<ステータス・クローズ>

秋雨ルウ(レビューする人)

第1話 ステータスに縛られた世界で

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「お嬢様、婚約者殿がいらっしゃいました」


「そう、お通しして」


 いつからだろう。私達の世界で、魔法が生活必需となったのは。


「ジュネ!会いたかったですよ!」


「ご無沙汰しております、ハンク様。お元気でしたか?」


「ええ!君は……〈分析アナライズ〉!」


 いつからだろう。相手の体調を調べるのに、魔法で診察するのが当たり前になったのは。


「ふむふむ。あれ、少しHPが減っていますね。何かありましたか?」


「……ちょっとお腹が痛いだけです」


 いつからだろう――




「君はHPが30しかないのですから、気を付けないと。ほら、この携帯ポーションで回復してください」




 ――ステータスの数字だけで、人が人を測るようになったのは。




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 子供の頃から、魔法とと共に生きてきた。でもずっと一緒であることが、好感を抱くことには繋がらない。


 努力をしても「賢さが2上がって偉いぞ」と数字で褒められた。私には物事を組み立てる頭があるのに、目に見えない論理立てよりも"賢さ"の数字しか見ない今の世界が嫌いだった。


 他の子よりも早く月を迎えたときも、母に内緒で伝えるよりも先に、父の分析魔法で看破された。父の手で裸に剥かれたみたいで、嫌悪のあまり鳥肌が立った。


「……〈情報開示ステータス・オープン〉」


 ジュネ・ジャンメール。レベル10、HP17、MP34、力14、賢さ22、魔力43、素早さ12、運20、そしてスキル適性は、たぶん【魔法使い】。


 この生まれつき高いレベルと魔力、それに比して低過ぎるHPのせいで、私は自由に体を動かすことが出来なかった。外で走り回りたくても、HPが少ないのだからと阻止され続けてきた。宝石のように、あるいは落とせば割れるガラスのように、大事に大事に育てられていた。


 それが私であり、私自身ステータスの価値だった。見てくれるのはあくまで目に見えるステータス値であって、目に見えないものに価値はなかった。


「……魔法もステータスも、この世から無くなればいいのに」


 だけど魔法が無くなった世の中で、私は生きていけるのだろうか。領民はどうなのだ。魔王が魔物を従えて好き勝手暴れている世の中で、魔法無しで生きていくには何が必要なのだろう。


 女である自分が領主になる未来なんて無いのに、自分が統治するならどうするだろうかと、統治教育の真似事ばかりしていた。だけど火を灯す時も、水を撒くときも、人々が使うのは魔法であり、それ以外の方法を知らなかった。


 MPが無い人もいるのに、魔法に頼りきってていいわけがないのに。……そんな風に考える自分は、きっと一生この世界の人々には認めてもらえないだろうと、悲観もしていた。


「<ブック>」


 ぽんっという音とともに、魔力変換して保存していた読みかけの本が現れる。挟んでいたしおりも元通りの場所に挟まっているのに、汚れや折り目は綺麗に直る、とても便利な魔法だ。


 でもこれを使えるようになった日から、私の部屋から本棚は取り上げられてしまった。読み終えた本の数々を眺めたり、背表紙を見て読み直すのが好きだったのに、それも理解してもらえない。


「世の中が便利になればなるほど、大切な別の何かを同時に失っていくような気がするわ……。なんで魔法こんなものが使えるんだろう。私には要らないものなのに。……〈解除デスペル〉」


 愛読書だったものを魔力に戻した私は、習慣だったはずの読書すら放棄して、ベッドへと向かった。こんな生活でも、ベッドだけはささやかな安らぎを感じさせてくれる。唯一夢の中だけは、魔法と向き合わなくて済むから。


 その日もいつも通り、漠然とした不安と不満を抱いたまま、眠りにつくはずだった。






「え?え!?う、うわ!?」


 ドサリという音とともに、少年の悲鳴が聞こえさえしなければ。






「…………へ!?」


 は突然現れた。薄い寝巻ネグリジェ姿だった、私の目の前に。


「…………きゃあああっ!?だ、誰!?」


「え?え!?あの、す、すみません!ここはどこでしょうか?」


「はぁ!?どこって、ここ、私の部屋なんだけど!?貴方こそどこから入ってきたのよ!?」


「貴方の部屋!?家の中ってこと!?なんで!?だって俺、さっきまで山に!木が倒れて!ていうかここ、本当に日本ですか!?」


 最初は不審者、いや泥棒かと思った。だけどあまりにも彼の様子が変で、まるで本当に見知らぬ土地に飛ばされてきたように見えた。


「や、山って……貴方、何者よ?さっきから言ってることの意味がわからないわ。ここは山じゃないし、ニホン?でもないわよ」


「……えっ」


 よく見ると私達とは服装も違うし、顔立ちもどこかあっさりしてて丸っこい。東国の特徴と少し似ていたが、その割には流暢な発音で母国語を話している。こんな人は見たことがなかった。


