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『すごいですね!!

 これならひとり暮らしも安心です!』



「……っ!!」





 わざとらしく称賛するタレントの声が大きく響き、遠山の肩が僅かに跳ねた。

 作業の供として、音量を下げて流していたニュースは、いつの間にか通販番組を映していた。


 別にタレントもテレビも悪くはないのだが、反射的に、思わず、彼はギロリとテレビを睨みつけた。


 生憎、テレビは生きていない。

 職場ですら慄かれる目つきを受けても、飄々と映像を垂れ流している。




(支障が出るなら本末転倒だな)



 さっさとテレビを消してしまうと、遠山は再びメモ帳に視線を戻した。

 しかし、またもや顔を顰めてしまった。


(集中力が切れてしまったか……)

 

 仕方ないと、徐に男は席を立った。

 何か飲み物でも口にしようと思ったのだ。




 キッチンは一階にある。


 部屋の外がすっかり静かになっているのを確認して、遠山はゆっくりと階段を降りた。

 作業中、廻斗の部屋からも怪しい物音は確認していない。

 恐らく、大丈夫だろう。

 



(そういえば、さっきの通販番組……)



 消す間際、ちらりと見えただけだったが、遠山は難なくその商品を思い出すことができた。


 自動応答システムを組み込んだドアベル。


 なんでも一人暮らしの人間をターゲットにしている商品らしく、来客を認識して、ドアベル自体が収録した音声で対応するというものらしい。


 収録音声がドスの効いたかな低い声だったので、防犯面で『ひとり暮らしでも安全ですね!』とタレントが反応していたのだろう。




(……母さんが1人になることが多いから、うちもつけた方が安心か?

 あ、でも、このくらいだったら兄さんが作れそうだな……)


 材料費と手間を考えれば購入した方が楽だろうが、凝り性な廻斗ならば、通販番組よりも高いクオリティで作ってしまいそうである。


 実際、似たようなものなら過去に作っていたことを、遠山は思い出していた。




 さて、男は無事に家族を起こさずにキッチンにたどり着いた。

 リビングの方からチクタクと時計の針の音だけが目立って聞こえた。


(もう、こんな時間だったのか……)


 キッチンの灯りで薄く照らされた時間を見て、遠山は少し考えた。

 元々コーヒーを飲むつもりだったが、結局マグカップにお湯だけ注いだ。


 もう休もうと思ったのである。


 ……本当のところは、本日も番をしたいところなのだが『今日くらいはしっかりと休んで次働いて』と釘を刺されている。




(……寝れるだろうか?

 ……いや、寝れるのかじゃなくて、寝るんだ遠山!)



 意気込んで、白湯を一気に口に含む。

 ……舌を火傷した。



「あつっ……」


 

 伊沢がいたら

「そーゆー残念なところイイと思うッスよ!」

と言うかもしれない。


 むしろいっそ笑い飛ばしてほしいと、遠山は少し悲しい気持ちで、残りの白湯をちょびちょびと飲み始めた。



(……気合を入れたところで、やっぱり、寝れないだろうな)


 理性の判断にこころが追い付かないことはままある。

 割り切っても割り切っても、おとなしくはしていられないと、気持ちが叫んでいた。



(だが、このまま考えても、実を結ぶとは思えない)



 空になったマグカップを置き、カーテンを捲ると、かの想い出の木がいまだしっかりとした様子で立っているのがみえた。



 そこそこの樹齢であるが、子供どころか大人の体も支えられそうな安心感を感じたとき、男はこんなことを考えた。


 ……眠れないときは、体を動かすに限る。



「……のぼるか」



 時に、遠山は天然であった。

 このような突拍子もない行動をしでかす悪癖があった。



 外に出てすぐに、遠山は木をのぼる。

 腰に警棒を下げて、適当にひっかけたサンダルで、危なげなくのぼる様子はさながらスタントマンだが……。


 残念ながらこの姿をみた大半の人間は泥棒の方を警戒するだろう。


 通報されるという危険性を、この時の遠山刑事の頭からは完全に抜けていた。


 このまま寝れなければ、もうパトロールを始めるのもいいんじゃないか?

 完全にハイになった頭はメチャクチャなことを考えてさえいた。



 ある程度登りきった遠山の目に、まっさきに映ったのは兄・廻斗の部屋であった。

 家出の時は、この窓をつたって外にでたものである。

 これ以上はあがれない、登るには頼りない上の枝が風でそよいでいた。



(なにやってんだ、俺……)


 ようやく冷えた頭で、自分自身に苦笑する。


 今は兄は寝ているのであろうか?

 もし兄が起きていて遠山のこの姿を見られたのなら、きっと嫌みのひとつやふたつ

飛んでくるに違いない。



「……?」


 ふと、遠山はあることに気が付いた。

 ……窓がわずかに開いているのだ。


(不用心だな……?)


 しかし、あの神経質がこんな窓を開けっぱなしにするなんて、あり得るだろうか?



 胸騒ぎがした遠山は、思い切って窓に手をかけた。


 思い出の木。


 最低限の手入れで放っておきっぱなしの木を伝えば、殆ど苦労なく部屋に侵入することができる。



 なにもなければ、遠山が廻斗にしこたま怒られるだけだ。

 なにもなければ……。




 しかし、願いも虚しく。


 兄の部屋から、肝心の主の姿が消えていた。



 (……どうして)


 だって、物音ひとつ、しなかったじゃないか。


 愕然とする遠山の頭に、今まで見逃していた違和感が一つの答えを浮かびあがらせる。





 ……思えばずっと、らしくなかったのだ。





 静かな部屋で携帯のバイブレーションだけが響く。

 殺せない勢いのまま、遠山は電話口にかじりついた。


「伊沢さん!!」

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明け星奇譚 ー怪異専門家「伊沢深泉」の事件簿ー 一 眠処 @cat-2n0mae_7

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