第11話 最終話前編
中学一年生。
好きな人が出来た。
その人は誰よりも真っすぐで真面目で、誰よりも優しかった。
きっかけは些細な事で、入学したばっかりでクラスに友達もいなかった時。
教科書を忘れて焦って泣きそうになってた時に、その人が声を掛ける前に教科書を見せてくれて「ノートはある?ルーズリーフで良かったらあげるよ?」って言ってくれた事。
流石にその時すぐに好きになったわけじゃないけど、困った人にすぐ手を差し伸べられる真っすぐさと優しさを持ったその人に惹かれていくのに時間は掛からなかった。
中学二年生。
せっかく話せるようになった好きな人と、クラスが別になってしまった。
連絡先もまだ交換してないのに、、、。
どうしても会いたくて、顔を見たくて、休憩時間の度に理由をつけてその人と同じクラスの友達に会いに行った。
そしたらいつの間にか友達とその人が仲良くなってて、おこぼれみたいな形で連絡先も交換出来た。
その時はどこまでも飛んでいけそうなくらい嬉しくて舞い上がってたけど、友達が先に交換してたのがちょっと悔しくて、勝負事でもないのに負けて悔しいって気持ちになった。
その後、友達に同じ人好きになってしまったって相談受けた時は、絶望で泣き崩れそうになった。
友達は魅力的で社交的で文武両道で、、。
勝てるところなんて一つも無いのに。
中学三年生。
クラス替えで好きな人と同じクラスになれた!
でも、同じ人を好きな友達も一緒のクラス。
それだけが不安でずっとそわそわしてて、何とか自分が先に好きな人と仲良くならないとって必死になってた。
でも、その裏で文化祭の日。
友達から告白して振られたって泣きながら電話が来た。
可哀想とか慰めたいとかなんでこんな素敵な人を振るんだろうとか。
色々考えたけど、そのもっと深いところで二人が付き合わなくてよかったってホッとしてしまった自分がいて、自分の最低さに嫌気が差した。
でも結局。
嫌気が差しても好きな人に対する想いは減るどころか増していくばっかりで、卒業式の日。一大決心で告白をした。
「ごめん、、。気持ちは嬉しいんだけど、、。もっと、男らしい人が好き、、、、なんだ」
男らしい人。
自分とはかけ離れてるタイプに、絶望してすんなり告白の失敗を受け入れた。
今の自分のままでは、この先もずっとこの人と付き合える未来は来ない。
それなら、この人のタイプになれるように、高校からデビューしよう!
今はまだ、振られてしまってすぐ泣きじゃくってしまうくらい弱虫で女々しいけど、高校は三年間もある。
その間に振り向いてもらえるように自分を磨かないと。
自分らしい三年間を捨ててでも、あの人に好きになってもらえるようにがむしゃらに頑張る!
申し訳なさそうに背中を向けて去っていく姿に、そう誓って決意した。
「、、、、遥?」
「なんで疑問形なんだよ。見たら分かるだろ」
「なんか、、、変わったね」
高校の入学式の日。
学校の最寄り駅で待ち合わせた拓海の驚きに、緊張と喜びが同時に襲ってきた。
声を掛けるまで、先に待っててくれた拓海とは何度か目が合ったのに気付かれなくて、目が合ってからも不審者と間違えられてるんじゃないかと思うくらい訝しい視線を向けられて、自分の変化が他の人から見てもはっきり分かるくらいのものになれているんだなって思えて安心した。
でも、今はまだ驚いてるだけだけど、その内引かれてしまうんじゃないだろうかとか、友達を辞められてしまうんじゃないだろうかとか。
そんな不安に似た緊張も心の中と頭の中にいっぱいあった。
でももう始めてしまった。
もう、後戻り出来ない。
