第10話


ピピピピ──

ピピピピ───カチッ。


「ふわあ、、、もう朝か、、」


告白の2日後。

振られた事を実感したり、希望がある事に喜びを感じたり。

感情の起伏が激しくなって、質の良い睡眠が取れんくなってしまった。

昨日も、、というか日付が変わってしまってたから今日やけど、朝7時起きやのに4時まで起きてしまってた。

前日の夜更かしが響いてたから早めにベットに入ったのに、まさか4時間も寝られへんなんて…。

寝る前に、遥と付き合った後の事なんて想像するべきやなかった。

あれのせいで、寝不足で頭も体もちゃんと動かんのに、表情がだらしなくニヤけてしまう。


「マスクして行こかな、、」


幸せな妄想のおかげで体調は悪いどころか絶好調やけど、鏡を見るのが怖くなるくらい頬が緩みきってるから、だらしない表情を見せん為に着けて登校しようかなと真面目に検討してみた。

実際着けたら体調不良心配されて部活も休まなあかんくなるやろし、少しも迷わんと表情を引き締めるほうに考えを変えたけど。


「ほんまに告白したんやなあ」


なんの確証にもならんはずの、机の上に転がってる景品のスーパーボールを見て、そう思った。

ありきたりな頬をつねる動作をしてみても、ちゃんと痛みがあるから夢じゃないのは確か。

二年以上も渋ってて、全国大会で優勝して告白するなんて大層な制約を設けてたのに、終わってみたらなんてことのない一瞬の出来事で、、、。

全国大会に出た時よりも受験の時よりも何よりも緊張したのに、もう一回あの瞬間を経験したいとさえ思えてる。

それくらい、衝撃的で色んな感情が混ざり合ったのが一瞬の間に得られて。

告白が成功したわけやないのに、これ以上ないくらいの安心感と喜びが胸の中を満たしてた。

それはきっと、遥が希望を持たせる振り方をしてくれた事から来るものやと思うけど、頭では理解してても心は全く振られた気になってない。

例えば、遥が他の誰かと付き合ってしまったら、おそらく恋人面をして裏切られたと思ってしまうやろう。

例えば、このまま何もなく卒業を迎えたとして、約束と違うと憤りを見せてしまうやろう。

遥は時々詰まりながらもちゃんと説明してくれたし、ちゃんと一回気持ちを受け止めた上で真剣に考えて振ってくれた。

それやのに、宙に浮いてしまいそうなくらい体が軽くて、流れていく景色がいつもより鮮やかな気がした。



寝惚け眼をこすりながら朝の準備をして家を出て登校する。

その間もずっと変化は消えんくて、何度も頬をつねったのに夢の中にいるような気がし続けてた。

辛うじて赤信号で止まるくらいの冷静さは持ててるけど、それすらも危ういと自分で感じられるくらい、注意力が散漫で思考が現実から離れたところにある。

なんか、自分がゲームのキャラクターになってそれを操作してるみたい。

体を動かす頭と、考えに没頭する頭。

二つを持ってるような感覚がしてくる。


「遥!おはよう」

「お、おはよう」


無理矢理体をねじ込んで乗った電車で、すぐ近くに遥の姿を見つけた。

いつもは満員電車に辟易としてて降りてから同じ車両に乗ってたのに気付く事があるくらいやのに、今日は乗った瞬間にサラリーマンの間に埋もれてた遥を見つける事が出来た。

なんか、景色が変わっただけやなくて視野も広がって、視点がいつもより上にある気がする。

でもまあ。

いくら遥見つけてテンション上がったからっていうても、満員電車で大きい声で挨拶したらあかんよね。

よく大きい声を出す遥でさえ、周りの反応を見て居辛そうにしてる。

告白してきた相手と一昨日振りに再会した気まずさも相まって、押しつぶされそうな現状以上に居心地の悪さを感じてそう。

心の中でだけ、謝罪しとこ。

雰囲気を悪くした張本人やけど、ボリューム関係なくこれ以上声出して視線を向けられたくないから。




「葵、、。あれわざとだろ、、」

「あれ?あー、、。わざとやないよ。遥見つけてテンション上がってしまってん」


