大会に出られたら会う機会もあるやろし、それまでは予選で絶対に負けんくらい強くなっとかなね。






「葵。父さん来月から東京に単身赴任で行く事なった」

「東京、、?」


11月下旬。

父親からの突然の宣言に、単身赴任に行くのは慣れてるから驚かんかったけど、その行先と時期に驚いた。

もしかしたらチャンスがあるかもと思ってまだ出してなかった願書に意識がいく。

その時期の単身赴任やったら、受験の時も家から行けるし、受かってからも一人暮らしをせんで済む。

一人暮らしが嫌なわけやないけど、きっと反対されると思うからこの状況はとんでもなく有り難かった。


(渡りに船ってこれの事か、、)


最近テレビのクイズ番組で出たことわざが、頭にかちりと嵌まった。

今まで何の感情も抱かんかった父親の単身赴任。

お土産貰う時以外に初めて感謝した気がする。

勿論、心の中でやけど。



そこから、学力的に問題はなかったけど必死で勉強した。

万が一落ちるなんて事があったら、それこそ目も当てられへんから。

まだあの二人が確実に入学すると決まったわけやないけど、もし別の学校になったとしても、東京内やったら練習試合で会う事もあるやろうし、何よりなんもせんまま後悔はしたくない。


(一回しか会った事ないのに不思議やなあ)


勉強の休憩中に、何ともなしにそんな事を考えた。

同級生と異性の話になる度についていけんくて困ってたけど、今やったら多分共感出来るはず。

一回しか会った事ないし、話の引き出しは少ないけど。



「東京の高校?ええけどそんな行きたいとこでもあるん?」

「うん。京堂館って高校に、同年代で一番剣道強いって言われてる萩織君が行くらしいねん」


父親が単身赴任に行く前、晩御飯を食べた後に両親に相談した。

今年小学四年生になる弟の省吾はお風呂に入ってる。


「お母さんと省吾は一緒に行かれへんよ?」

「大丈夫」

「ならええんやけど、、。たまには顔出してや?」

「うん。お父さんが帰る時に一緒に付いて来るわ。まあまだ合格するって決まったわけやないけど」


模試は余裕のA判定。

でもテストだけやなくて、面接と小論文がある。

文系ではあると思うけど、文章力があるかと聞かれたら、、、。

何とか、テストだけで受かれる成績取れんとな、と思い直した。





「行ってらっしゃい。忘れ物はしてへんよね?」

「大丈夫。行ってきます」


3月中旬。

無事に試験をクリアし、家を出た。

昼過ぎに東京駅で待ち合わせて、そこから車で父親の家に連れて行ってもらう。

入学前にもう一回京堂館行っときたいけど、それは今日じゃなくてもええよね。

夜は焼肉連れて行ってくれるって言いよったし、1日ゆっくり過ごそう。






「一年二組は、、あっちかな」


10日くらい、通学路の確認や荷ほどき、東京観光に使って迎えた入学式。

式を終えた後に渡されたクラス分けの表と校内図を持って、自分のクラスに向かった。


ガラガラガラ───


教室に入ると既に何人かが先に居て、扉を開ける音と同時にこっちを見たけどすぐに興味を失くしたみたいやった。

黒板には席順が描かれてるけど、何個か出来たグループに分かれてるところ見ると、多分ほとんどの人が守ってないんやろうなと思う。

でもとりあえずは自分の席に───


「ここだって拓海!早く!」

「分かったって遥!そんなに引っ張らないでよ!」


確認した自分の席があってるか、机に置かれた名札で確認しようとした時、聞き慣れた名前が耳に入ってきた。

試験の日に二人とも受けに来てるのを見てたし、クラス名簿に名前があったから同じクラスなのも知りよったけど、いざ再会?するとなると緊張する。


(でも拓海とあと一人誰やろ、、?遥はあんな溌剌とした感じやないし、、)


