第13話 親友

語り:吹雪


「私、最っ低...!」

 とうとう赤毛にも見限られた。私が泣いてばかり、迷惑をかけてばかりだったから。私はたまらず、飛び出してきてしまった。


 もう、楽になりたい。解放されたい。そう考えてしまったとき、無意識のうちに手が動いていた。私は、衝動的に命を絶とうと『異能』を発動して、その結果赤毛に怪我を負わせてしまった。


 自分でも信じられない。でもあの時、何もかもどうでもよくなったんだ。


 焼け爛れた皮膚が、遅れてじんじんと痛み出す。今にも立ち止まってしまいたいほどに、心が押し潰されていくような苦しみが胸を伝う。それでも私は、走るのを止めなかった。もう、赤毛に合わせる顔なんてないから。




 どのくらい走っただろうか。前方から、聞き覚えのある声がした。

「あれ、吹雪ちゃん? 何でこんなところに...」

「あ...」

 私の目の前にいたのは、バイト帰りの巳影さんだった。


「巳影さ...」

「...どうしたのその傷!?」

 そのおっとりとした印象からは想像もつかないほどに声を張り上げ、巳影さんは鬼気迫る面持ちで私の火傷に触れ、『異能』を使った。

「痛っ...!」

「ゴメンね! 今治したげるから、大丈夫だよ!」


 あまりにも火傷の状態が酷かったからか、最初に『異能』を見せてもらったときとは違い、傷が完全に治るまでに十数秒かかってしまった。

「うん、痕も綺麗に消えたよ。 でも一安心...って状況でもないよね。もしかして、また追っ手が来たの?」

「あ、あの...!」




「ごめんなさい... 私が、私が自分でやったんです...」

 もうすっかり枯れ切ってしまったと思っていた涙が、またも零れ落ちてくる。声の震えを必死に抑えながら、私は絞り出すように言った。

「...よかったら、向こうで座ってお話しない?」




 歩いて1分もしない距離にあった人気のない公園。その端っこにポツンと佇んでいた2人掛けのベンチに、巳影さんと腰掛けた。

「ゆっくりでいいからね~」

「...私、ここに来る前、友達を殺されました。それから私、ずっと泣いてばかりで... そのことで、赤毛にも沢山迷惑をかけちゃって... 赤毛だってすぐにでも泣き出したいくらい辛いはずなのに、私、自分のことばっかり...!」

 今にも心の内から溢れだしてしまいそうな気持ちを次々に吐き出していく。そんな私の言葉は、もはや文章にもなっていない。それでも、巳影さんは黙って聞いてくれた。


「私、耐えられなくなって、今すぐ消えたいと思いました。それで気づいたら、自分で自分の首を絞めてたんです... それで...!」

 駄目だ、もう堪えきれない。話さないといけないことがまだ沢山あるのに、もう、言葉を繋げそうにない。

「...おいで~。お姉さんの胸に飛び込んできな~」

 巳影さんは私の方に向き直り、両手を広げた。


 私は人目も憚らず、巳影さんの胸の中で泣いた。今日会ったばかりの人にはとても見せられないような姿の私を、巳影さんは優しく抱きしめて、泣き止むまで頭を撫で続けてくれた。




「うぅっ... ...」

 ひとしきり泣き叫んで落ち着いた私を見て、巳影さんはゆっくり話し始めた。

「こうしてると、昔の皆神を思い出すな~」

「皆神...君ですか...?」

「そう。私の一番の友達...美苗ミナエの弟なんだ、アイツ。今から4年くらい前、美苗が死んじゃったときに、泣き止まないアイツをこうやってあやしてたんだよ~」

 大切な人の死を経験しているのは皆神君も同じだ。でも、時間の流れもあるとはいえ、今の私なんかよりもずっと前を向いている。


「巳影...さんは...?」

「ん~?」

「巳影さんは...悲しくなかったんですか...?」

「そりゃもちろん、私だっていっぱい泣いたよ~。でもね、それ以上に皆神がすっごい泣いてたから、涙引っ込んじゃった。それに、悲しくても、同じ悲しみを背負ってるアイツがそばにいて救われた? みたいな~?」




 同じ悲しみを背負ってる人...


「謝らなきゃ... 赤毛と、会って話さなきゃ...! でも...」

「でも?」

「赤毛、きっと怒ってるから、どんな顔で会えばいいのか...」

 

「きっと気にしてないよ~、彼いい子っぽかったし。...あ、あれ!」

 巳影さんが指差した先には、息を荒げながら走る赤毛の姿があった。

「ね~、言った通りだったでしょ! お~い、赤毛ク~ン! こっちこっち!」

 直後、こちらに気づいた赤毛が走って近づいてきた。




「それじゃ、あとは2人でごゆっくり~」

 揚羽の死から立ち直るには、きっとまだまだ時間が必要だろう。でも、赤毛は変わらず私の隣に居てくれた。これからもそうあってくれるのなら、きっと私は少しずつ前を向いていける気がする。


 私は立ち上がり、赤毛に駆け寄った。伝えなきゃ。言いたい事、言わなきゃいけない事を。






「さて~、私は先に帰ってよっと... ...ん? あれは...」

「巳影... 帰ってたのかよ」

「皆神じゃん! 何でここに?」

「あー... 送り出したはいいが、ちょっと心配になって...」

「へー、皆神がそんな粋なことするなんてね~。明日は雪降っちゃう?」

「うるさいな、別にいいだろ! ...あの2人、仲直りできると思うか?」

「流石に大丈夫でしょ!」

「...だな」

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