学校の最寄り駅で電車を降りる。

ジト目で口撃を開始しようとする遥に事実を伝えたら、何とも言えへん表情で口を歪ませて黙ってしまった。

もう想いを伝えてしまったから、気持ちを隠すストレスがなくて思った事を全部言える。

自分にとってはそれが想像も出来てなかったくらい楽で現実感の無いふわふわした幸福なものやけど、遥にとっては今までみたいな言い合いが出来んくて何となくやりにくそう。

遥との中身のない言い合いも好きやけど、一目惚れした頃の遥を見てしまったから、あの頃の大人しい性格相手に言い合いをしようとはどうしても思えへん。

喋り口調とか表情とか。

まだまだ元の状態に戻ったわけやないけど、どうしても自分が一番好きな遥が今の遥の顔に重なって見えるから。

駅で拓海を待ってる間、他愛もない会話をしながら重なった遥の表情を愛でた。

何となく遥と話しながら違う人の事考えてるような気分になって申し訳ない気持ちになるけど、暫くはこのまま。三年越しで最愛の人に会えた余韻を噛み締めたい。



「拓海!おはよう!」

「おはよう拓海」

「二人ともおはよ」


一瞬に感じた数分後。

合流した拓海と挨拶を交わして学校に向かう。


「拓海、なんか疲れてないか?体調大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ。ちょっと夜更かししちゃって」


遥が心配を口にするまで、ふわふわした頭では拓海の体調が悪そうな事に気付けんかった。

いつも遥のほうが気付くのが早いけど、心配を口に出す前くらいには同じように気付けてたのに。

自分の中での優先順位に、差が付いてしまってるのを感じた。


「二人に貰った靴が嬉しくて眺めたりとか合わせる靴下考えてたら時間かかってさ。早く履いてるところ見せたかったから、もう履いて来ちゃった」

「やっぱこれあげてよかったな、葵。似合い過ぎてる」

「そやね。でも、靴下って学校指定やから、紺か白の二色だけやない?」


あげた靴を拓海が履いてる姿を色んな角度から見てべた褒めする遥にヤキモチを妬いて、大して褒める事もせんといつも遥にするような突っかかりを拓海にしてしまった。

二人に見せたいって早速履いてきてくれて喜んでくれて嬉しいはずやのに、遥がプレゼントしたものを拓海が喜んだみたいに頭の中で無意識に変換されてしまって素直に喜ばれへんかった。

純粋で優しくて真っすぐな拓海には、冗談でも棘のある言葉使いたくないのに。

今日は、というか暫くは。

自分の感情とか言動が調整出来なそうで怖い。

遥と仲良くなる事は望んでも、拓海と仲悪くなる事は望んでないのに。


「それは、、朝お気に入りの靴下履いてから気付いた、、、」


その光景がありありと想像出来てしまうような表情でそう言う拓海を見て、舌に乗っていた毒気が抜かれた。

なんで、こんな癒しキャラの拓海に棘のある言葉使ってしまったんやろ。

理由は分かってるのに、それでも疑問に思ってしまうくらい自分の感情が信じられへんくなった。

目指すところは、遥と付き合って、それでも変わらんと三人で仲良く居続ける事。

無意識の内に嫉妬してしまったり棘のある言葉使ってしまったけど、何とか意識的に抑えられるように、拓海ともずっと仲良くおれるように、ちゃんと理性的に頑張ろ。


(、、、ちょっとずつ)


いつも通りの拓海と遥の距離感に嫉妬してしまってる自分を客観的に見て、課題を未来に丸投げした。

いつかきっと。

今日の感情の変化を笑い話に出来る時が来る事を願って。












「今日は長谷川先生が不在の為、男女混合で練習を行う。まずはいつも通り二人組になり、向かい合って素振り」

「「「はい!!!」」」


全国大会が終わってから初めての合同練習。

男女別で1から順番に数字を言っていって、同じ数字になった人同士で向かい合って素振りをする。

なんの奇跡か、適当に並んでたのに遥と同じ番号やった。


(、、、あれ?)