他にもいるんやったら、それはそれで友達が増えるしいいなあと思って、特に気に留める事もせんかった。

だから、なにも意識せんと振り向いて、変な声を出してしまったんやと思う。

幸い、一番近くに居た人にしか気付かれんかったけど。


「うわあまじか、、。拓海と席離れるじゃん」

「クラス一緒になっただけでも凄くない?」

「それもそうか。昼は拓海の席で食べようぜ」


髪型が違う。

喋り方が違う。

それでも、再会を待ち望んだ期間の長さのせいか、自分の視線の先にいるのが遥やって一瞬で分かってしまった。

今日まで長かったとは言っても、それは一方的に会うのを待ち望んでたから。

期間としては数か月やし、入試の時もあんな感じじゃなかった。

何があったんやろ、、。

純粋に、心配に似た疑問が浮かんだ。

自然とショックはなくて、今は再会出来た喜びと疑問が半分ずつくらいを占めてる。


(まあでも、聞いてみたら分かるし、、)


そう思って、深く考え過ぎるのをやめた。

あんまり好きではない自分の楽観的な性格やけど、こういう時は頼もしいなと心の中で自分を褒めた。




「もしかしてやけど、、、萩織君、、やんね?」




同年代の剣道界では圧倒的に名前が知られてる萩織君を使って、偶然同じ学校に受かった風を装って話し掛けた。

大会でもあんまり緊張せんのに、憧れの人に加えて初恋の人までいるから、心臓がバクバク煩い。

遥をすぐには直視出来んあたり、前に見た時と変わってても好きなままなんやなあって安心した。


「う、うん。そうだけ───」

「関西弁じゃん!!初めて生で聞いた!!」


突然話かけられて狼狽する拓海の返答を無視して、遥が話かけてきた。

こんなテンプレみたいなガサツな絡まれ方好きじゃないはずやのに…。

惚れた弱みってこういうことなんやなって実感した。


「関西から来たのか!?」

「そうやよ。京都から来た佐久間葵いいます。よろしくね」

「京都かー!いいなー!高宮遥です!よろしく」


遥…遥…。

差し出された手を握って、遥の名前を頭の中で反芻する。

全国大会の名簿で見て名前は知ってたし心の中では呼んでたけど、改めて教えてもらうと公式に認めてもらったみたいで嬉しくなった。


「拓海!」

「へ!?あ、ご、ごめん。萩織拓海、、です。えっと、、どこかで会ったっけ?」


惚けた顔で思考をどこかにやってた拓海が、遥に肩を叩かれて覚醒する。

二人の仲の良さに変なモヤモヤが浮かんだけど、これが嫉妬なんかな…。

剣道の才能に関する嫉妬はしたことあるけど、あれとはまた違う感じで、なんか凄い嫌やな…。


「初めましてやよ。剣道してるから、一方的に知りよるだけ」

「あー…」

「中一の頃から萩織君の剣道が好きでよく動画見て勉強させてもらってたんよ。やから一目見て萩織君や!と思って。突然ごめんね?」

「う、ううん!全然!!」

「拓海ー。何照れてんだよー。剣道やってて拓海の事知ってる人なんて今までいっぱい居ただろー?」

「そ、そうだけど!改めて好きって言われると恥ずかしいよ…」


好きの部分だけ、ギリギリ聞き取れるくらいの声量やった。

そんな恥ずかしがられると、なんか告白したみたいでこっちも恥ずかしくなるからやめてほしい。


「良かったら友達になってくれへん?最近こっち来たばっかりで誰も知り合いおらんからさ」

「なろなろ!拓海もいいよな!?」

「う、うん。よろしくね。えっとー、、」

「葵でええよ」

「い、いいの?」

「うん」


なんて呼んだらいいか分からずにもじもじしてる拓海に助け舟を出した。

苗字で呼ばれるのは何となく嫌やし、どことなしに呼び辛そうな感じ伝わるけど、慣れるまで頑張ってもらお。

自分が下の名前で呼んでもらってたら、遥の事も名前で呼べるかなっていう下心もある。

どっちかというと、そっちのほうが強いかもしれん。

多分、自然な感じで言えたからバレてないと思うけど…。

大丈夫やんね?