(ほんとに大丈夫かな、、)
鏡で何度も自分の姿を確認した。
何度も口調を変える練習をした。
親に心配されても、兄に引かれても、好きな人に好かれる為に必死に練習した。
たった半月くらいの期間しか出来なかったけど、それでも何とか違和感はないくらいに変われたと思う。
反抗期が来たのかと裏で心配して、夜中に何度も話し合ってた両親には悪いけど、勉強も部活も頑張って家の手伝いもちゃんとするから頑張って耐えてほしい。
精神病院に連れていかれたりしたら困るから理由は話したし、後は耐えてもらうしかない。
、、、本当に両親がしんどくて辛そうにしていたら、その時は考えるけど。
今まで良い子でいたから、反抗はしないけど少しだけ、自由に生きます。
「萩織君やんね?」
葵との出会いは突然だった。
自分を知ってる人がいない事はクラス名簿を見て分かってたはずなのに、変に思われてないかなって緊張して周りを見る余裕がなくて、拓海について回って教室まで入った時、突然話し掛けられた。
正確に言うと話し掛けられたのは拓海だけど、同じ場所に居たし視線も感じたし、実質二人に話し掛けてきたんだと思う。
「う、うん。そうだけ───」
「関西弁じゃん!!初めて生で聞いた!!」
中学校の同級生に関西弁の子が居たし、本当は初めてじゃなかった。
話題作り兼大きい声を出す事で、変わった姿で家族と拓海以外の人と話す初めての機会に対する緊張を追いやる為に、嘘を吐いた。
前に聞いた関西弁はちょっと違う感じがしたし、完全に嘘かというとそういうわけでもないのかもしれないけど。
関西弁に詳しいわけじゃないから、あんまり詳しくは分からない。
「拓海!」
「へ!?あ、ご、ごめん。萩織拓海、、です。えっと、、どこかで会ったっけ?」
自己紹介が終わったのに拓海が呆けてて、気まずい空気が一瞬だけ流れた。
緊張でおかしくなりそうで一瞬だけでも気まずい空気が耐えれなくて、喝を入れるみたいに大きい声で拓海の名前を呼んでしまった。
さっきから、大きい声を出す度に回りの視線が痛い。
やり遂げるって決めたし頑張るけど、、、。
心臓はずっと騒いでるし、心の中にいる前までの自分はずっと泣きじゃくってる。
ごめんって思うけど、あやしてる時間はないんだ、、。ごめんね、、。
でも悪い事ばっかりじゃなくて、変えた後のこの性格が良い作用を起こして、いきなり名前で呼び合う友達が出来た。
うんうん。大丈夫大丈夫。
順調順調、、。
すぐに不安になって靄を掛けようとする心に言い聞かせるみたいに、安心させる言葉を投げかけ続けた。
男らしくなれてるかは分からないけど、変化はちゃんと起きてる。
だから、きっと大丈夫。
大丈夫、、、、だよね?
「あと13敗した人がここにいるのも忘れるなよ」
練習とはいえ、高校での初めての試合。
35戦して13敗。
(13敗、、、、かあ、、、)
性格を変えるのと一緒に、剣道のスタイルも変えた。
剣道のスタイルに男らしさも何もないと思うけど、一つでも前と一緒のところがあるとそこから作り上げたものが崩れていってしまいそうで、関係ないとは思いつつも戦い方を中学の同級生の小山内君から真似てみた。
小山内君が男らしかったかって聞かれたら即答は出来ないけど、それでも一番分かりやすく〝漢!〟って感じの猪突猛進な戦い方だったから、模擬戦の前に思い浮かんで真似てみた。
その結果が13敗。
前までの戦い方のままだったらきっと、10敗はしなかったと思う。
葵みたいに5敗には収められてなかったと思うけど、それでもそれに近い戦績は残せてたと思う。
、、、、というより、拓海に隠れてるけど葵も凄くない?
