消えたウサギ🐰

チャららA12・山もり

第1話

 小学校で、一羽のウサギが居なくなったらしい。

 

 教壇きょうだんに立つ京子先生からウサギが居なくなったことを聞くと、五年二組のクラスメイトたちは落ち着きがなくなった。

 

 席に着いたまま、横を向いたり、後ろを向いたりしているクラスの皆を、僕は一番後ろの席でひじをつきながら、ぼんやり眺めていた。


「ウサギが居なくなったって、マジ?」

「ウサギ小屋の金網が壊れていたんだから、逃げるのも当たり前」

「二匹とも居なくなったの?」

「ウサギは二羽って数えるんだよ。それに、一羽がいなくなったって、先生が今、言っただろ」

「ちゃんと先生の話を聞けよ、バカ」

「バカって言っちゃいけないんだよ」


 話が、ウサギから逸れていくなか、僕の前に座る鈴本くんは、じっと何かを我慢しているような感じだ。どこか緊張して、身体が強張っているようにも見えた。


 どうしたんだろう――。


 けれど、前の方では、クラスメイトたちが休憩時間のようにワイワイとおしゃべりを始めていた。


「バカがダメなら言い換える。頭悪いんじゃね」

「バカがダメなら、いいカエルだって、ゲロゲロ~」

「アハハハ」


 教室が騒がしくなっていくと、教壇に立っている京子先生が手を叩いた。


「はい、はーい。みんな静かに。そういうわけで、今日はウサギ小屋の金網を修理するので邪魔をしないように。それと、帰りもしばらく集団下校です。保護者の方が帰りに迎えに来てくれますから」


「じゃ、クラブもお休み?」

「もちろんよ。放課後の運動場もダメ」

「うわぁ、最悪! 誰だよ、ウサギを盗んだのは」

 クラスで一番身体が大きなケントが言うと、また皆が騒ぎ出した。

「盗んだってマジ? うさぎが居なくなったのは、盗まれたってこと!?」

「窃盗って言うんでしょ」

「誰だよ、犯人。もしかして……、このクラスに犯人がいたりして!」

 その言葉に、びくっと体を動かしたのは僕の斜め前に座る宮部さんだった。


 先生が言う。

「はいはい。この話はここまで。ウサギが見つかったらまた言うから。じゃ、授業を始めるわよ」


 先生が授業を始めたけれど、僕は集中できなかった。


 ウサギがいなくなったのは、うさぎ小屋の金網が外れていたからだと、先生は説明した。けれどケントが言うように、誰かが学校に侵入して、金網を壊してウサギを盗んだことも考えられる。


 だから集団下校なのかもしれない。

 すべての授業が終わり、集団下校の時間になった。


 校門前には警察の人がいて、保護者の人も来て、僕は席に座ったまま教室の外の様子を眺めていた。


「ねぇ、ねぇ、こんなのって、半年前のこと以来だよね」

「うん、ミヤウチくんのことでしょ」


 ハッとしたクラスの女子たちが、一番後ろに座っている僕を振り返って口をつぐむ。


 僕は、いたたまれない気持ちになって、机に視線を落とした。


 五年二組のクラスで動物係りだった僕は、半年前、隣の空き教室で飼っているインコを鳥カゴから逃がしてしまった。

 担任の京子先生は、気にしなくていいと言われたけれど、僕は家に帰ってから、インコを探しに出かけた。公園や河原に探しに行った。そうしていつのまにか僕はどこにいるのか分からなくなってしまった。


 隣町まで行っていた僕は迷子になって、次の日、大騒動となっていたのだ。


 そのことをクラスの女子たちが思い出したみたいだった。

 僕の前に座る鈴本君が、ちらっと後ろの僕の方に視線を向けた後、となりの宮部さんにささやくように言った。


「ねぇ、宮部さん。家に帰った後、学校裏のフェンス前に出てこられる? ウサギの小屋があるところ。フェンス越しでもウサギの様子が見えると思うんだけど」


「うん、そうだね……。夕方の五時ぐらいだったら、あの通りは誰もいないと思う」


 家に帰ったあと、フェンスの外からわざわざウサギを見に来るなんておかしい……。

 もしかしてウサギがいなくなったことと、二人は何か関係があるのかな?

 朝の会でも京子先生から、ウサギがいなくなったことを聞いたとき、二人の様子がどこかおかしかった。

 気になった僕は、誘われていないけれど、二人が待ち合わせた時間に学校裏のフェンス前に行くことを決めた。


『いってきま――す!』


 夕方の五時になって、お母さんにそう言って、学校へ向かった。

 すでに鈴本君と宮部さんは、学校裏のフェンス前にいた。

 フェンス越しからウサギの家を見ている二人は、僕に気づく様子もなく、食い入るように前を見ている。


「ウサギ小屋の金網は、もう直っているのかな」

 鈴本君が前に視線を向けたまま言うと、宮部さんも前を見ながら応える。

「うん。今日は校務員さんが休みだから、教頭先生や他の先生も一緒に小屋の金網を直したらしいよ」

「教頭先生まで?」

 鈴本君が驚いて宮部さんに聞き返していた。

「うん。今朝、ウサギがいなくなったのをみつけたのは教頭先生だって。お休みの校務員さんの代わりに朝の見回りをしていたとき、一羽いないことに気づいて、だから教頭先生も、ウサギのことが気になって、修理を手伝ったんじゃないかって、お母さんが言っていた」

 宮部さんのお母さんはPTAの会長だから、こうして僕たちの知らない情報を知っている。けれど、いつもはそんなことを口にしない宮部さんだけど、今日は特別のようで、熱心に鈴本君に話していた。

