第6話


「一駅前で降りて遥の家まで歩かん?」


6月中旬。

当初思ってたよりも早く二人に馴染めて、まるで初めから幼馴染みやったみたいに仲良くなれた。

おそらくやけど、体育祭でクラス全員が距離が近くなって仲良くなった時に、便乗して遥との距離縮めたんがおっきな原因やないかなあと思ってる。

知ってる限りやとその時クラスで二組カップル出来たみたいやし、その流れにも乗れへんかなあと思ったけど流石にそれは無理やった。

まあ、告白をしたわけやないし当然かもしれん。


「いいけど、何かあったのか?」

「いや。そういえば二人で話した事ないなあと思って」


ほんまは話したい事、、、というか聞きたい事があって遥を誘った。

最初はあんなに満たされてた5駅やのに、二か月経った今は物足りんくなってしまって、もっと話してたいって欲張りになってしまってるのもある。

どっちの比率が大きいかっていうと、、、。

もしかしたら、後者のほうが比率が大きいかもしれへん。

告白する勇気はないけど、こういう自分の気持ちに素直になれるのは得やと思う。


「そういえばそろそろだよな。インハイ予選」

「あー、そやったね」


忘れるなんて余裕だなって遥に茶化されてしまったけど、予選に向けて必死に練習しよったし忘れた事はなかった。

でも、今だけは遥にどうしても聞きたい事があったから、一時的に頭の隅の隅に追いやってしまってた。

大事なインハイの予選やのに、遥への疑問のほうが優先順位が高い事に自分自身驚きを隠せんかった。

優勝して、遥に良いところ見せたいと思ってるのに。


「遥は一回は勝てそう?」

「、、そこは優勝出来そうかどうか聞けよ」

「あー、、。一応聞いといたほうがよかった?」

「一応ってなんだ一応って!!」


子犬みたいに吠える遥を見て、自然と頬が緩む。

良い気はされんかなと思いつつも、遥が反応してくれるのが嬉しくてここ最近ついついいじってしまう。

あんまりしつこいと嫌われてしまうかなあ、、。

自分がこんなに女々しくてうじうじした考えをするなんて、思いもせんやった。


「拓海は、、、まあ優勝するだろうな」

「そうやろね。結局、模擬戦でも練習試合でも負けなしやし」


拓海に対する全幅の信頼にちょっと心が痛んだけど、でも納得しか出来ん意見やったから同調した。

凄いのは前から充分分かってたつもりやったけど、全然分かってへんかった。

間近で見て、実際に打ち合って。

拓海は今の時点で既に、自分が三年間頑張って勝てるかどうかの位置に居てるのが分かった。

、、、勝てるかどうかって言ったけど、正直勝てるイメージは一切出来ひん。

それくらい、圧倒的過ぎる実力と才能を持ってた。


(それだけやったら一回くらい勝てたかもしれんのになあ、、)


拓海は、誰よりも剣道を愛してて、真摯に打ち込んでる。

それが練習態度に出てるし、成長速度にも出てる。

実力とか才能だけやなくて、成長速度まで負けてるってなったら、もう手がつけられへん。

それでも一矢は報いたいなと思うけど、、。


「この前の模擬戦、遥一本取れそうやったよね?拓海から」

「あー、あれな。余所見してたからチャンスと思ったんだけどさ、、。余所見しながら紙一重で避けたんだぜあいつ。どう思う?」


、、余所見?