年上相手に連勝連勝。
負けたのは全国大会に出場経験のある人達と拓海だけ。
拓海のファンみたいな事を言ってたけど、あれだけ強かったら葵はファンを持つ側なんじゃ、、。
まあでも、拓海の強さに憧れる気持ちは分かるけどね。
中学生の時、三年間ずっと。
一番近くで拓海の凄さを見てきたから。
(筋トレ、増やそうかな、、)
卒業式の日に振られてから毎日続けてる筋トレ。
最初は腕立てと腹筋とスクワットが5回ずつしか出来なかったけど、最近は頑張れば10回連続で出来るようになってきた。
元は男らしい人に少しでも近付く為に華奢過ぎる身体に少しでも筋肉を付けようって始めた事だけど、今日猪突猛進な剣道の戦法をしたら筋力が全然足りてない事が分かってしまった。
ただでさえ慣れない戦法で13敗もしてしまってる現状なのに、模擬戦をする度にへとへとになってたら今日負けた人達にこれからも勝てない、、。
戦法を元に戻す気はないけど、大好きな剣道で負けるのはやっぱり嫌だから。
とりあえず、目標は毎日15回ずつ!
そこに部活も加わったら身体が大変な事になりそうだけど、、。
きっと耐えてくれるって頑張ってくれるって。
自分の身体を信じてる。
「高宮。中学の頃から随分戦法が変わってるが、何かあったのか?」
何回目かの部活の後。
薮本先生に呼び出されてそんな事を言われてしまった。
生徒の為に中学の全国大会予選まで足を運んで脅威になりそうな相手の分析をするような先生だから、それは見られてても仕方ないよね、、。
見てたなら、そうやって言いたくなる気持ちも分かる。
きっと自分が顧問でも、そう言ってたと思うから。
「高校三年間この戦法でスピードとパワーと体力をつけて、その後の剣道人生に活かそうかと考えてます」
全国大会の会場で京堂館の生徒が荷物を置いてるところに薮本先生が居たのを、ちらっとだけだけど見たのを覚えてた。
だから、前もって聞かれるだろうなって事の返答を考える事が出来た。
準備してなかったら、答えられなくてあわあわしてしまって、会話の流れによるけど、もしかしたら元の戦法に戻してしまってたかもしれない。
三年間棒に振るような答えを用意してしまったけど、もう言われないように、今の戦法でも勝ち上がれるように練習しよう。
結果を残せばきっと、薮本先生も何も言わずに見守ってくれると思うし。
「礼ッ!!」
(やっぱり拓海は凄いなあ、、、)
高校三年生。
結局全国大会に出場する事は出来なくて、三年間出場選手の連れ添いで会場に足を運んだ。
あれからずっと頑張って、毎日筋トレ3種類を40回ずつしても筋肉痛がこないくらいに成長したし、模擬戦をしても5敗以内には留められるようになったけど、それでもどうしても大会では対策を立てられて、全部の大会で予選落ちしてしまった。
前までの戦法だったらこの人に負けないのに。
スピードとパワーと体力も手に入れた今なら、拓海にだって一瞬で負けるような事は無いのに。
そんな事を、三年間の間で何回も考えた。
でも結局一度決めた事を半端に変えてしまうのが怖くて、途中で性格が変わって周りに何か言われてしまうのが怖くて、何も変える事が出来なかった。
その結果がこれ。
変わりたくて変わったはずなのに、結局何も出来ないまま高校の剣道生活が終わってしまった。
地方の試合はまだ参加しようと思ったら出来るしアマチュアの大会だってある。
でも、やっぱり、、。
(全国大会が良かった、、)
どうしても、一回は出たかった。
中学生の時に常連だった、この全国の舞台に。
拓海は三回、葵は二回全国の舞台に立ってる。
仲が良くていつも一緒にいる三人なのに、全国に行けなかったのは自分だけ。
プライベートと剣道の結果が関係ないのは分かるけど、それでもやっぱり疎外感というか劣等感というか、、、。
全国の舞台に立つ二人を見て、悔しさとか色んな感情が溢れそうになった。
今も、準決勝を無事に勝った拓海を、複雑な心境で観客席から見てる。
勝ち進む度に嬉しさと悔しさが混ざってしんどくなってきてしまって、葵にあたってしまいそうな気がしたから、今は拓海の応援に来てた白石さんと下垣内さんと一緒。
ここにいるほうが劣等感が薄まる気がして、初対面で緊張してるって点を含めてもまだ居心地がいい気がする。
試合が終わりに拓海が戻って来る葵の横よりも。
「決勝も勝つかなあ!?」
「勝ちますよ。拓海なら」
準決勝の興奮冷めやらない白石さんに対する返答が、ちょっとおざなりになってしまった。
友達が勝ち進んでる喜びと決勝の舞台に立てる羨ましさが綯い交ぜになってて心が荒んでるから、許してほしい。
(一人で見ようかな)
決勝の試合展開を予測する白石さんと下垣内さんの熱量についていけなくて、この場を離れたくなった。
結局、そのまま一緒に見る事になったけど。
「メーーーン!!!!!」
バッ───
(え、、、、?)