落ち着いてない感情のせいで足が浮いてるような感覚がある以外は何てことないいつもの練習風景のはずやのに、違和感を覚えた。

何となく、見慣れた遥の剣筋がいつもと違うように見える。

どこが違うか聞かれたら、ただの素振りやし答えられる自信はないけど、それでも違和感は確実にある。

どこが違うんやろ、、、。

違和感を探る事に集中してたら周りと遅れてしまってた事に気付いた素振りの速度を戻して、真面目に練習しながら遥の動きをじっと観察してみる。

でも結局。

向かい合った素振りが終わってもその後の練習の時に横目で観察しても、違和感の正体に気付く事は出来ひんかった。

もしかしたら気のせいかもしれへんって気持ちもあるのに、なんでかどうしても気になってしまう。



パンッ───

「打ち込みやめ!次、素振りの二人組から時計周りで全員と当たるまで模擬戦。時間は2分の一本先取。始め!」

「「「はい!!」」」



今日二回目。

40分振りに遥と向き合う。

結局、ここに来るまでに違和感の正体は分からんかった。

良いところを見せたい身としては万に一つも遥に負けるような事態は避けたいし、模擬戦前に突き留めたかったけど、、。

でも正直。

違和感が分かったところで今日は何となく勝てへん気がする。

素振りをしてる時も型をなぞる打ち込みをしてる時も、いつもより全然集中出来んくて、自分の剣筋がぶれてるのが分かった。

剣速も、怪我した時くらい遅くなってる。

経験値とか予測とかで何とかなればいいけど、遥はやたらと打ち込んでくるから、避け切れへんかもしれんのよなあ、、。

早めに勝負決めんと。



(あれ、、、?)



集中力の低さをカバーしようと思って開始と同時に打ち込んだら、竹刀の側面で往なした遥に距離を取られた。

雑な踏み込みと面やったし往なされた事はそこまで驚きではないけど、その往なし方と距離の取り方に心がざわついた。

もう一回、、。


(やっぱり)


いつもの遥と、剣道のタイプが違う。

猪突猛進で相手に打たせる隙を与えんくらい時間いっぱい打ち込むのが遥の手法やのに、今日は全然打ち込んでこうへんどころか距離を取って動きを観察してくる。

もう、体感で1分くらい時間経ってるのに、まだ一回も打ち込んでこうへん。

怪我してるんかな────



「コテーーーーー!!!!」

(ッ!!!)



一瞬の出来事やった。

一気に距離を詰めてきた遥が面を打とうとしてたから喉元に竹刀を置いて突きが入るようにしてたのに、後ろ足に体重を乗せてた遥は竹刀が当たる寸前で下がりながら小手を打ってきた。


(これ、、、あの時の、、、)


遥に負けた事よりも、もっと衝撃的な事実が襲って来た。

今の勝ち方。

足運びも技の選び方も試合運びも。

全部全部。

中学の全国大会で見た遥のものとそっくりやった。

速度も技のキレも段違いになってるけど、それでも見間違えるはずがない。

一目惚れしてから、自分の対戦相手の分析も忘れて遥の試合を一つも逃さず見てたから。

あの時は、もう会う事はないかもしれへんと思って必死やったし、それで分析が出来て無くて準々決勝で負けてしまったのは仕方のない事やと思う。

でもやからこそ、遥の剣道のスタイルが中学生の頃のものに戻ってるのに気が付けた。


(約束果たそうとしてくれてるんかな…)


推測やし、希望的観測でしかないけど、原因があの時してくれた宣言な気がした。

〝本当の自分で過ごす〟

まだ性格は元に戻ってないけど、変わっても周りから何も言われにくい剣道から変えたんやとしたら、自分の頑張りが遥が素を出せる手助けになってる気がして優越感を感じた。

自分だけが遥が素に戻っていく経過を楽しめて、自分が一番早く素の遥を好きになってて、気持ちも既に伝えてる。

これだけ優位な条件が揃っててまた振られてしまったら、完全に遥のタイプじゃなかった事が分かってしまうからより傷付いてしまうけど、、、。

今はまだ、そんな事を考えんとこうと思う。


(とりあえず、、)