いくら公式戦と違うくても、拓海が剣道に集中せんのはあまりにも珍しい。


「余所見なんかしよった?顔の向き遥に向いとったと思うんやけど」

「顔はな。目がこっち見てなかったんだよ。多分、葵のほう見てたぞあれ」


あん時は確か、遥の後ろから見てたはず。

わざわざ遥を通り越してこっちを見てたって事になるけど、、。

そんな変な事しよったかな。


「何かしてたのか?あの時」

「なんもしよらんかったと思うけど、、。面着け直しよったから、髪でも乱れとったんかなあ」

「あー、有り得る。有り得る、、か?拓海だぞ?」

「そうやなあ、、」


一駅と遥の家までの30分弱。

拓海が集中を乱した原因とか、インハイの団体戦の話とか。

それ以外にも色々。

他愛もない話をしてだらだら歩いた。

気が付いた時には遥が住むマンションの下の公園まで来てて、そこでやっと、自分が聞きたかった事を聞けてへん事に気が付いた。


「じゃあまた明日───」

「ちょ、ちょっとだけ待ってもらっていい?」


焦り過ぎて、自分らしくない呼び止め方をしてしまった。

せっかく、落ち着いた大人なイメージを遥に印象付けてる最中やったのに。

あー、、。

やり直したい。


「どうした?」

「聞きたい事があるんよ」

「じゃああそこ座ろうぜ」


遥が指したのは、二人掛けの木製ベンチ。

そこまで近くもないし、良い雰囲気なわけでもないのに、今からする質問の答えの予想が付かな過ぎて、色んな意味で心臓が煩くなる。

これ以上、さっきみたいに恥ずかしい姿を見せるわけにはいかんから、心臓がこれ以上煩くなる前に早く終わらせんと。


「実はさ、中学の時の全国大会で、一回遥と拓海見かけてるんよ」

「え!?そうだったのか!?」

「うん」

「まあ、全国大会に出た事あるって言ってたからもしかしたらとは思ってたけど、、」


遥が考え込むような空白を作ったけど、残念ながら次の言葉を待ってる余裕はない。


「その時見た遥と今の遥が全然違うから、なんかあったんかなと思って」

「あー、、なるほどな、、」

「無理に聞きたいわけやないし、話したくない内容やったら別に大丈夫やねんけどね」


大丈夫な事ないのに、日和ってしまった。

遥の初めて見る疲れたみたいな顔が、あまりにも衝撃的で辛かったから。

心の底から聞きたいし、遥が元に戻りたいと思ってるんやったら手伝える事は手伝いたいけど、嫌われてしまうくらいやったら聞かんほうがいい。

自分がどうなっても力になりたいと思える程、出来た人間ではないんやなって思った。


「話すのは大丈夫。ただ、誰にも教えないでくれ。京堂館でその事知ってるの、多分拓海と葵だけだから」

「勿論。口は堅いから」


心の乱れを感じさせんように余裕があるように振る舞ってみたけど、正直上手く出来てるか分からへん。

それくらい、疲れ切ったサラリーマンみたいな表情をしてる遥が見慣れなさ過ぎて、心を完全に落ち着かせる事も、勿論、いつもみたいに揶揄う事も出来ひん。


「中学の卒業式の時、好きな人に言われたんだよ。男らしい人が好きって」


遥の言葉が、分厚い膜の向こう側で言われたみたいにボヤけて届いた。

好きな人。そう、好きな人。

確かにそう言った。

好きな人がいるくらい、別になんも珍しい事やないのに、なんで予想もしてへんかったんやろ。

受け入れられへん事実が、さっきまでの浮かれてた気持ちを一気に沈めた。

緊張を隠す為に早く話さんとって気持ちは、もうどっかに行ってしまった。

あれだけ聞きたかった事やのに、今は聞かんかったらよかったって思ってる。


「そっからさ。髪型変えたり口調変えたり筋トレしたり。色々してるけど中々上手くはいかねーな。家族からは心配されるし、中学の時の友達には会えねえ」

「しんどく、、ないん?」


寂しそうな辛そうな、よく分からへん表情をする遥に、自分が唯一こじ開けられそうな切り口から問い掛けてみた。

せめて、しんどいって、やめたいって言ってくれたら、その気持ちに同調して力になろうって気も起きるのに。

答えが帰ってくる前から、遥の表情で全部察してしまった。


「しんどくないって言えば嘘になるな。でもまあ、、、。後悔はしてないしこれからもやり続ける。とりえあずは高校三年間やってみて、無理だったらその時は生きたいように生きようと思ってる」

「そっかあ、、」


決意の目をして、何を言ったところで変えてくれそうもない意思を教えてくれた遥に動揺して、使い慣れん標準語が出てしまった。

〝三年間やってみる〟

その言葉は、三年間遥が振り向いてくれん事を意味してた。

三年後も好きでいる自信はあるけど、その間どういう接し方をしてたら、遥が好きな人を諦めた時に自分を見てくれるのかが分からへん。

それに、必死で頑張っても遥がその相手とくっついてしまう可能性も充分にある。


(だってなあ、、、)