決勝戦。
本当に決勝戦か分からなくなってしまうくらい、圧倒的な試合展開のまま大会は幕を閉じた。
あれこれと試合展開を予測してた白石さんと下垣内さんもこの展開は予想外だったみたいで、喜びよりも驚きのほうが勝ってるように見える。
開いた口が塞がらないのいい見本になるなあって心の中でだけ思った。
それにしても、、、。
あそこまで凄過ぎる試合を見せられると、拓海に嫉妬してた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
勿論、全国大会に進むのに拓海みたいな飛び抜けた実力はいらないけど、出場者全員が束になっても叶わなそうな拓海の姿を見て、衝撃と尊敬で毒気が抜かれてしまった。
前からずっと強いっていうのは知ってたけど、それでもこんなに離されてるなんて、、、、。
恋愛を最優先にして自分に合ってない戦法を続けてる事、拓海はどう思ってるんだろう。
恋愛を優先してる事は伝えてないし知らないと思うけど、戦法が合ってない事には気付いてると思う。
それでも、拓海から何か言われた事はない。
少しくらい気に掛けてくれてもいいのにって、言われても変えない決意をしてるのに勝手な考えをしてしまった。
(今の自分が前の戦法で拓海と戦ったらどうなるのかな)
ふと、そんな事を考えてみた。
戦法は変えてしまったけど、剣道は前より上手くなったと思うし、前までよく使ってたフェイントのタイミングも動きもまだ身体に残ってる。
だから、一ヶ月時間を貰えたら、成長した分と前までの戦法を足して戦えると思う。
勝てる自信はないけど、拓海と何度も打ち合ってきたから、決勝戦の相手の本多選手より長く試合を保たせる自信がある。
そんな機会、来るのか分からないけど、、。
いつかはやってみたいなって思いながら、決勝が終わって客席に戻ってくる拓海の所に向かいつつ、イメージトレーニングを繰り返した。
「ドリンクバー壊れてた、、、」
大会の数日後。
好きな人を誘って、二人でファミレスに来た。
白のロンTにダメージジーンズに黒の肩掛け鞄とキャップ。
男らしい服装が分からなくて二年くらい迷走してたけど、ここ半年はこういう服装で落ち着いて、特に服選びに時間掛ける事もなくなってきた。
最初は変わり過ぎてる事に驚いてた好きな人も、今はもう服の趣味が中学の時から変わってるのを見ても何も驚かなくて、修理中だったドリンクバーのほうが全然気になってるみたい。
毎回驚かれると疲れるし、全然いいけど。
でも、驚かれる事がなくなってもう二年くらい経つから、最近では自分が本当に変われてるのかとか、男らしさってそもそも何?とか、色々と不安になってしまう。
好きな人を驚かせる事を目標にしてるわけじゃないけど、驚かれる以外に指標を持ってこなかったから、自分がどれだけ理想に近付けてるのかを知れない。
それに、、
(進歩してる感じがなあ、、)
どれだけ頑張っても、確実に成長してるって分かるのは筋肉くらいで、好きな人が振り向いてくれそうな気配が全然無い。
あれから何回も一緒に出掛けてご飯に行ったり遊びに行ったりしてるのに。
変化も成長も無いのに、このまま続けてて意味あるのかな、、。
二年半前に固めた決意が、最近揺らぎ始めた。
この前、ショーウインドーに映った自分の姿を見て前より男らしくなってきたなあって思った時、その成長自体に喜びを感じてしまった。
別に悪い事ではないはずなのに、好きな人云々関係なく男らしくなった自分自体に嬉しくなってしまった事に違和感があって、あれ以来自分が進むべき方向が分からなくなってきた。
「遥?食べないの?」
「自分の食べ終えたからって取ろうとするなよ」
「してないよ!」
(うん。大丈夫。ちゃんと好き、、、なはず)
進むべき方向と一緒に、好きな人への気持ちも分からなくなってきてる自分がいる。
