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 一方、自室で遠山からの報告を受けた伊沢は、ピッと無機質な切断音を皮切りに無意味な呻き声を吐き出した。




(くっそ、ヤらかした……!)



 谷崎の死亡は、伊沢にとっても想定外の出来事であった。

 壁に背中を預けると、珍しく悔しさを露わにした。


 しかし、この男の切り替えは早い。

 申し訳なさを感じようが、出てしまった犠牲は取り返せないのだ。

 それならば、せめて事件解決に繋げるしかない。



 ふと、先ほど電話で聞いた遠山の声が、僅かに震えていたことを、伊沢は思い出した。

 彼は今頃、心を揺らしているのであろう。

 未熟だ、と伊沢は思う。

 だから、遠山には捜査官は向いていないとも。


 ……同時に、少しだけ伊沢は羨ましいと思っていた。

 しかし、それがどうしてなのか、伊沢自身も理解できていなかった。




(……さて)



 最後にガシガシと頭を掻いて、伊沢は素早く思考と感情を切り替えた。

 改めて、ホワイトボードに向き直ると、そこには大きな文字でこう書かれていた。


【なぜ、ドッペルゲンガーでなければいけなかったのか?】


 伊沢は、この問いこそが、事件の全てを解き明かす鍵になると考えていた。



 そもそも、今回の事件は内容こそ、

『ドッペルゲンガーが、発生時期ではないにも関わらず、大量発生した』

 というものだが、事件の本質はそこにはないと、伊沢は感じていた。



 もし、それだけであるならば、実は事件はもう解決する。


 ドッペルゲンガーの大量発生の原因自体は、仁成大学のオカルトサークルで間違いないからだ。

 オカルトサークルの手によって噂が広まり、ドッペルゲンガーが発生しやすい状況になっていた。


 そのため、サークルのドッペルゲンガーに関する活動を止めて、後は人々の興味が薄れるようにSNS上の空気を誘導し、忘れた頃に関連記事をこっそり消去していく。

 それまで捜査官たちはパトロールを欠かさず行う。

 正体はわかっているため、討伐は容易い。

 地道で気長な対処方法になってくるが、解決自体はこれで出来る。



 しかし、これはあくまでも問題の中心が、ドッペルゲンガーであった場合である。

 伊沢は問題の中心には別の、【黒幕】がいると考えているのだ。



 この考えが決定的になったのは、皮肉にも谷崎の死がきっかけだった。

 谷崎は【ドッペルゲンガーに殺された訳ではない】と、伊沢は断定した。


 まず第一にドッペルゲンガーを生み出すほどの動機が、谷崎にはないからである。

 人間は誰しも自死をふと考えてしまうことがあるだろう。


 谷崎がそうであったかもしれない可能性を否定することはできないが、谷崎にはこれから先の展望があったことが引っかかる。



 ……彼女は、自身の家族、〝弟〟のために谷崎には怪異捜査官で居続ける理由があると、遠山に語っていた。


 不可抗力にも、その会話は伊沢たちにも丸聞こえだったのだが、そのような動機がある人間が、ドッペルゲンガーを生み出す可能性は低い。


 また、明確な証拠をあげるなら、【谷崎の首がなくなっていること】である。



 ドッペルゲンガーは個々の怪異である。


 故に変質が少なく、【自分を殺すこと】に特化しているのである。

 首を切って殺すことは、百歩譲ってあり得るとして、首が見つかっていないことは不自然である。


 自殺という現象を終えたドッペルゲンガーはその場で無に変える、首を隠す時間はないし、そもそも首を隠す必要性がまるでないのである。

 


 怪異は人とは違う、あくまで現象だ。

 現象以上のことは、行わない。



 残穢が出たということは、谷崎は怪異に殺されたのは間違いないだろう。

 しかし、それは少なくとも、ドッペルゲンガーではない。


 同時に、事件とは無関係とも言えないだろう。


 あまりにもタイミングが良すぎるし、仮に黒幕が居たとして、谷崎の探知能力はかなり厄介だ。

 積極的に排除したいと考えて良いだろう。




 さて、その黒幕とはオカルトサークルなのか。

 答えは、否だ。


 オカルトサークルと遠山たちの対話を通して、伊沢は彼らの怪異に対する知識の浅さを感じ取っていた。


 ドッペルゲンガーを広める方法は知っているが、それだけだ。

 今回の黒幕は、怪異についてある程度知り尽くしていると想定される。


 しかし、オカルトサークルは怪異を現象だとすら見ていなかった、この時点で黒幕像から反する。


 また、彼らの言葉やあの大学掲示板の会話から、オカルトサークルにはパトロンなる存在……【明け星さん】が存在する。


 そこの情報を鵜呑みにしているならば、むしろ彼らは手のひらで動かされていると考えた方が自然だ。




 さて、では黒幕は【明け星さん】なのか?