自分の為に性格まで変えて努力してくれる相手を、邪険には中々出来んと思うから。

もしかしたら、そこまでされるのは流石に怖いって引いてしまう可能性もあるかもしれんけど。


「同じ高校なん?その人」

「、、高校は別だな。今でも遊びに行ったりはするけど」

「へー。見て見たいなあその人。画像ないん?」

「ねーよ。あっても見せねーし」

「いじわるやなあ」


断られた事に、ほっとしてしまった自分がいた。

もし見てしまって、絶対に勝てへんって思ってしまったら、そこから自分の気持ちを盛り上げるのは難しい事やと思うから。

そんなすぐに諦められる程弱い気持ちではないけど、何としてでも頑張ろうと思えるようになるまでは時間が必要になってくると思う。


「まあでも、案外気に入ってるよこの性格も」

「、、、遥。無理しよらん?」


言葉遣いはそのまま。

表情だけ一目惚れした頃に戻った遥を見て、言葉を額面通りに受け止められんかった。

どう見ても、無理してる。

考えたら当たり前の事やった。

元々内気で静かな性格の遥が、たったの数か月で今の性格を家でも学校でも演じるなんて、相当しんどい事やと思う。

さっき言ってたみたいに、後悔してないっていうのはほんまなんやろうけど、、。

そんな無理して振り向いてもらわなあかん相手よりこっち見て?とは、言えんかった。

言いたい事、伝えたい想いは山ほどあるのに、感情のままに動く事を打算的な考えが邪魔してくる。

気持ちのままに性格まで変えてしまう遥が心の底から凄いなあと思ったし、今の自分以上の感情を、遥は好きな相手に持ってるんやなあと思ったら、初めて持てた自分の恋心がちっぽけで惨めなものに思えてきた。


「惚れた弱みだろ」


弱く微笑んだ遥を見て、やっぱり気持ちは変わらんのやなっていう気持ちと、何としてでも助けたいって気持ちが浮かんだ。

結局好きでしかいられんのやったら、遥の変わらん気持ちに合わせて諦めるより、いつか自分に振り向いてくれる可能性に賭けて助けになりたい。




「じゃあまた明日な」




結局。

気の利いた言葉も言えんまま、遥を見送った。

辛くても頑張る遥になんか言えてたらとは思うけど、覆すのが難しいくらい好きな人が遥にいる事があまりにもショックで、何回同じ場面を迎えても同じくらい頭が真っ白になってたやろうなと思えるくらい、感情が尾を引いてる。

でも、そんな中でも一個だけ決めた事がある。


(無理をせんくてもいいんやって遥が思えるくらい、頼りがいも魅力もある人間になろ)


人としては急に性格は変えられんし出来ひんけど、、、。

とりあえず遥と共通してる剣道だけでも、頼られるくらい強くなろ。

何回でも拓海と練習して、教わって。

絶対に届かんと思えるくらい強い拓海に近付けたって胸張って言えるくらいになって。

それから、、、。


(全国大会で優勝しよ)


今は途方もない目標やけど、やからこそ、叶えた時は胸を張って遥に告白出来ると思う。

剣道に真摯に向き合ってる拓海には悪いけど、この邪な気持ちを、強くなる糧にしよ。






二年後。

邪な気持ちが神様に伝わってしまったんか、最後の全国大会の予選前に怪我をして、結局挑戦するまでもなく自分を奮い立たせる機会を失ってしまった。

気合い入れて練習し過ぎるなんてなあ、、。

自分らしくもない。

大会前に詰め込んだところで、体壊すだけでいい結果に繋がらんなんて事、よく分かってるはずやのに。

最後のチャンスやったから、頭で分かってても体が言う事聞いてくれんと無茶してしまった。


(告白、、どうしようかな、、)


