第12話 役割
語り:赤毛
「吹雪...?
「赤毛...」
奥の部屋の様子を見に行くと、吹雪が目を覚ましていた。昨晩以来ずっと塞ぎ込んだままだったからかなり心配だったが、皆神や巳影さんと会ってからは少し落ち着きを取り戻したらしく、さっきは俺と皆神の会話を聞いて口元を綻ばせるほどだった。
今朝のように叫びながら飛び起きるようなことはなかったが、目の前の吹雪はどこか虚ろな目をしていた......ような気がした。それにこの部屋は少し涼しいくらいだというのに、汗で全身濡れている。
一瞬、胸に不安がよぎったが、寝起きだからと、俺は大して気にも留めなかった。
何か飲むものを持ってこようと、吹雪に背を向けたのが間違いだった。
「ゔっ...」
短い呻き声とともに、熱いものに水をかけたときに聞こえてくるような「ジュッ」という音が俺の耳に届いた。何気なく振り返った俺の目の前には、
『異能』で熱した両手を首にあてがい、悶え苦しんでいる吹雪の姿があった。
身を焼かれる痛みに顔を歪ませながらも、手に籠めた力は全く緩めない。歯を食いしばり、両目を血走らせ、痙攣しながら自分の首を強く絞めている。
間違いない。吹雪は、ここで命を絶とうとしている。
「...吹雪!」
「が......あぁ...」
慌てて駆け寄ると、肉が焼ける匂いが俺の鼻をつく。両手首を掴み、首元から引き剥がそうとするが、うまく力が入らない。
俺は意を決して、指を吹雪の手のひらにかけた。当然、指先から耐え難い高熱が伝わり、俺の手も焼けていく。痛い...でも、揚羽に続いて吹雪まで失うことに比べれば何ともない。
熱された手のひらが首の皮膚に貼り付いていたのか、プチプチと嫌な音を立てて皮膚が剥がれ、俺は頬に血を浴びる。俺は意に介さず、ただ吹雪を助けることだけを考えていた。
どれほどの時間、格闘していただろう。俺は吹雪の上に跨り、両手首を床に押さえつけて拘束していた。
「...あれ...?」
「...何、やってんだよ!」
俺はもう我慢の限界だった。揚羽を失って、それでも吹雪の支えになろうと自分なりに頑張ってきたつもりだ。それでも、吹雪が辛そうにする度、俺の精神もすり減っていった。
俺は吹雪の肩を揺さぶり、今まで溜め込んでいた全てを発散するように怒鳴った。
「自分が何しようとしたのか、分かってんのか!? 俺だって辛いってのに... 何でお前まで俺の前から消えようとするんだ!? ふざけるな!!」
吹雪は俯いたまま、ただ涙を流していた。
「赤毛...... 私......!」
俺の声が届いたのかふと我に返り、事の重大さに気がついた吹雪は、俺の手を振り払い、走って部屋を飛び出していった。
「...吹雪!」
俺は追わなかった。いや、追えなかった。衝動的に自殺しようとするほどに、吹雪が追い詰められていたことに俺は気がついていなかった。ここに来てから口数も少し戻っていたし、食事も喉を通っていたから油断していたんだ。あろうことか、そんな吹雪に対して俺は、乱暴に怒鳴ってしまった。揚羽の分まで吹雪を守ると誓ったのに、何てザマなんだ。俺には、アイツを追う資格なんて無い。
「そこで吹雪とぶつかりそうになったんだけど... お前ら喧嘩でもしたのか?」
数秒後、俺の怒声を耳にした皆神が、部屋に入ってきた。
「皆神...」
「...話くらい聞くぞ。あんまり気の利いたことは言ってやれないけどな」
俺も相当酷い顔をしていたんだろう。見かねた皆神が、俺の隣に座ってそう言った。
「吹雪、今さっき死のうとしたんだよ... 俺は死んだ揚羽の分も、吹雪の支えになりたかった。でも、俺には荷が重かったんだ... 堪えきれなくなって、ついアイツに当たり散らしたんだ...! 最低だ...!」
俺は情けなくも涙を流しながら、皆神に全て打ち明けた。この場に揚羽がいたなら、「みっともないぞ」とからかわれていたんだろうか。
「俺には、アイツの隣にいる資格なんて...!」
「...俺はそうは思わないぞ」
「...え?」
皆神は俺の肩に手を当て、俺の目を真っ直ぐ見据えた。
「お前見てただろ。ご飯食べながら3人でワイワイ話してたときの、吹雪の顔。あの子、今朝よりずっと表情豊かだったよな。どうしてか分かるか?」
「それは...」
皆神が俺達のために怒ってくれた。巳影さんが優しく接してくれた。だから...
そう口から出かかったが、皆神が出した答えは、全く違うものだった。
「俺はこう思うんだよ。『お前がずっと、隣にいてくれたから』」
「俺が、いたから...?」
「ああ、考えても見ろよ。耐えられないほど辛い目に遭ったばかりの人間が、今日知り合ったばかりの奴にいきなり心開けると思うか? 一時的とはいえ、あの子があんな風に振る舞えたのは、他でもないお前が側にいたからだろ」
「そう、なのか... 本当に、アイツは...?」
皆神は大きくため息をついて続ける。
「...俺には、姉貴がいたんだ。でも... 組織に殺された」
「...え...?」
「何だよその顔、心配しなくてももう立ち直ってる。でもあの時は当然、声枯れるまで泣いた。でも、巳影が一緒に泣いてくれたんだ。だから俺はやけにならずにここまでやってこれたんだよ」
「だからまあ... 経験者の俺から言わせてもらうなら、親しい人間は側にいてくれるだけで多かれ少なかれ気は軽くなるんだよ。無理にしっかりしようとしなくていい」
俺はずっと、吹雪に弱い所を見せまいと何もかも我慢してきた。俺が泣くと、吹雪の心の拠り所が無くなるような気がしていたから。でも違った。我慢しなくていいんだ。俺は隣で、吹雪と一緒に立ち直っていけばよかったんだ。どうして気がつかなかったんだろう。
「分かったらほら、早く追っかけろ!」
俺を無理やり部屋から追い出そうと、皆神が背中を押してくる。
「でも俺、吹雪に酷いことした... 合わせる顔が...」
「いいから! さっさと行け!」
「分かった! 分かったから押すな!」
今吹雪に必要なのは、俺と一緒に泣くことだ。そしてそれは俺も同じ。
俺は家を飛び出した。アイツともう一度、会って話すために。それが、俺の役割なんだ。
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