 こちらもまた、否であった。


 明け星さんが、あの怪異・明け星なのかはわからない。


 しかし、【秘密の電話番号にかけると、運が良ければどんな質問にも答えてくれる怪異】が、その明け星さんという怪異ならば、この怪異が主体性を持って黒幕という機能を果たすとは考えにくい。


 怪異はあくまで怪異だ、やはり、現象以上のことはしないのだ。


 ドッペルゲンガーを広める方法について教えたのが、明け星さんでも、それ以上のことは現象の範囲外だろう。


 しかし、……ここで、伊沢の思考は一時停止してしまった。




「また、ここでひっかかるんッスよねぇ……」



 さて、明け星さんがドッペルゲンガーについて教えたのならば、ドッペルゲンガーを広めた事件はそれ以上の意味を持たなくなってしまう。


 谷崎の死が明らかに、第三者の意図が絡んでいたものだったとしても。


 このままでは「なぜドッペルゲンガーであったのか?」という問いは『明け星さんの回答だったから』以上のものではなくなってしまうのだ。




「……考え方が悪いんスか?

 それとも、何か先入観で排除している考えがあるとカ……」



 あるいは、ドッペルゲンガーは然程重要ではないのか、黒幕という考え自体間違っているのか。


 煮詰まり始めた思考に新たな刺激を取り入れるように、伊沢はなんとなく視線を動かした。


 ……その過程で、散乱した資料の中に、明け星の名前が見えた。


 かつて、伊沢に助言を行った怪異。


 その記憶はなくとも、たとえ現象にしかすぎなくとも、少なくともともに事件を解決したという事実があったもの。



(明け星が居れば分かったんスかねぇ……)



 ここまで考えて、伊沢はふと、ピースがハマる感覚を覚えた。



 たとえ相手が現象であっても。

 それこそ人間同士のバディとは異なるだろうが、人間と怪異が手を組む可能性は0ではないのでは?


 それこそ、主体性を持って黒幕を張れる存在が、明け星さんとやらと手を組んでいたとするなら?



 そこまで考えていた際に、再び伊沢の携帯が振動した。


 確認すれば、頼りになる協力者の名前。

 すぐに内容を確認すれば、彼にしてはやや堅い文体でこう書いてあった。




《リーダー、明け星さんの例のURL復元できたでござる。

 加えて、谷崎殿が最後に通話した相手も特定できたでござる。


[添付ファイル]》



 添付ファイルは3つ。


 1枚目は、どこかのサイトのスクリーンショットらしき画像。

 明け星さんの大まかな概要のほかに、秘密の電話番号が記載されていた。


 2枚目、3枚目はそれぞれ谷崎の電話帳と、通話履歴であった。



 一見するとバラバラな情報、しかし、そこには驚くべき情報が示されていた。

 ……なんと、谷崎が死ぬ直前にかけた電話番号と、秘密の電話番号は一致していたのだ。




「マジかよ……」



 また、電話帳にその電話番号を見つけると、伊沢は少し動揺した。


 同時に、

(あぁ、やっぱり)

 という気持ちも湧いたのだが。


 おそらくURLの復旧は黒幕の予定外であったのだろう。

 これさえなければ、伊沢は不確定要素を抱えたままであったであろうから。




「……これで、黒幕は、怪異を知る、そして明け星さんと協力関係にある、人間で間違いねぇッス」



 伊沢がなぜ断定に至ったのか、そしてどうしてドッペルゲンガーの事件は起こされたのか。


 それらの全てを披露する前に、今度は伊沢がある人物に電話をかけた。



 ほんの少し躊躇する気持ちもあったが。



 しかし、彼もまた捜査官なのだ、たとえ向いていなくとも。

 捜査官の第一は、怪異の撲滅、事件の解決である。




「もしもし、遠山くん。

 聞きたいことがいくつかあるんスけど……」 

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