もう、全国大会は明々後日やし、今から挽回して出場なんて事は出来ひん。

予選を勝ち抜いてなかったら、拓海みたいな圧倒的な成績を残してても特例は認められん。

目標にしてた一番大きい大会に出られん今、これ以上自分を奮い立たせる材料は見つけられんかった。



「困ったなあ、、」



リビング、お風呂、トイレ、書斎。

家に誰もおらん事を確認して、自分の部屋で扉に凭れて弱音を吐いた。

遥に想いは伝えたい。

でも、どんどん変えた後の性格が馴染んできてる遥に告白する為には、圧倒的に勇気が足りん。

馴染んできてるっていうのは、この長い期間、遥の気持ちが褪せる事なく続いてる証明やと思うから。

こういう感情に計算高さを持ってくるのはなんかあかん事のような気がするけど、玉砕覚悟やのに簡単に想いを伝えられる程、自分のメンタルが強くないのをよく知ってる。

やから、、、。



考えが堂々巡りになる。

一向に、まとまる気配もなければまとめられる自信もない。

やから、拓海にLINEを送った。

当たり障りのない内容。

テーピングが合ってる事なんか、店で試してたから分かってるのに。


ブーッ───


ロック画面に表示されたメッセージを見る。

返信が早ければ内容も元気百点。

自分も拓海みたいに明るくて卑屈なとこなんてない性格やったらなあ、、。

拓海の明るさに中てられて、自分の卑屈さが嫌に目立った。

目を逸らしたくて、返信が遅れてしまう。


〖大会前に話したい事あるから時間貰えへん?〗

〖ああ、でも集中したいやろうし大会後のほうがええかなあ〗


拓海のLINEに当たり障りのない返信をしてから、回りくどい方法で相談、、、というよりは相談の場を作った。

こういう頼みを、拓海が断る事はほぼない。

ほんまにどうしようもなく時間が無い時とか用事がある時は断るけど、中身を聞かんでも優しい拓海は時間を作ってくれる。

優しさを利用したみたいで申し訳ない気持ちはあるけど、相談するまでも心の準備がいるから許してほしい。

それに、直接話したいから。


〖大会の後で聞かせてくれたら嬉しい!時間は全然大丈夫!〗

〖拓海に直接関係のある話やないんやけどね。ちょっと相談乗ってくれたら嬉しい〗


予想通り、拓海は時間を作ってくれた。

文面からでも伝わる真っすぐな優しさに、心が痛んだ。


「珍しいなあ」


拓海からすぐに返信が来うへん。

携帯触ってる時はすぐに返信が来るのに。

いつもとは違う返信の間隔に、ちょっとだけ不安を感じた。

大事な大会の前後に話したい事あるから時間欲しいって言われたら警戒してしまうなと考えて、拓海に関係のない話ってわざわざ送った。

でも結局、拓海の不安を解消出来んかったんか、返信は暫く来んかった。


「お腹空いたな…」


中身は言ってないし約束を取り付けたわけでもないけど、ほんの少しでも弱音を外に出して安心したからか、さっきまで何も感じてなかったのにいきなりお腹が空いた。

丁度、今日は父親が家でご飯食べる日やし、帰ってくる前に早めに作っとこ。

そう考えて、携帯を部屋に置いたまま、台所へ向かった。






〖なにその気になる言い方、笑 どんな内容?〗


冷蔵庫の中身を炒めただけの簡単な夕食を済ませた後、部屋に戻ったら拓海からの返信が来てた。

内容、内容かあ…。

うーん、、、。

詳細をLINEで送っても、文章力がないから上手く伝わらん気がするし、あんまり解決に繋がらへん気がする。

でも、ある程度伝えといたほうが拓海の不安感は取り除ける気がする。

うーん、、。


「難しい」


すぐには返信せんと、ベッドに寝転んで携帯を枕元に投げた。

大会前の大事な時期にこんな話したら、集中力乱す事なんて分かってたはずやのに…。

拓海には絶対優勝してほしいと思ってる。

それやのに、なんでこんな事してしまったんやろ。

自分の事大事に思ってくれてる友達を、邪魔するような真似、最悪や。


(後戻りは出来んよな…)


今更、やっぱ無しって言ったところで、拓海は優しいから余計気にしてしまうと思う。

あー、もう。

冷静な判断が出来ひん。



〖変な感じで伝わってしまうとあれやから、詳しくは直接話したいんやけど、恋愛相談、、というか報告?をしたいんよ〗



詳細を書かへん範囲で、伝えられる事は伝える内容。

自分の中の葛藤が、最低限落ち着く妥協点を探って返信を作った。

正直なところ、過去に戻って自分を止めたい。

遥が大事な人なんは勿論やけど、拓海に対する友情は遥に対する恋情にも引けを取らへん。

それやのに、邪魔をしてしまった。

自分の感情を優先して。


(嫌な思いさせてしまってないやろか。集中乱してしまってないやろか)