「じゃあ僕も拓海でいいよ」

「遥でいいぞ!」

「分かった。拓海と遥、よろしく」


思いの外速く、距離を縮める事が出来た。

拓海はすぐに剣道で成績残して話題になると思うし、そうなったら多分話しかけ辛くなるから、入学式の日に距離を縮められたんはほんまに良かった。

上手くいきすぎて不安になるけど、ドラマやないんやしそんな劇的な展開は起こらんと思いたい。


(よし、、)


持ち込み禁止やったけど、こういう事もあるかと思って携帯持ってきてて良かった。

友達一覧に表示される遥の名前を見て、頬が緩む。

今までは一方的に知ってるだけで、何となくアイドルとファンみたいな感覚やったけど、これからは対等な友達。

1番望んでる関係にはなれてないけど、それでも前とは比べようもないくらい進んだ関係になれたことが、どうしようもなく嬉しくなった。


(恋愛ってすごいなあ…)


帰り道、迎えに来てくれた父親の車の中でぼんやりそんな事を思った。

自分がまさか剣道より好きになれるものがあるなんて。

全国大会の前は想像もせんかった。

これから頑張って仲良くなっていこ。

遥との未来を想像して、緩む頬を抑えながら無理矢理目を閉じた。









「葵!部活見学行くぞ!!」


初めて授業を受けた日。

一日が終わってすぐに遥が話し掛けにきてくれた。

終わった瞬間に誰のところよりも先に来てくれた事がとんでもなく嬉しかった。


「勝手に行ってええの?」

「先生には許可取ってるよ。勝手にごめんね、、?」

「ううん。元々行こうと思いよったし。ありがとうね」

「うん!」


何でやろ。

拓海はまだ知り合って間もないのに、一切の壁を感じひん。

自分自身そんなにコミュニケーション能力が高い自信はないし、どちらかというと何考えてるか分からん言われる事の方が多いから、初めから好印象を持たれてるように感じる拓海の反応はなんかむず痒かった。

(嫌な気はせえへんけど…)

何となく落ち着かん気持ちはある。

案外、大人しそうに見えてすぐ誰とでも仲良くなれるタイプなんかもしらんね。


「え!?萩織君じゃん!!」

「あのワンパンマンの!?」


拓海と遥が剣道部顧問の薮本先生と話してる間、そんな声が聞こえてきた。

変なあだ名付けられて…。

でも、納得は出来る。

相手の手を引き出すだけ引き出して、後は一撃。多くとも5撃以内には仕留めるし、5撃打っても速過ぎて1撃に見える。


(あのすごい技術を、これから間近で見て受けられるんやろうなあ)


そう考えたら、万が一遥が入学してきてなくても楽しい学校生活になったやろなあって感じた。

今日、模擬戦とか無いかな…。



「今日は見学が5人来てくれている。5人とも、名前、剣道歴だけでいいから簡単に自己紹介を頼む」



後から来た2人から、順番に自己紹介をする。

どっちも初めて見たけど、剣道経験者みたいや。

その内1人が憧れの選手は萩織拓海君です言うて拓海を焦らせてる。


「佐久間葵です。剣道は中一からしてます」


ほんまの事やし同じように憧れの選手を挙げて慌てる様子見ようかなあと思ったけど、変に目立つのも嫌やしやめといた。

目立つなら、出来れば剣道で目立ちたいし。

…拓海がおるから、難しいかもしらんけど。


「萩織拓海です。剣道は小学3年生からやってます。ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」


むしろ教える側だろ、とがやがやしい声の中から聞こえてきた。

そんな事言って先生怒らんのかなと思ったけど、先生は怒る様子もなく次の遥の自己紹介を聞いてる。

あくまで部活やし、もしかしたら薮本先生は経験者やないんかな?