遥に負けたのを見てた次の対戦相手を倒す事に今は集中しよ。

いつもは対戦する時萎縮しよるのに、調子が悪いのを見抜かれたんかかなり落ち着いてる。

顔は隠れてるから見えへんけど、多分油断し切ってるんやろうなあ、、、。

正直まだ心がふわふわしてて集中し切れてるかと言われたらそんな事はないけど、遥が宣言通り頑張ってくれてるみたいに、自分も頑張ろ。

全国大会は終わってしまったけど、約束の期限の卒業式まで、少しでも負ける回数が減らせるように。

頼りがいのあるところ見せられるように。















3月中旬。

告白から約半年が経過した。

あれから遥は少しずつやけど変わっていって、大して関わりのない他クラスの生徒からも気付かれるくらい、素が出せるようになってきた。

ただ、約束の期限の今日。

卒業式の日になっても遥からは何の話もなく、素に戻ってきてる以外に特に変わった素振りもない。

もしかしたらやっぱり夢やったんかな、、、。

あれだけ何度も頬を抓って確認して、約半年の長い時間を過ごしたにも拘らず、遥からのアクションが何も無さ過ぎて現実味が徐々に薄れてきてしまった。

告白から一ヶ月で浮ついてた心は完全になくなって、そこからは遥の変化を楽しんで、最近は卒業式が近付いてきてるのになんの動きも無い事に焦って。

大学は無事に第一志望のところに受かったけど、正直なところ約半年間遥の事を考えてない時がなくて、入試テスト中も考えてしまった時は落ちたと思った。

それくらい、ずっと頭の中にも心の中にも遥の姿があった。


(今日告白されへんかったら遥の気持ちはなびかへんかったって事やんなあ、、、)


半年経った今でも、あの時の遥の宣言をはっきりと覚えてる。

〝時間は掛かるかもしれないけど、告白する時は少なくとも卒業式までには頑張る〟

半年間。

告白するまでの期間も含めたら三年半。

ずっと遥の事が好きで、遥の事を考えて生きてきた。

この半年間は特に。

自分の気持ちと遥との恋の結末が、今日分かる。

遥の事と遥以外の事やったら、遥の事を考えてた時間のほうがこの三年間で多い自分にとっては、大事な卒業式とかみんなと離れる事よりも、告白されるかどうかのほうが優先順位は高かった。


「遥まだかなあ」

「そろそろ時間だもんね。駅着いたってLINE来てから結構経つのに、、」


校門前。

遥から今朝来てた〖今日は先に行ってて!〗っていうLINEを見た拓海と二人で、卒業式の開始20分前を迎えた。

そろそろ会場入りして座って待ってないとあかんのに、見える範囲に遥の姿が無い。

流石に告白期待されてるのが嫌過ぎて卒業式に来うへんなんて事はないやろうし、どっかでなんかあったんかなあ、、。

、、、嫌過ぎるからじゃないやんね?

自分で言っといて不安になってしまった。

嫌って言われても、期待してしまうのは絶対期待してしまうと思うけど。


「あ、来たよ。遥ー!、、、、遥?」

「アレ遥、、、?」


遥の事は三年間で見慣れたはずやのに、あまりにも大き過ぎる変化をしてて、同級生らしき人が遠くから歩いて来てるのに気付いてたのに、拓海が教えてくれるまでそれが遥な事に気付かれへんかった。

教えてくれた拓海も、驚きを隠せてへんみたいやけど。


(確かにこれは、、)


近付いて来た遥を見て、遠目から見て気付けんかった事に納得した。

近くで正面に居てくれたら分かるけど、同じ距離で街中ですれ違っても気付けへん自信がある。

それくらい、遥はここ半年の変化がゼロに思えてしまうくらいの変化を遂げてた。

自分がきっかけでここまでの変化をしてくれた事に対する喜びよりも、今はただ、驚きのほうが大きい。

遥を想う気持ちに、何の影響もないけど。


(むしろ、好きになったのが正解やったなって前より思ってしまったなあ)


斜め方向ではない、自分が望んでいた変化をしてくれた事で、遥に対する気持ちは更に増した。

告白に対する期待も一緒に。

むしろ、自分から告白したいと思えるくらい、今までで一番、遥に対する想いが募った。










「葵。家まで送って」


遥の変化に対するひと騒動、卒業式、友達との別れ。

色々あった後に、拓海を含めた三人で帰って、最寄り駅で一緒に降りて来た遥を送る。

前にした約束が卒業式が終わるまでやと勝手に思ってたから、何事もなく帰りの電車に乗った時はもう終わったんかなって半ば諦めかけてた。

いや、諦めかけてたって今から告白される事が決まってるみたいな言い方やけど、遥は別に告白する宣言をしてくれたわけじゃない。

ただ、家まで送ってって言われただけ。

それでも、誘ってくれた時の遥の姿が初めて二人で帰った時の自分の姿と重なったから、何かしら大事な話があるかもしれんって期待してしまうのは仕方ない事やと思う。

もしかしたら、半年間考えたけど結局好きになれんかったって言われるんかもしれんけど、、。


(表情暗いの怖いな、、)