一緒に居て楽しいし、もっと一緒に居たいとか遊びにいきたいとか。
そういう風には思う。
でも、手を繋ぎたいとかハグしたいとかそれ以上の事とか、、。
前まであれだけしてた幸せな妄想を最近しなくなってきた。
最近は、こうしたら嫌われないかなとかさっきの発言拙かったかなとか、自分のやってる事が合ってるか分からなくてご機嫌窺いみたいな事ばっかりしてしまう。
何というか、好きな人に対する接し方というより気難しい先輩に対する接し方に似てきたなって思ってしまって、そこからモヤモヤし始めた。
嫌いじゃないのは確実。人として好きなのも絶対。
でも、恋人になりたいって強く望んでるかって言われると分からない。
自分の事とか行動とかもちゃんと合ってるか分かってないのに、好きな人に対する感情の機微なんて分からないのは当然だとも思うけど、、、。
もし好きじゃなくなってるんだとしたら、何の為に頑張ってきたのか、頑張ってるのか分からなくなる。
素の自分で過ごす高校生活を捨ててまで頑張ってきた二年半を否定してしまう気がして、どうしても不安に思っても好きじゃないって決断を下せないでいた。
下してしまうと、もう本当に残りの半年をどう過ごしたらいいか分からなくなってしまうから。
抜け殻みたいに残りの高校生活を過ごしたくない。
それならせめて、、。
幻想でもいいから馬鹿になって惑わされて、とりあえずの目的を持って行動してたい。
後になって虚しくなったとしても、抜け殻で過ごすよりはちょっとはマシだと思うから。
10月初旬。
好きな人と葵と、秋祭りにやってきた。
先に葵と待ち合わせてサプライズでプレゼントを買って行ったら、好きな人、、、拓海が隅のほうで暗い顔で待ってるのが見えた。
心配して声を掛けてみても大丈夫って言うだけで、相談はしてくれそうにない。
いつもの事だから慣れてるけど、やっぱり力にはなりたいって思う。
だから、話を聞けないならせめて喜ばせたいって思って、荷物になるとは思いながらも先にプレゼントを渡した。
「なんで先渡すんよ、、。邪魔なるやんこの後」
「仕方ないだろ。元気無さそうな感じしたし」
予定と違う行動に葵と言い合いになってしまったけど、元の計画にあった花火の時に渡すっていうのはプレゼントのサイズが大き過ぎて隠せてなくて無理だったと思うし、なんだかんだ言ってこのタイミングが良かったんじゃないかなって思う。
良かった、、、かな?
プレゼントを抱き締めて涙目になる拓海を見て、不安になった。
喜んでくれてるとは思う。
でも、喜び以外の感情がある気がして、その感情がどんなものなのか予想がつかなくて、どうしても不安になってしまった。
考えても分からないし聞いても教えてくれないと思うし、元気を出させる作戦は大成功って、思い込む事しか出来ないけど。
「スーパーボール掬いあった!行こうぜ!」
いつも通りには戻り切ってない拓海を励ます為に、いつも以上に明るく振る舞う。
道中色んな人にぶつかってしまったごめんなさい、、、。
心で謝りながらも、必死にキャラを作って祭りを楽しむ。
大声とかぶつかった事で迷惑を掛けてしまった人達に心の中で謝りながら、少しずつ笑顔が増えていった拓海を見て心を満たした。
焼きそばの出費も痛かったけど、拓海が喜んで笑顔になってくれるならいいや。
「僕今日財布と携帯だけだし、遥荷物二つもあるから、これくらい持つよ」
今度は、自分の笑顔が薄れてきそうだった。
もう既に大きい紙袋を持ってるのに、その上でなんでか拓海は荷物を持ってくれていて、頑なに渡そうとしてくれない。
いつもと違う拓海の行動に、なんでかモヤモヤした。
持ってくれるっていうなら、遠慮なく甘えさせてもらったらいいのに。
そのモヤモヤは、コケかけた時に拓海に抱き寄せられた事で強くなった。
「あっ。危ないよ遥」
「わ、悪い。助かった」
(なんで、、、?)