もしそうやったら、先輩の誰かが言ってたみたいに拓海に教わるほうがいいかもしれん。

まだ、この中で拓海が一番上手いって決まったわけやないけど。


「自己紹介ありがとうございます。私は剣道部の顧問の薮本だ。一応五段の有段者だが、現役を退いて長い。指導は出来るが実力はそこまで期待しないでくれ。それと、、」


自己紹介中に私語をした者は今日一日すり足の練習のみだって薮本先生が続けた事で、さっきよりも更に騒がしくなった。

(同情はするけど、、)

まあ仕方ない事かもしれんね。

明日筋肉痛で動けんくなるやろうけど。




「拓海、どうやった?」

「どうって?」

「勝てそう?」

「うーん、、。確実じゃないけど、勝負にならない事はないと思う」


学校の最寄りの駅までの帰り道、気になって質問したらそんな答えが返ってきた。

(謙遜しすぎやなあ)

京堂館の剣道部は弱くなかったし、むしろ全国大会で3位になった事もある部長なんかは強そうやった。

でも、どう見ても拓海のほうが強い。


「強かったけど負けないだろ拓海なら」


遥も同意見だったので同調する。

拓海の剣道の実力に対する全幅の信頼に少し妬いてしまったけど、そこは同じものを持ってるから酷く動揺はせんかった。

(何人くらい勝てるやろ…)

拓海は規格外として、一般的な実力の自分はどれくらい勝てるのか試してみたくなった。

入部届は出してきたし通常授業が始まったらすぐ行ってもいい事になってるから焦る必要はないけど、全員に勝てへんとは思わんかったから、どこまで通用するんか、今すぐにでも試したかった。

こんな闘いに飢えるキャラやなかったはずやねんけど、、、。

遥と同じ高校に入れた事でテンションが上がってるんかもしれん。



「じゃあ、僕こっちだから。また明日ね!」

「またな拓海!」


待って待って待って。

ちょっと待ってほしい。

いきなり遥と2人になるのは想定してへんかった。

(落ち着かへん…)

中学からの同級生やし一緒の方向の電車やろうと思ってたのに、まさかの拓海と遥の家は別方向やったみたいで、ホームで遥と2人になってしまった。

嬉しい事やしこれから学校がある日は一緒に帰れるんやなって思ったら顔が緩むけど、準備出来てないから全然落ち着かへん…。


「葵はなんで京堂館に入ったんだ?」

「え?あ、えーと、、」


上手く言葉が出てこうへん。

面接の時も、普通に話せてたはずやのに。


「単身赴任!なんかかっこいいなそれ!」


単身赴任の何がカッコいいんやろと思ったけど、遥が楽しそうなんが嬉しくて、なんか笑顔になった。

このままやったら変な商品売りつけられても買ってしまいそうやなあって自分の事客観的に見て思った。

何とかせんと…。


「また明日な!」

「うん。また明日」


遥と一緒やったんは5駅だけ。

次の駅で降りるみたいやったし駅の距離そこまで離れてない沿線やから、家まで送るのもアリやと思ったけど、流石に距離縮め過ぎかなと思ってやめといた。

(でもまあ…)

5駅だけでも幸せな時間やったなあ。

同じ学校に入学出来て、連絡先も交換して、帰り道2人になれる時間がある事も分かった。

東京にいる事しか知らんかった数日前と比べたら、距離の近さは雲泥の差やと思う。

いつでも話せるし、いつでも遊びに行ける。

わざわざ誘わんくても、学校で会える。

それだけの事やのに、まるで羽が生えたみたいに体が軽くて、今やったらどんな事でも出来そうやった。

これから三年間、何事もなければ時間はある。

すぐには無理やと思うけど、まずは拓海よりも遥と仲良くなって、そこから恋愛関係になっていけたら、、。

ここまで既に上手くいきすぎてるけど、もう三年だけ。

上手くいかせてほしい。

どの宗教にも入ってないけど、とりあえず空を見上げて祈っといた。







「今日の帰りさ、駅前のスタバ寄って帰ろうぜ」


数日後、遥の提案で三人でスタバに行く事になった。

京都でも何回か行った事あるけど、なんか東京のスタバは緊張する。

どっちも人が多いし年齢層も変わらんのに、不思議や。


「拓海ちゃんと頼めるか?代わりに頼もうか?」

「大丈夫だよ、、多分」

「じゃあ先行くぞ?」

「ま、待って。先メニュー見ていい?イメージトレーニングしたい、、」

「こんなところで発揮するなよ、笑」


入口横。

携帯でメニューを調べる拓海と、それをいじる遥の掛け合いを見る。

(やっぱモヤモヤするなあ、、)