「これも、お母さんから聞いたけど、警察が調べても誰かが学校に侵入した形跡はなかったって。警報装置も作動しなかったから」

「そうなんだ。じゃ、ウサギが居なくなったのは、誰かが学校に侵入して盗んだってことじゃないってことだよね。……もしかして、イタチに?」

「その話も出たみたいだけど、血の跡もなかったって」

「じゃ、ウサギは、生きているってこと?」

「そうだったらいいね。はやく見つかるといいな」

 鈴本君と宮部さんの会話から、ウサギがいなくなったことと二人は関係がないみたいだった。


 やっぱりウサギは、金網の外へ逃げたってことなのかな……。


 それなら、探さないと――。


 僕は、二人に見られない様に、学校のフェンスをくぐった。


 そうしてこっそりと、ウサギ小屋に近づく。

 覗いてみると真ん中にいるのは白色のウサギが見えた。前から飼っている白ウサギだ。

 それなら逃げたのは、くりくりとした大きな目の茶色のウサギだ。近所の人が飼えなくなって、最近、学校で引き取ることになったウサギだけど、やはり見当たらない。

 小屋の前で、中の様子を静かに見ていると右の隅に積んである藁が少し動いた。


 しばらく、目を凝らす。


『あっ!』 


 つい大きな声を上げてしまった。

 とっさに、僕は手で口を押えた。


 僕の悪い癖だ。

 驚くと、つい大きな声が出てしまう。


 勝手に校庭に入ったことが見つかったら、先生に叱られてしまう。


 でも、どうしても、今、僕が気づいたことを二人に教えてあげたかった。

 振り返ると、僕の大きな声が聞こえなかったのか、二人はフェンスの向こうでまだ話に夢中になっているようだった。

 なぜか二人とも、今にも泣きそうな顔になっている。


「わたしが教室の窓を開けていたから」

「だって、それは宮部さんが掃除当番だったから……。インコが逃げたのは僕のせいなんだ。インコの水の交換のために廊下へ出たミヤウチくんを見かけて、僕も手伝おうと思ってエサ入れを取り出そうと鳥カゴを開けた。そんなときにミヤウチくんが戻ってくる姿が見えて、僕は、なんだか急に悪い気がして、そのまま廊下に出ちゃった。僕がインコのかごを開けっ放しにしちゃたから……」


 そうだったんだ――。 


 教室の窓を開けたのは宮部さん。そして、鳥かごが開いたままになっていたのは鈴本君だった。


 あのとき僕は、自分が閉め忘れたのかと思って、つい大きな声を上げてしまった。

 その声に驚いたインコは鳥カゴから、教室の外に逃げてしまった。


 でも……、どうして今頃、そんな話を二人はしているのだろう?


「もう、あんなの嫌だったから」

 宮部さんが首を振った。

「うん、僕も。いなくなるのは嫌だ」

 半泣きの声で鈴本君が言った。


 残念だけど、あのインコはみつからなかった。

 今ではインコを飼っていた鳥かごも、隣の誰も使っていない教室も使えなくなってしまった。


 でも、ウサギはここにいるんだ。


 だから僕はふたりに声をかける。


『ねぇってば、ウサギが二羽いるんだよ! 見て、見て。ちょうど隠れているけれど、小屋の奥の端っこに藁が積まれていて、土の地面に穴が開いている。その穴の中にウサギは隠れているんだ。さっき宮部さんが言っていたでしょ。今朝の見回りは、いつもの校務員さんさんじゃなくて、教頭先生だって。教頭先生はウサギが地面の土に穴を掘っているなんて知らなくて、藁で見えなかったんだよ。それに、今日は網の修理で大きな音に驚いて、ずっと穴から出てこられなかったんじゃないかな』


 僕の言葉は、二人に届いてないみたいだった。


 ちぇっ……。


「もし、インコが教室の外に逃げなかったら、ミヤウチくんは探しに出かけなかった」

 宮部さんが言うと、鈴本君がこくりと頷いた。

「ミヤウチくんも、あんなことにならなかった……」


 え? 

 なんの話をしているの――?


 僕のこと?

 そういえば……、あのとき――……。


 そうだ、インコが居なくなったあの日、僕は学校から帰ったあと、近くの公園へ探しに出かけた。

 そこでもインコが見つからなかったから、川の近くまで降りて行った。

 川岸まで降りると大きな鳥が急に飛び立って、驚いた僕は、岩で足をすべらせて川に落ちてしまった。

 

 ああ、そうか、僕はあのまま隣町まで流されたんだ。


 だから、今朝、うさぎが居なくなったと聞いて、あの日のことを思い出して、二人はここに来た。


 インコを逃がした責任を感じていた二人は、今回うさぎが居なくなったことで、どこか落ち着かなかったのだろう。


 でも、いいよ。

 もう、気にしなくていいよ。


 だって、宮部さんは僕の机を毎日拭いてくれる。


 教室の一番後ろ、隅っこにある僕の机。


 鈴本君は、僕の机の上に置かれている花瓶の水をかえてくれる。


 白い花や黄色い花が飾られた花瓶の水を。


 だから、ふたりに教えてあげたい。


 ここにいることを――。


『ねえ、うさぎはここにいるよ』


 僕はうさぎが入っている穴から、うさぎを出るように促した。


 宮部さんが気づいた。

「ね、見て、鈴本君。ウサギが二羽いるよ!」

 鈴本君も気づいた。

「ほんとだ、最初からいたんだね」


 うん、ウサギは最初から、ウサギの家にいたんだよ。


 僕も、ここにいるよ。


 二人は、いつ僕に気づいてくれるのかな――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

消えたウサギ🐰 チャららA12・山もり @mattajunko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