「まずは名乗って。さもなくばすぐにでも憲兵に引き渡すわよ」


「……えっと……お、俺はカミザワ・シュウと言います。お父さんの仕事……ていうか林業の手伝いをしてたら、倒れてきた杉に巻き込まれてしまって……気付いたら、ここに」




 カミザワ・シュウ。彼との出会いが、私の人生を大きく変えた。




 彼の生い立ちはあまりに特殊だった。私の世界の常識が何一つ通用しない。国王が支配していない国で、魔法も無くて、ステータス画面も開けない。そんな国が本当に実在するなんて、信じられなかった。


「――魔法無しでどうやって生活してきたの!?火はどうやって起こすのよ!?」


「火?火はガスコンロとかライターを使えば――」


清浄魔法クリーニングも使えないんだよね!?あ、えっと、体とか服はどうやって綺麗にしてるの!?無理じゃない!?」


「体はお風呂に入れば綺麗になるでしょ……?服は確か、いつも母さんが水と洗剤を洗濯機に入れて――」


「じゃあ、じゃあ!」


「まってまって!さっきから魔法ってなんのことさ!?」


 魔法が無いことを当たり前に受け入れてて、私の疑念に対してさも問題なさそうに答える彼に対して、これまで感じたことのない高揚感を感じていた。私は間違っていなかったのかという、どこかしら安心感も感じていた。


 彼の存在は貴重だった。人は魔法とステータスが無くても生きていけると、その身で証明してくれていたのだから。




「――じゃあ、貴方は本当に魔法も、ステータスも無い世界からやってきたのね」


「うん。むしろ俺の方こそ、ここが剣と魔法の世界だってことが実感出来てないけどね……しかも魔王と魔物って……マジかよ……」


 青い顔をしながら、彼は私に教わった通りに手を前に出して、呪文を唱えた。


「<情報開示ステータス・オープン>。……うわ、本当に出た。レベル001って、まるっきりゲームの世界じゃないか」


「ゲーム?」


「いや、なんでもない!それより君が知ってる魔法を、俺にも教えてくれないかな。今の俺は頼れる人もいないし、こっちで生きていく方法が欲しいんだ」


「えー……」


 正直、魔法を教えるのは気が進まなかった。せっかく魔法無しで生きてきた子に出会えたのに、自分の手でそれを汚してしまうような気がしたから。


「駄目……かな?」


「駄目じゃないけど……」


 ……男の子の上目遣いってずるいと思った。


 でもこの時にはもう、彼が生きてきた世界の事をもっと近くで知りたくなっていた。とりあえず傍に置いておけば、もっと彼から色んな話を聞けるんじゃないかって。


 子供らしい好奇心と、浅はかな打算が、私と彼の運命を決めた。


「もう……わかったわ、教えてあげる。それとお父様に言って、私の使用人としてここに住まわせてあげるわ。行くところもお金も、ないんでしょ?」


「ほんと!?ありがとう!でも、使用人ってなに?」


「ううーん、召使いっていうか、家来かしら」


「家来!?」


「仕方ないでしょ。魔法が使えない平民が貴族と住む理由なんて、侍女メイドか使用人くらいしか思いつかないわ」


「~~~っ、う、うん、いいよ!住むところがあるだけでも今はありがたい!ありがとう!えーっと」


「ジュネよ。でも皆の前ではお嬢様と呼んでね、シュウ」


「わかったよ、ジュネ!」


 謎の異邦人との共同生活。私が彼に魔法を教えて、彼は私に魔法を使わない生活方法を教える日々が始まった。






「でも夜の不法侵入者は紹介できないわ。今日はベッドの下に隠れて、朝まで待ってなさい。ほら、早く隠れて」


「いっ!?ちょ、ちょっと、狭っ!?」


「じゃ、おやすみなさい。貴方も寝ていいわよ」


「はぁ!?……こ……ここで寝ろって……?女の子が寝てる、すぐ下で……!?」


「……Zzz」


「ね……眠れるわけ、ないだろ……」




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