物理的な距離も、掛け合いの距離も、自分が割って入れへんくらいの近さがある。

まだ出会って数日やし、既に三年間一緒に過ごしてきてる二人の間に入られへんのは分かってたけど、こうも隙の一つもないと、ちょっと焦ってくる。

ここまで上手くいきすぎてたくらいやし、これくらいの障害はなんて事ないと思うんやけど、上手くいきすぎてたから逆にじれったく感じる。


「拓海、何と何で迷っとるん?」

「え!?えーっと、、冷たいやつ飲みたいけどお腹壊すかなって、、」


無理矢理会話に割って入ったはいいけど、そんな上目遣いでおどおどされると、拓海に恋愛的な意味で好かれてるんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる。

もしそうやったとしても遥しか眼中にはないんやけど、一方的に拓海に妬いてるのが馬鹿馬鹿しく思える。


「ん!美味しい、、!」


結局フラペチーノを頼んだ拓海が、小動物みたいな反応を見せた。

心なしか、一瞬遥と同じ目で拓海を見てしまった気がする。

可愛がるというかなんていうんやろ、、。

ペットショップでハムスターを見た時の感情に近いものがあるかもしれん。

(こんな無害そうやのに剣道してる時はカッコイイもんなあ、、)

剣道をしている時の拓海の姿を想像したら、案外無害でもない気がしてきた。

男女問わず憧れられる存在やし。


「口ついてるぞ拓海」

「え!?ほんと!?こっち??」

「こっち」

「あ、ちょっ!自分でやるって!」


口の左端を舐めた拓海に対して、遥が紙ナプキンで右端を拭いてあげた。

やっぱり。

どれだけ無害そうに見えてもここまで距離が近かったらモヤモヤはする。

それはもう、どうしようもない事実なんやと思わされた。

かといって、後から入ってきた自分がこの二人の関係より仲良くなれる自信がないし、拓海といる時の遥の楽しそうな表情を奪いたくはない。

それに、拓海が憧れの存在であるのも事実やから、出来る事なら拓海とも仲良くありたいし、、。

(何とか三人で仲良しのまま、遥に恋愛感情抱いてもらえんかな、、)

難しそうやし今はどんな手順を踏んだらそこに行けるのか分からんけど、最初上手く行き過ぎた分ちょっとゆっくりしてても大丈夫やと思う。、、、多分。


「どうしたん?これ気になる?」


拓海の視線が飲んでるゆずシトラスティーに固定されてる。

なんか変なのでも付いてるんかなと思って一周させて見てみたけど何もなかったし、直接聞いてみた。

あたふたしてるけど、もしかして見てる事気付かれてないと思ってたんかな、、。

あんだけ見てたのに、、?