今までずっと。
中学生時代からずっと。
スキンシップらしいスキンシップなんてしてこなかった癖に。
一緒に出掛けてる時にコケそうになった時も、支えてくれた事すらなかったのに。
なんで今更、、、。
拓海の意味の分からない行動に頭がこんがらがって、胸の中は九割の疑問と一割の憤りで満たされた。
「遥、口の横ついてるよ」
「んん!
抱き寄せられた次は、口の横についたソースを拭ってくる。
そんな事、知ってる限り誰にもやった事ないはずなのに。
いつもはティッシュ渡すだけなのに。
次々と重ねられる拓海の意味の分からない行動に、怒りがふつふつと湧いてくる。
もうちょっとで、疑問よりも憤りのほうが強くなりそうな感じがする。
その予感は、思ってたよりもすぐに当たってしまった。
毎年拓海と行ってる穴場スポットに行く途中、握られた事のない手を握られた。
握手とは違う。
恋人や親子が繋ぐような繋ぎ方。
(ああ、もう。だめ)
拓海の行動が理解出来ない。
もしかしたら何か考えがあるのかなって考えてみたけど、全く理解出来なかった。
中学生の時に告白をしたのは忘れてないと思うし、拓海に振り向いてほしくてこんなに無理してるって、何となく気付いてると思うのに。
「拓海、今日なんか変だぞ」
言葉に出してみるとそこに怒りは無くて、どっちかというと悲しいとか辛いとか。そっちの感情のほうが強く全面に出てきた。
質問されたから何を変に思ったか説明したら、拓海が冷や汗を掻き出した。
こんな感情にさせるつもりはなかった?
何か不都合な事が起こった?
冷や汗の原因は分からなかったけど、その姿を見て何でかもっと悲しくなった。
葵が来て拓海が逃げるみたいにどこかに行っても、悲しいと辛いがどこにも行ってくれない。
ずっと、心の中に居座ってる。
ヒュ~~~───。
──ドッ───ッパァン!
楽しみにしてた花火が上がっても、さっきの拓海の表情と手の感触が消えなかった。
ずっと上の空で、別の世界で上がってるみたいな感覚の花火を流し見た。
その感覚は花火が終わってからも続いて、葵に誘われて公園に行っても続いて、ずっと上の空のまま、葵と言葉のやり取りを続けた。
(今日の拓海、なんだったんだろほんとに、、、)
突っかかるような言い方をしてしまったのは悪いなって思う。
でも、あれ以上拓海の行動を放置していたら、自分がどうにかなってしまいそうな気がして、強い言葉を使っても止めないとって思ってしまった。
あれだけ望んでた拓海との恋人みたいな行動の数々も、どれにも嬉しいって気持ちは湧かなくて、好きがなくなってた事に気が付いて、行動の不可解さに対する怒りと一緒に、二年半分の反動を含めた疲れがどっと襲って来た。
もう、何も希望が無い。
この先無理矢理性格を作っていくことを頑張るモチベーションが無い。
もう、疲れちゃった、、、。
全身から力が抜けて、この場所から動く事すら無理なんじゃないかって思わされる。
葵との会話は、申し訳ないと思いながらも話半分で聞き続けた。
「遥。ちょっと真面目な話するから聞いてほしい」
いつの間にか、姿勢も悪くなってた。
葵の真剣な表情でハッとなって、姿勢を正して目を合わせる。
(拓海が走って行ってから目合わせるの初めてかも)
数十分振りに見る葵の目は、いつもの余裕な感じじゃなかった。
緊張とか不安とか、そういうのがいっぱい含まれてる気がする。
こんな表情になるくらいの大事な会話だったら、ちゃんと聞いとかないといけなかったよね、、。
申し訳ない事をしたなと思いながら、疲労感を誤魔化し誤魔化し、少しずつ集中力を取り戻して葵の話に耳を傾けた。
「あッ、、」
真夏かと思う位の汗を掻いて、ぐるぐる目を回す葵を見て、さっきよりももっとちゃんと姿勢を正した。
葵は今、いつもの冷静な表情とか落ち着きを全部捨てて、体当たりで何かを伝えようとしてくれてる。
だったら、他の人の事を考えながら聞くのは絶対にだめ。
ちゃんと聞くって葵に言葉で意思表示して、続きの言葉を待った。
葵が伝えようとしてる事を、一つも聞き逃さないように真剣に。
「あの時、遥に一目惚れしたんよ」
(、、、、、え?)