何度も携帯を見ては返信が無い事に焦って、結局中々寝付けんと、翌日も早く目が覚めてしまった。

いつも拓海が朝練の日に起きる時間になっても、返信は来うへん。

重い腰を起こして学校に着いても不安は全然消えんくて、結局、拓海が薮本先生から一本取るまでは過去の自分を責め続けた。

拓海が優勝を逃すような事になれば、その時はまだ小さく燻ってる後悔の火が、一気に燃え盛る事になると思うけど。









「やっぱり。かっこいいなあ、、」


全国大会準決勝。

拓海の決勝戦の相手の分析をする為に、観客席から試合を見てた。

おそらく決勝の相手になるやろうなあと思う本多選手を見ながらちらちら見てたもう一個の準決勝では、拓海が相手を圧倒してて、たったの一分で試合を決めてた。

相手の選手の動きにあからさまな悪いとこなんてなかったし、むしろ今日一番くらいのいい動きをしてたと思う。

しかも、拓海対策も立ててきてたのが見てて分かるような動きやった。

それでも、試合をする度に集中力が増していってた拓海の敵にはならんくて、結局何も良いところを見せるまま敗退してしまった。


バッ───


拓海の試合内容を頭の中で振り返りながら分析をしてたら、大方予想通りの展開で本多選手が最初の一本を取った。

相手選手は粘り強いタイプではないし、何事もなければこのまま本多選手が上がってくるやろね。


(でも、、、)


どっちが勝っても、優勝は絶対に出来ひんと思う。

それくらい、どっちの選手も拓海との差は計り知れんくらいあるから。

あの一瞬、この一瞬、この後の展開。

試合を見ながら、拓海が打ち込みそうな隙をいくつも見つけた。

多分、決勝に向けて更に集中力が上がるやろう拓海はもっと隙を見つけると思うけど、自分の頭の中で想定出来る範囲ですら、両選手が拓海に勝てる要素はない。

勿論2位になる為やなくて優勝する為に今必死に戦ってるんやろうけど、、。

試合に出られへん外野やからこそ、両選手のこの後に強く同情した。





「お疲れ様。ええ調子やね」


もう1人の決勝進出者が決まる頃。

試合を終えた拓海が観客席まで上がってきた。

篭手を外す時に手首痛そうにしてた気がするけど、気のせい、、、やんね?

準決勝も、あんなにスムーズに勝ち上がってたし。



「葵なんかあった?元気ないように見えるけど…」



あー、、、。

やってしまった。

気を付けてたつもりやのに、拓海に察知されてしまった。

なんにもないよって否定出来たらそれが一番なんやけど、拓海はもう既になんかあったって確信した顔してる。

そんな中で否定してそのまま決勝行ってもらっても、絶対集中力の邪魔になる。

話さんといかんよね、、。


「あー、この先話してしまうと前にLINEで言った相談の内容になるんよね、、」


逃げ場を自分で失くしてしまった事に後悔しつつ、相談するかどうかは拓海に選択権を渡した。

これで、集中したいから嫌って言ってくれたら、安心して決勝を見てられる。



「場所変える?」



拓海からの返答が予想外過ぎて、ついつい笑ってしまった。

ほんまに。

どこまでお人好しなんやろ、、。

相談聞くのが当然のような表情の拓海を見てると、自分の葛藤が馬鹿馬鹿しく思えてくる。

どれだけ心の中で思っても、拓海の純粋な優しさに甘え過ぎてしまったらあかんって分かってるから、相談はしつつもちゃんと反省はしとこ。

でも今はとりあえず、、


「ここでいいから、ちょっと聞いてもらってもいい?」


流れに任せて少しだけ拓海を頼らせてもらお。

解決策が見い出せんくてもいい。

ただ聞いてもらうだけでも、きっと心は軽くなると思うから。

そう思って、遥への想いと、大会優勝で自分を勇気づけようとしてた事を正直に話した。

約2年半。

一緒に居た時間が長いから気付かれてた可能性もある。

でも、全く気付いてなくて予想もしてなくて、そんな大事な話を決勝戦前にするなって思われる可能性もある。

色んな考えとか不安が頭から抜けんまま、決勝戦前やと思えんくらい穏やかに聞いてくれる拓海に自分の心の内を吐露した。


(よかった、、、)


