第15話 弟妹
語り:吹雪
何の前触れもなかった。さっきまで普通に話していた相手が、まさかこんな目に遭っていたなんて、想像できるはずがない。
「皆...神......?」
「巳影さん、何で...?」
目の前の光景に全く理解が及ばなかった私が発した一言。それが耳に入ったのか、茫然と立ち尽くしていた皆神君が我に返り、巳影さんの側に駆け寄った。
「何...だよ、これ!?」
辛うじて意識はあるものの、巳影さんの腹部は、見るに堪えないほど縦に裂かれていた。おそらく刃物で刺された状態で、更に斬り上げられたのだろう。
皆神君は『異能』で巳影さんの治癒能力をコピーして、傷を治そうと試みる。しかし傷が深すぎるからか、体外へと流れ出る血は止まる気配がない。
「気づいたら、知らない男の子が...この部屋に......それで、刺されちゃった......」
「あんまり喋るな...! 傷が、広がるから...」
「向こうの部屋から、タオル持ってきたぞ!」
赤毛は白く清潔なタオルで傷を押さえ、止血を試みる。それでも、タオルが赤く染まるだけで気休めにもならなかった。
「嫌... もう、嫌だよぉ...」
また、何もできずに大切な人を失うのか。この状況で、私にできることは何もない。
「赤毛...クン。手、怪我してる...」
タオルを押さえている赤毛の手に、巳影さんの左手が重なる。とは言っても、力が入っているようには全く見えない。
「何ですか...?」
「今、治したげるから...」
昨日、私が赤毛に負わせてしまった火傷が、たちどころに治った。しかし、
「グフッ...!」
無理して異能を使った反動で、巳影さんは大量に血を吐いた。
「......こんな時に力使っちゃ駄目ですよ!」
「全然、傷が塞がらない...! クソ...! 早く治れよ!」
「気をしっかり持って...! 大丈夫ですから!」
大丈夫、なんて無責任極まりない言葉しか出てこない。でも言わずにはいられなかった。私が声をかけないと、巳影さんの命の灯火が今すぐにでも消えてしまいそうだったから。
「...ねえ、皆神...? 私、美苗の......アンタのお姉ちゃんの代わり、できてたかな...?」
「......は? いきなり何言い出すんだよ... 巳影が俺の姉貴なわけ、ないだろ...!」
皆神君は、震えた声で悪態をついた。
「ハハ、だよね... そう言うと......思った......」
巳影さんが絞り出した言葉。それはまるで、自分の死期を悟った者が最期に遺すような、悲しく胸が締め付けられるものだった。
誰も口にはしなかった。けどもう皆分かっていた。この傷、この出血量では、助かる見込みなどないことは。
「お願い...! 行かないで...!」
止め処なく溢れる涙で、視界がぼやける。私は巳影さんの手を握り、泣きながら休まず声をかけ続けた。
「吹雪ちゃん、もっとこっち来て...」
「何...ですか?」
顔を近づけると、巳影さんは私の肩に手を回し、私の頭を優しく撫で始めた。
「初めて...会った時より、吹雪ちゃんの笑顔が増えて、私も......嬉しかったんだ...... もう、泣かない......で......」
「ああぁ...! 巳影...さん...」
後頭部の感触から、巳影さんの撫でる力が徐々に弱くなっていることがわかる。
「1日だけ、だったけど......妹ができたみたいで、楽しかった...... あり...がと......ね」
今にも消え入りそうな声でそう言った直後、巳影さんの腕が私の肩にだらりと垂れ下がった。
「治癒が...使えなくなった......」
皆神君は、近くにいる異能者と同じ異能を使うことができる。彼が巳影さんの異能を使えなくなったということは、巳影さんがもう...戻って来ないことを意味していた。
「何で... こんな......!」
「嫌... 巳影さん... 嫌ぁっ...!」
巳影さんは、深い眠りについたような表情で、頬に一筋の涙を伝わせていた。これで二度目だ。大切な人の命が、無情にも消えていくのは。
「...っ!」
「...皆神!?」
突然、皆神君は向かいの部屋に駆け込み、扉を激しく閉めた。それから20分ほど経ったとき、彼は荷物が乱雑に詰め込まれた鞄を引き摺りながら、静かに扉を開けた。
「...あんな殺し方、異能者じゃなきゃ不可能だ...」
皆神君が何を言ったのか、私達には聞き取れなかった。
「なあ、お前ら言ってたよな...? 組織の奴を許さないって...」
彼の表情からは、生気がまるで感じられない。でも、瞳の奥では怒りの炎が燃え盛っているように見えた。
「俺も同じだ。大事な人を2度も奪われて、黙ってられるか...! だから...
俺も、ついて行ってもいいか?」
「...え?」
突然の申し出に、私は間の抜けた声を上げてしまった。
「巳影さんは...?」
「...置いていく。ここにいると、俺達の身も危ない」
「そんな... そんなのって...」
「......」
悔しさを滲ませる皆神君に、私はそれ以上何も言えなかった。
「なあ、皆神。一緒に来てくれるなら、俺も心強い。吹雪はどうだ?」
「...うん。巳影さんも、揚羽も、こんな風に殺されていいはずがないよ... 絶対許せない」
私の答えはもう決まっている。もう、私は絶対に折れない。そうじゃないと、私を励ましてくれた巳影さんに、顔向けできないから。
"異能被験者"二世 真白坊主 @mashirobouzu
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