待って待って待って。
待って!!!!
さっきまで話半分だったから、本当に突然過ぎて頭がパニックになる。
葵が告白?なんで?
どういう事!?
「そしたら、父親の転勤で付いてきて通う事になった高校に遥と拓海が居てて、正直最初は一瞬、遥が変わり過ぎてて分からんかったけど、それでもそんな事がどうでも良くなるくらい嬉しくて、変わった後の遥もどうしようもなく好きやった」
あーもうなんでそんなに真っすぐ目を見て、、、。
受け止めるって決めたからちゃんと止めずに聞くけど、正直なところ目と耳を今すぐ塞ぎたいくらい恥ずかしい。
「でもやっぱり。三年前の記憶やのに、あの時一目見た遥の姿が頭から離れへんのよ。今の遥も好きやけど、自分が一番好きなのはあの時の遥なんやなって、、」
「それに、最近は前よりは慣れてきてると思うけど、どうしても遥が無理してその性格を保ってる気がする。もし好きになってくれるなら、ありのままの遥を好きでいるし、もう無理はさせへんって約束する。だから───付き合ってください」
涙が溢れそうになった。
だめ、、、感情がぐちゃぐちゃになる。
恥ずかしさが保たれたまま、安心と嬉しさが処理し切れないくらいに襲ってきた。
自分の二年半の頑張りを見てくれてた人がいる。
素の自分を知ってくれてて、好いてくれてる人がいる。
その事実が、その相手が葵だって事が、恥ずかしさ以上の嬉しさで心を満たしてくれた。
(頑張っててよかったんだ、、)
頑張ってなかったら、葵が好きになってくれる事も葵と出会える事もなかったかもしれない。
拓海への想いはいつの間にか薄れてしまってたけど、葵にこうやって言ってもらえた事で努力が報われた気がした。
(真剣に、考えないと)
葵に宣言した通り、作り物の自分は今日でやめて、明日から素を出せるように頑張る。
それで、中学生の時くらいちゃんと素を出せるようになったら、葵への気持ちも考えないと。
でも多分、、、。
葵に告白する事になると思う。
さっき言おうとしてやめたこと。
〝葵に告白された時、何も考えずにOKしそうになったくらい嬉しかったから、期待してて〟
葵が告白してくれた時、本当に嬉しくて嫌な気持ちとか断ろうって考えが過らなくて、冷静な部分が一つもなかったらあのままOKしてしまってたと思う。
でも、まだこの先どうなるか分からないのにそんな期待を持たせる事を言ってしまうのは、思わせぶりな態度を取ってキープしてるみたいで嫌で、言い掛けてやめた。
もし卒業式までに葵に恋人が出来ても、すぐに付き合う選択を取らなかった自分に何か言う資格は無い。
自分に出来るのは、卒業式までに出来るだけ素を出せるようにして、葵への気持ちを確かめるだけ。
(ちゃんと全部出来たら今度こそ、、)
曖昧なものじゃなくて、ちゃんと形付いた好意を、葵に伝えよう。
私の頑張りを見ててくれた、恩返しと一緒に。
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