多分、怒ってもないし嫌われてもない。

3人の関係が変わる事より遥に告白するのを優先する事に拗ねたような感じはあったし、それを茶化してしまったけど、その後の表情は悪くなかったから、多分大丈夫やと思う。

でも、相談を終えたはずやのに真剣さを増す拓海の表情が、一抹の不安を心に残した。



「、、、葵。竹刀持ってきてる?」



いつもはある程度リラックスして試合に臨む拓海の、鬼気迫る表情に気圧される。

不安やし唐突やしで何が何か分からんまま、いつもの癖で持ってきてしまってた竹刀を拓海に渡した。



「これ使って決勝勝ってくる。だから、僕が勝ったら、、、。葵は遥に告白して。葵の勇気、僕が代わりに取ってくる」



竹刀を受け取って、拓海は真面目な顔でそう言った。

(ああもうほんまに、、あかんのやって、、、)

拓海の優しさは、度が過ぎる。

いくら既に二回優勝してるからって言うても、拓海にとって大事な大会の大事な試合。

そんな時まで、こんな自分勝手なやつ相手に、、、。

甘え過ぎたらあかんって、そう思ってたはずやのに、結局、誰よりも拓海に甘えてしまう結果になってしまった。

自分の竹刀を使ってくれても、拓海が試合に勝つ事で勇気が出るとは限らへん。

それでも、未来は分からんくても、今、拓海の優しさが心から嬉しかった。

試合の結果関係なく、後押ししてくれる気持ちに応えたくて今から駆け出しそうになるくらいには。





「男子決勝戦。赤、京堂館高等学校、萩織拓海───」

ドクン────


試合場の横。

自分の竹刀を持って白線を跨ぐ拓海を見て、心臓が一つ、大きく鼓動した。

いつもは他人事みたいに今回も勝つやろうと思ってみてる拓海の試合やけど、この試合は不安はないけど、なんか自分の事みたいに緊張してしまう。

さっき、拓海の試合結果関係なく告白するって決めたところやのに、どうしようもなく拓海の勝ちを望んでしまってる。

自分の欲望ばっかりを盛り込んだ、お世辞にも綺麗とは言えへんエゴで。



「メーーーン!!!!!」

バッ───



え、、、!?

心音を落ち着ける時間なんてなく、拓海が試合開始3秒で一本先取した。

全く予想してなかった展開なんか、面越しやのに本多選手が動揺してる様子が手に取るように分かる。



「コテーーー!!!」

バッ────



本多選手の動揺の隙を突くみたいに、二本目が始まってすぐ、振り下ろされた手に拓海の小手がさく裂した。

まだ、試合開始から30秒も経過してない。

実際に戦ってた時間は10秒とちょっとだけやと思う。

そんな時間で、二本先取の三本勝負の内、拓海は一本を既に取って優勝に王手をかけた。

強い強いとは思ってたし理解してたつもりやった。

でも、、、


(あまりにも強過ぎる)


相変わらず落ち着いてない鼓動やったけど、その音から伝わってくるのはさっきまでの不安な感じやなくて、拓海の圧倒的な強さに対する興奮やった。



「始めッ!!」



拓海が先手を打って来るんやったら、剣速に自信のある本多選手は打たれる前に更に早い速度で打ちに来るやろう。

その予想通りに、二本目のスタートは本多選手の素早い初撃からやった。

でも、一本目とは打って変わって、まるで本多選手が仕掛けて来るのが分かってたみたいな様子で待ち構えてた拓海は、冷静に往なして相手の体勢を崩して、ついでみたいに綺麗な小手を決めた。

最後の一本も、同じような流れで決める。



「礼!!!」



結局、試合次回は合計1分。

誰も予想してなかったその結末に、会場はざわつきを通り越して静まり返った。


(やばい。やばいやばい、、、!)


そんな会場とは相反して、鼓動が外にも聞こえるんじゃないかと思えるくらい激しくなる。

音と音の間隔が近過ぎて、ずっと脈打ってるんかと錯覚してしまいそうになった。

礼をする拓海の姿が、あまりにもかっこよすぎる。

決勝戦を、あんなに余裕で勝ったのに、相手への礼儀は忘れんと、誰よりも丁寧にお辞儀をしてる。


(しかも、、)


合計四本の内の三本目の時に気が付いたけど、多分拓海は手首を痛めてる。

打ち抜いた後に竹刀を落としそうになってたから、間違いないと思う。

そんな悪条件の中でも、約束してくれた通りに勇気を拾ってくれた拓海に対してか、ただただ試合の内容に感動してか、涙が流れてきた。

片目だけから。

誰にも気付かれへんくらい静かに。

でも、たった一条の静かな涙でも、そこには万感の想いが込められとった。

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