第11話 自棄
語り:吹雪
壁に掛けられている質素なデザインの時計が、午後2時を指したとほぼ同時に、赤毛の胃が大きく鳴った。
「...ちょっと待ってろ」
皆神君はおもむろに立ち上がり、台所へ向かった。そして数分後、温め終えたコンビニ弁当を2つ、私達の前に持ってきてくれた。
「あの様子じゃ、昨日から碌に食べてないだろ。とりあえず食っとけ」
「弁当... 本当に良いのか?」
「...今更遠慮しなくていい」
「ああ、じゃあありがたく...」
「...いただきます」
米をひと口分箸で掬い、口に運ぶ。折角用意してもらった食事だ。今度は吐かないようにしなくちゃ...
「...」
「...何だ? やっぱり皆神もハラ減ってるのか?」
「いや、お前らがさっき着てたのって、学校の制服だろ? 俺高校行ってないから珍しくて...」
「なるほど... じゃ何か話しようか! 弁当の礼だ!」
今日出逢ったばかりだというのに、赤毛はもう皆神君と打ち解けている。最初は何となく近寄りがたい印象だったけど、赤毛の話を興味深々に聞いている皆神君を見ていると、赤毛たちと友達になったばかりの頃の私を思い出して、ついつい表情が緩んでしまった。
そんな私の様子に気づいたらしい赤毛は、そっと私に微笑みかけてきた。
暫く経った後、私は突然睡魔に襲われ、奥の部屋を借りてひと眠りさせてもらうことにした。昨日はほとんど眠れなかったし、無理もないか...
―――――
...
......
.........
............ここは?
気がつくと私は、闇の中にいた。暗くて何も見えない。私はその場でおそるおそる立ち上がり、手探りで周囲を確認する。
辺りには何もないらしい、このまま歩いて行けば壁か何かにたどり着くだろう。そう思ったその瞬間だった。
前後に、左右に掲げた手が何かに触れるより先に、足元で「ぴちゃ」という音がした。
「...う...」
私はこの感触を知っている。うっかり水たまりに足を踏み入れてしまったときのような、履いていた靴に液体が沁み込んでいく、この不快な感触を。私がつい昨日味わったばかりの、この最悪な感触を。
最も、私が昨日踏み入れてしまったのは、水たまりじゃなかったけど。
その時だった。夕日のような暖かい光が差し込んできたのは。咄嗟のことに私は目を閉じた。
「...吹雪」
「...あ...揚羽...?」
閉じていた瞼を開くと、目の前には揚羽があの時の姿で立っていた。彼女は頭から、肩から、胸から血を流し、折れた左足を庇うように手を添えながら、私の目をじっと見つめている。その痛ましい傷口から流れ出た大量の血が、私の足元まで伝っていた。
「ずっと見てたよ、随分楽しそうだったね」
揚羽が私に向けている視線は、付き合いの長い友人に対するそれとはとても思えないほどに冷え切っていた。
「揚羽... ごめん... ごめんね...」
私はただ、消え入りそうなほど小さな声でうわ言のように謝罪を繰り返しながら、その場に崩れ落ちた。
「ねぇ... 私は死んだのに、どうして吹雪は生きてるの...?」
血まみれの揚羽の顔が、私の目の前に現れる。
これはあの時だ。許されなくて当然なんだ。私は揚羽がこんな目に遭っていたのに、何もできなかったのだから。
「...ああっ...」
「許さない...」
悪いのは私だと分かっていても、親友の口から浴びせられる冷たい言葉の数々が、私の心を疲弊させていった。私には、ただ涙を流し続けることしかできない。
「おいおい、酷い言われようだな」
背後から聞き慣れない声がした。振り返るとあの男が、揚羽を殺した男が下卑た笑みを浮かべていた。
「俺も見てたぜ。お前、正真正銘の足手まといだったな!」
「...は?」
「だってそうだろ? ソイツが俺に殺られたのはお前が弱かったからだ」
どの口が言うんだ。お前だけは絶対に許さない。
「...何だその目は? そういえば、お前言ってたよな? 俺のことを『殺す』ってよ」
「そうだ... お前は絶対にこの手で...!」
その時、背後から揚羽が抱きついてきた。
「...吹雪のせいだよ」
「...! 揚羽...」
「こいつは傑作だ! お友達も「お前が悪い」だとよ!」
「...嫌...」
私はあの時、この男に復讐を誓った。でも、そんな気も起きなくなるほどに私は追い詰められていた。
「確かにその通りだ! あの時お前が下敷きにならずに済んだのも、朝飯にありつけたのも、全部あの赤髪のガキがお前に尽くしてやってたからだしな。だがお前はどうだ? ただひたすらピーピー泣き喚いてただけじゃねぇか」
私には、泣くことも赦されない。それでも勝手にあふれ出てくるこの涙を止めることは、私にはできなかった。
「何で吹雪が泣いてるの...?」
揚羽の口から聞きたくない言葉ばかりが、耳元で囁かれる。
「お前みたいな役立たずの非力なガキに、俺が殺せるわけねぇだろ」
男も真顔で私の心を壊しにかかる。
「......もう...もうやめて......」
「はぁ~... とりあえずお前も殺しとくか」
男が拳を構える。この男の本気の一撃を食らえばただでは済まないだろう。
「...吹雪も私と同じ目に遭えばいい」
私が最後に聞いたのは、揚羽の心無い一言だった。
―――――
「...」
もう、何もかもどうでもいい。復讐も、自分の命も。
「吹雪...?
「赤毛...」
私は自分の喉に両手を当てる。そして―――――
「...あれ...?」
「...何、やってんだよ!」
気がつくと、赤毛に両手を抑えつけられていた。
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