第14話 回顧

語り:吹雪


 久しぶりに、面と向かって赤毛と話すことができた気がする。つい昨日まで私達は平穏な日常を送っていたというのに、不思議な感覚だ。


 戻ったら巳影さんが手料理を振る舞ってくれた。暖かく落ち着いたひと時だった。




「あー、こんなに美味いもの久々に食ったな!」

「いつも、巳影さんがご飯作ってるんですか?」

「そうだよ~。皆神は料理へったくそだからね」

「...メシマズで悪かったな」


 食器の片づけをしながら、巳影さんは皆神君をいじる。そんな何気ない様子に、つい笑みがこぼれてしまった。




 そうこうしているうちに時計の針は10時を指していた。床につくには少し早いような気もするが、色々なことがあったからかとても眠い。


「ちょっと早いけど、そろそろ寝よっか」

 この家では元々、巳影さんと皆神君の2人だけで住んでいた。だから布団は2つしかない。仕方がないので、私と巳影さん、赤毛と皆神君に分かれて2人で1つの布団に入った。




「大丈夫? 狭くてごめんね~」

 いざ眠ろうとすると、やっぱり不安だ。また怖い夢を見てしまうかもしれない。

 すごく恥ずかしい...けど、勇気を出して頼んでみよう。

「あの、巳影さん... 頼みたいことがあるんですけど...」

「ん~? 言ってみー」

「私、不安で眠るのが怖いんです。だから、またさっきみたいに抱きしめてほしいな......なんて」

 顔の周りがひとりでに熱を帯びていくのが分かる。言ってしまった。変な子だと思われたかな...




「...いいよ、おいで」

 巳影さんはあの時と同じ笑顔で、私を受け入れてくれた。

「し、失礼します」


 めいっぱい体を縮ませて、私は巳影さんの懐に潜り込む。

「...フフッ」

 ふと、すぐ側から巳影さんの声がした。

「...どうしたんですか?」

「いや~、吹雪ちゃんって意外と甘えん坊なんだな~と思って」




 本当に不思議だ。今日会ったばかりなのに、巳影さんの側だと心から落ち着く。この感じ、まるで...

「お姉ちゃんみたい...」

「ん~?」

「あ、もし私にお姉ちゃんがいたら、こんな感じだったのかな。って...」

 ああ、本当に何を言ってるんだろう、私は。口に出てしまったことを心の底から後悔しそうだ。


「お姉ちゃん、ね... そっか。じゃ、今日は私に思いっきり甘えてもいいよ~」

 赤面する私の様子など一切気にせず、巳影さんは私の頭を優しく撫でる。

「いっぱい辛い事あったけど、もう大丈夫だよ~」

 こんな所、赤毛に見られたら... 何て、言われるかな......




 ......

「おやすみ。吹雪ちゃん」


―――――




「あ゛ーっ!! クソ腹立つ!」

「巳影、どうしたの? そんなに怒って?」


「美苗... ...アンタの弟、生意気すぎるんだけど! あんなのと仲良くなんて無理! 絶対無理!」

「あはは、うちの弟がごめんね。でも、私としては、2人には仲良しになってほしいなー」

「...そもそも、年下って時点で嫌なんだけど、ガキにしか見えないし。生意気なガキとどうやって仲良くなれっていうの?」


「うーん... こういうのはどう? 巳影にとって赤の他人でも、本当の弟か妹だと思って接してみるの。そしたら、生意気な態度も自然と可愛く思えてくるんじゃないかな?」

「...私、一人っ子だからそういうの分かんない」

「ね? まずは試してみよ?」

「...分かった! 分かったから!! 考えとくよ!」

「約束だよ~?」




―――――




「...」

「皆神、美苗の様子はどうだった? ...おい、何か言えよ」


「...姉貴が... ...死んだって...」

「......は? 何それ...」




―――――




「...クソ! 何でだよ! 何で俺を置いて行くんだよ...」

「...」

「姉貴がいないなら、俺はもう...」

「...チッ、おい! こっち来い!」

「痛っ! いきなり何すんだよ!」


「こっち見ろ! 美苗がいない間お前が孤独しなかったのは、時々私が来てやってたからだろ! 私じゃダメかよ!?」

「巳影...」

「...ほら、私の胸ん中で思う存分泣けよ。だから二度とそういう事言うんじゃねえ」


「柄にも無いこと、すんなよ... ...クソ、涙が勝手に... ああぁっ...! うあああああぁっ...!」

「...クソ、私に面倒事、押し付けやがって...! 美苗...」




―――――


(美苗、アンタの言う通りだったよ...)






「...そうか、もう出発するのか」

「うん、いつまでもお世話になる訳にはいかないから」

「本当にありがとうな。感謝してもしきれないくらいだ」

 次の日の朝、朝食を済ませてすぐに私達はこの家を去ることにしていた。ともに過ごした時間は1日にも満たないはずなのに、凄く名残惜しい。


「行く当てはあるのか?」

「...」

「...ないんだな」

「...一旦、ここからなるべく離れたところに逃げることにしたんだ。だから、2人とはもう会えないかも...」




「...そうか」

 皆神君も私達と同じ気持ちらしく、どこか歯切れが悪い返答ばかりだ。

「そういえば、巳影さんは?」

「あー、奥の部屋かな。ちょっと呼んでくる」




 皆神君はため息をつきながら奥の部屋へ向かい、扉を開けた。

「巳影、最後の見送りくらいちゃんと......」




「...皆神?」

「どう...したの?」




「...巳......影?」

 皆神君は部屋の前で言葉を失い、動けずにいた。一瞬、胸にチクッと痛みが走る。ただ事ではない様子に、私と赤毛も奥の部屋へ向かった。


「...え...?」

「嘘...だよな...?」

 そこで私達が目にしたのは、とても信じがたい、信じたくない光景だった。




 部屋の中では、腹部から大量の血を流している巳影さんが力なく壁にもたれかかっていた。

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