沈んだようにも見える遥の表情には、あんまり期待が持てへんかった。

それに、駅からここまで会話がない。

何を話されるんかと緊張して何も考えられへんのと、遥も考え込んでるので、会話が生み出される兆しがない。

このままただ送って終わりのような、そんな可能性を感じ始めた。


「公園行こ」


可能性は、感じ始めたすぐ後に遥が公園に誘ってくれた事で否定出来た。

流石に、何も話す事ないのに引き留めて公園行かんやろうし、何かしらの話があるのは確実やと思う。


ドクン──ドクン──


心臓が、告白する決意を固めてた時みたいに激しく動く準備をし始めた。

まだ多分、病院で測っても問題無いって言われるくらいの心音の間隔やと思う。

でも、何か一つでもきっかけがあれば、すぐに激しく脈動してしまうんやろうなあと思った。

どうなるかは、この後の遥の話の内容に懸かってる。


(良い内容でありますように、、、)


道中にも繰り返した願いを改めて心の中で強く込めて、前に来た時と同じベンチに腰掛けた。

ちょっとだけ不自然な動きで遥が右に来るように調整して。

万が一心音を聞かれたら、多分心臓が張り裂けてしまうと思うから。


「卒業、、、しちゃったね」

「そうやなあ」


卒業。

そう、卒業した。

少しの間の沈黙の後に遥が零した言葉で、やっと自分がさっきまで卒業式に参加してた事を思い出した。

それ以外の事に頭がいっぱいで、画像フォルダに入ってる友達達との写真の事なんか、頭の片隅にも残ってなかった。


「結局、高校では一回も全国行けなかった」

「今の遥やったら行けるんやない?」

「今の?」

「うん。最近拓海以外に負ける事減ってきたやん」


剣道のスタイルが前に戻ってから、遥はどんどん実力を伸ばしてた。

猪突猛進タイプじゃない、遥本来の、フェイントで相手の動きを釣って隙を突く剣道。

最初は今までの遥と違う戦法に驚いて負けてた部員がほとんどやったけど、今は驚きがないのに実力で拓海以外の部員のほとんどに勝ってる。

最初からその戦法だったら三年とも全国行けたんじゃないか?って薮本先生に言われるくらい、今の遥は前とは比べものにならんくらい強い。

今までずっと負けてなかったのに、ここ数か月は遥と戦ってもぎりぎり勝ち越せるくらいやし。

一時期はそれで落ち込んだりもしたけど、中学の時から全国大会に出てて、尚且つ拓海とずっと打ち合ってきたんやったら強くてもおかしくないかと思い直して、ここ最近自主参加してた部活では一人のライバルとして遥の事を見てた。

そのせいか、最近は拓海との実力差が縮まってきてる。


(今やったら、遥の力と併せたら拓海に勝てるかもしれへんなあ)


そんなバトル漫画みたいな展開を考えてたせいかちょっとだけ心音が落ち着いて、同時に遥の話の一部を聞き逃した。

何とか相槌を打ってたら大学に入った後剣道続けるのかどうかの話に変わって、危機を回避した。

大事な場面やから、ちゃんと集中して聞かんと。



「それでさ、、あのー、、、今日実は話したい事があって、、」



他愛もない会話が途切れた後、気まずい空気を変えようと会話を切り出したくなる気持ちをぐっと堪えて待ってたら、遥が恐る恐る顔を上げて、申し訳なさそうな表情でそう言ってきた。


ドクン───


落ち着いてた心音が、また煩くなる準備を始める。

「うん」っていうたった二文字の言葉を返すだけやのに、声が上ずってしまった気がした。

恥ずかしさで、心音の感覚がちょっと短くなった。


「前に告白してくれたじゃん、、?あれから自分らしく居ようって色々変えてみたんだけど、、、どう、、だった?」

「、、一目惚れした時の遥に戻ってるみたいで嬉しかったし、やっぱり好きやなあって思った」


もしかしたら。

戻してはみたけど結局作ってた性格のほうが良かったって思ってるかもしれんと思って、素直な感想を伝えるのを一瞬迷った後に、正直に伝えた。

もしそうやったら、昔の遥を肯定するのは今の遥にとってしんどい事やと思うから。


(でも多分大丈夫)


不確定要素がいっぱいあるのに、ほんまに迷ったんか分からんくなるくらい一瞬で、不安が消えた。

告白してからの遥は、少しずつ笑顔が増えてた。

それも、作り物じゃない自然な笑顔が。

誰よりも遥を見てたからこそ、そこには絶対的な自信があった。


「あー、もう。なんでそんな恥ずかしい事目を見て言えるの」


(深呼吸深呼吸、、、、)