「美味しそうだなって思って」

「もしかしてやけど、お腹冷えたん?」

「、、なんで分かったの」


驚愕!みたいな表情で見られた。

むしろ、なんで分からんと思ったのかが分からん。

たった数日過ごしただけやけど、拓海が天然って事は充分すぎるくらいに分かった。

拓海相手やと、張り詰めようと思っても張り詰められへん。

遥とはまた別の意味で、拓海とも仲良くなりたいなって剣道以外でも思えた。


「ちょっと飲む?」

「だ、大丈夫!そんなに冷えてないし!」

「じゃあこっちの飲むか?温まるぞ?」

「フラペチーノだよねそれ、、。流石に騙されないよ、、」


遥と拓海と過ごす時間は楽しくて、いつの間にか嫉妬する気持ちが薄れていってた。

帰り道の二人のやりとりを見て妬いてしまったから、まだゼロに出来たわけではないけど、それでも少しは三人で仲良く出来る未来に前進出来たかなあとは思えた。








「今日の練習はこれまで!」

「「「ありがとうございました!!!」」」


久し振りの剣道、久し振りの部活。

練習内容は中学生の時とそんなに変わらんかったけど、去年一年は一番先輩やったから、同級生以外全員年上なんがちょっと違和感やった。


「やっぱ拓海は強いよなあああ!」

「そんな事ないよ。遥に一本取られそうだったし」


今日は初めての練習参加って事もあって、新入部員の実力を測る名目と先輩達と関わり持たせる為に模擬戦がメインやった。

本心から謙遜してる拓海やけど、結果は全勝。

男女関係なく全員と当たるまでやったから、30戦は無敗で勝ち抜いた事になる。

勿論、全国大会3位の部長にも勝ってた。

何敗かしたしそんなに周り見る余裕なかったけど、ちょっと見た限りでは拓海は一本も取られてなかったと思う。

対戦した時は凄過ぎて何が何か分からんかったし、遥と同じくやっぱり強いなあと思わされた。

何ていうか、格が違う。


「でもほんまに強いよね。手も足も出んかった」

「葵も強かったよ!5敗くらいしかしてなかったよね確か」

「拓海の無敗に比べたら、、なあ?」

「そうだな。あと13敗した人がここにいるのも忘れるなよ」


責められてると勘違いして慌てて謝罪する拓海を見て、遥と二人で目を合わせて笑い合った。

拓海の無敗が異常なだけで、年上相手に5敗も、自分で言うのもなんやけど大したものやと思う。

遥の13敗も、他の新入部員に比べたらかなり良い方やった。

拓海の異常さで断言出来ひんけど、強豪校なんやろうなきっと。


「拓海はなんで京堂館に入ったん?もっと強豪のところから推薦来とったやろ?」

「推薦は来てたね。でも、自分がしたい勉強のレベルとか、剣道が強いとか、家からの距離とか。全部考えたらここが一番良かったんだよね」

「新見大付属からも来てたもんな推薦」

「団体戦で何回も優勝してるあの、、?」

「うん。一応、、、」

「すご、、、」


新見大付属は、剣道をしてる中高生やったらほぼ全員が知ってる高校。

全国大会優勝者の拓海に推薦が来てるのは不思議やなかったけど、改めてその名前を聞いたら驚いた。

そうか。

あの新見大付属からの推薦蹴ったんか、、。

もし自分に推薦が来てたら、京堂館に行くのとかなり迷った末に新見大付属に行ってたかもしれん。

それくらい推薦が来るのは光栄な事やし、三年間で成長出来る幅は計り知れへんから。

学校があるのが石川やから寮生活になるのは間違いないし、それだけが難点やけど。


「それに、お父さんの知り合いがやってる道場によく連れて行ってもらえるしね」

「よくって、、。ほぼ毎日行ってるだろ拓海」

「ま、まあそうだけど、、。剣道くらいしかやってこなかったし仕方ないじゃん、、」


拓海のレベルで毎日、、?

全国にちょっと進んだだけの自分が大した練習もしてないのに。

対峙した時に勝てる未来が見えなかった理由の一端が分かった気がした。


(それに、、、)


剣道とか勉強とか。

学生らしい健全な事しか考えてない拓海に対して、遥との仲の良さを妬くのがどうしようもないくらい馬鹿馬鹿しい事やなと思った。

遥との距離も縮んできてるし、もう、余計な事を考えて眉間に皺を寄せるのはやめよ。

これからは拓海とも遥とも仲良く。

遥には、恋愛感情を持ってもらえるように頑張る。

剣道と勉強も、、、まあそれなりに頑張ろ。

拓海の事を健全って言いよったけど、こっちもある意味健全なんかもしらんね。

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