[5]彼女なら、きっと。
アルバイトを辞めてからしばらくして、僕は社会福祉コースのある大学を目指すため予備校に通い始め、勉強に励んだ。
少しのあいだ、夜の繁華街を歩いて彼女を捜してみたりもしたけれど、僕はすぐに諦めた。仁村さんをみつけることなど、とてもできそうになかった。みつけたとしても、今の僕にはどうすることもできないとも思い知った。
夜の街には、彼女だろうかと見紛うような若い女性が何人もいた。ゲームセンターやネットカフェ、コンビニ前などでたむろしている若者たち。以前なら近づきたくないなあと思うだけだった、自分とそう変わらない歳の群れを見て、帰る場所がないのじゃないかと憐れみの目を向けてしまう僕がいる。ついつい彼女と重ねて見てしまうことが辛くて痛くてたまらない。僕は、なにもできやしないのに自分はいったい何様なんだと唇を噛んだ。口惜しかった。
そして、その口惜しさをぶつける道をみつけた。
福祉系の道に進みたいという僕の希望を、両親は笑顔で認めてくれた。立派な心掛けだと褒めてさえもらえた。そのための勉強も、以前と違ってやりたいことのために学ぶのだという思いがあるおかげか集中できて、ずいぶんと捗った。
そして季節は巡り、勉強を始めてから二度めの春。僕は大学に無事、合格することができた。両親はとても喜んでくれた。僕も素直に嬉しかったし、誇らしかった。
僕はなんて恵まれているんだと、心から感謝もした。
満開の薄紅色を眺めながら、僕は仁村さんを想った。彼女はもう、僕の隣にはいない。映画や音楽の話もできないし、僕のしょうもない振り真似に笑ってもくれない。
けれど、僕はずっと彼女のことを忘れない。大学でしっかり学んで社会福祉士になり、彼女のような居場所のない若者をひとりでも多く救いたい。僕がこうして大学生になれたのは両親のおかげだが、きっかけをくれたのは間違いなく彼女だ。
――でも、できればそのうちひょこっとどこかで会えるといいな、なんて。それが本音ではある。会いたいというよりも、見たいのだ――泊めてくれそうな相手とかじゃなく、本当に好きになった人と一緒になって、幸せに暮らしている彼女の姿を。
大丈夫。そんな気がした。彼女は誰かに憐れまれるような弱い人じゃなく、僕よりもずっとおとなで、強い人だったから。今頃はきっとどこかで、自分の居場所をみつけているに違いない。
はらはらと舞い落ちてきた桜の花びらに、僕はそっと手を伸ばし目を細めた。
𝖲𝗁𝖾'𝗌 𝖭𝗈𝗍 𝖳𝗁𝖾𝗋𝖾 -𝖳𝗁𝖾 𝖦𝗂𝗋𝗅 𝗐𝗂𝗍𝗁 𝖭𝗈 𝖯𝗅𝖺𝖼𝖾-
© 𝟤𝟢𝟤𝟤 𝖪𝖠𝖱𝖠𝖲𝖴𝖬𝖠 𝖢𝗁𝗂𝗓𝗎𝗋𝗎
She's Not There -居場所のない彼女- [Single cut version] 烏丸千弦 @karasumachizuru
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