自分の言葉で顔を赤くしてくれた遥に、愛しさが溢れそうになる。

心音もいつの間にかどんどん煩くなってきてるし、心の中で深呼吸をイメージするだけではもうどうにも出来ひんところまできてた。


「ごめん、続けるね」


赤くなった顔をパタパタ仰いだ遥が、深呼吸を挟んで向き直ってくれた。

恥ずかしそうな表情に、胸が締め付けられる。


「まずありがとうって、どうしても言いたくて」

「ありがとう?」

「うん。あの時葵が告白してくれて、正直な想いを伝えてくれてなかったら、多分今日まで無理して過ごしてきてたと思う。だから、半年だけでもありのままの自分で高校生活を送れたのは葵のおかげ。本当にありがとう」


遥の感謝で、涙が溢れそうになる。

自分の想いを伝えただけやのに、捉え方によっては遥の二年半を否定するような内容やったのに。

気付かん内に抱えてた不安が、安心に変わって目を潤ませた。

今すぐにでもこの涙を流したいけど、、、。

遥の話が終わるまでは我慢したい。


「不安だったし怖かったし、嫌な事も言われた。葵と拓海以外は高校で初めて会ってると思うし、急に性格変えて二重人格みたいに映ったんだろうね。まあ間違ってはないのかもしれないけど、、」

「それでもさ。やっぱりありのままの姿でいるのは凄く楽で、三年生の終盤なのに今まで出来なかったようなタイプの友達も出来て。性格を作ってた事を後悔してないって思ってるけど、最初からありのままで居られたらどんな高校生活だったのかなっていうのも思っちゃった」


同じ大学を受験する同級生。

剣道部以外の同級生。

遥には確かに、ここ最近新しい交友関係が増えてた。

その誰といる時も、性格作ってた時期に出来た友達といる時より楽しそうで、それだけで遥の過去を肯定して直接伝えて良かったなって思ってた。

一緒にいる時間が減ったのは、寂しかったけど。


「だから、ほんとにほんとーに!ありがとう。葵がいなかったら、絶対何年後かに後悔してた」


もう、限界やった。

一粒だけ涙が溢れ出したところで抑えられへんくなってしまって、声は出してないけど涙は溢れるままに流し続けた。

でも、遥の話は止めたくない。

だから、心配してくれる遥を止めて、話の続きをお願いした。

好きな人の力になれるって、こんなに嬉しいんやね、、、。

遥がくれた感謝の言葉だけで、卒業式と道中で空けてきた心は満たされてしまった。


「それで、、さ。貰ってばっかりは嫌だし約束もしてたし、自分自身考えたかったから、あれからの半年くらい?ありのままの自分で、葵への気持ちを考えてた」

「スンッ─。うん」


溢れてくる涙を拭って、鼻を一回啜って、本題に入った遥の目を見る。

きっと今、不細工な顔してる。

遥はこんなに魅力しかない顔やのに。

でももう平静を繕えるような余裕はないから、潔く諦めた。


「見方を変えたら今までと葵が全く違って見えてさ、、。それに、今までいじってばっかりだったのに急に優しくなるし」

「今の遥の性格やと、いじったら傷付けてしまう気がして」

「ほんとそういうとこ、、」


今までなんでいじってたんやろって自分を疑うくらい、告白以降遥の事を大事に扱いたくなってた。

最近分かったのは、多分、素の遥を隠す作り物の遥を、心の底では嫌ってたんやないかなって事。

だから、ことあるごとに言い合いをして、メッキを剥がそうとしてた。

遥に嫌悪感を抱いた事なんて一回もないし、あくまで仮説やけど、、。


「正直、まだ完全に素の自分には戻れてないと思う。それでも、、、。それでも充分、、、えっと、、、」

「ゆっくりでいいからね」

「うん。えっとね?それでも充分、葵が魅力的に見えて、なんで今まで振り向いてくれない人に必死になって、高校生活犠牲にしてまで性格作ってたんだろうって思って」


ドクン─ドクン───


「こんなにも好いてくれて見ててくれて、一緒にいたいって好きだなって思える人がいるのにって、、」


(待って待って待って、、!)

望んでたのに、嬉しいのに、この後の言葉聞くのが怖い。

心臓も煩くて顔も熱くて、、。

どうしようどうしよう───








「だから、もし葵が良かったらだけど、、。葵の恋人にしてほしい」

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