第2話 レベル1

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 翌朝。私は町で拾った孤児という設定を作り上げて、シュウを父に紹介した。家来宣言の次に孤児扱いされてシュウは嫌そうにしていたけど、私にはそれ以外に上手い設定が思いつかなかった。


「〈分析アナライズ〉。……ふん、LV1か。各種ステータスは可もなく不可もなし……スキルも基本的なパッシブだけ。なるほど、凡庸な平民と見て間違いないな」


「私の使用人にしてよろしいでしょうか?」


「まあレベル差もあることだし、この程度のステータスならお前を害することも出来まい。好きに飼うがいい」


 父はそれだけ言うと興味を失ったのか、自分の執務室へと帰っていった。相変わらずの数値主義に嫌悪感が止まらないが、そのおかげで彼を傍に置けるのだから、ここは飲み込まないといけない。


「ごめんなさい。ここの人達、あんなのばっかりなの」


「でもジュネは違うでしょ」


「そうね、そうだと思いたいわ。でも、おかしいところは言って。自分でも気付いてないことも多そうだから」


「うーん……男子がベッド下で寝てるのに、平気で寝息立てるところとか?」


「叩かれたいの?」


 ヒソヒソと話しながら廊下を歩く私達を見て、嘲笑している侍女たちが見えた。いや、嘲笑っているのはシュウに対してか。父の分析結果がここまで早く伝播するとは驚きだ。その割には昨晩の騒ぎには気付かなかったみたいだが。


「おい、レベル1。……おいっ」


 私に対して後ろから声を掛ける無作法者は、この屋敷にはいないと思っていたけど、レベルが低い相手には例外なのだろうか。呼び止めてきたのは父の執事、セルジュだった。


「……え、俺ですか?」


「他に誰がいる」


 レベル1。まさかそれを彼のあだ名にするつもりか。


「旦那様より、お前に使用人としての仕事を最低限教えるようにとのご指示を受けた。気は進まないが、お嬢様にご迷惑をお掛けするわけにはいかんからな。拒否はさせんぞ」


「……ジュネ、様。俺はどうしたらいいですか?」


 父は私に恩を着せているつもりなのか、それとも娘のペットを躾けているような感覚なのか。正直言って何を考えているかは分からないが、提案内容としては悪くない。


「仕事を覚えれば、貴方もこの世界でお金を稼げるようになるわ。この機に頑張って学んで頂戴」


「は、はい!がんばります!」


「お願いね。それよりも……セルジュ!!」


 しかし、こっちに関しては看過できない。


「は、はい!?なんでしょう、お嬢様!?」


 どうして私が怒ってるのか、いい齢した大人がわからないのか。これだから、人をステータスでしか見ない連中は度し難いのよ。


「彼の名前は"シュウ"よ。もし彼のことをまたレベルで呼んだら、私も貴方たちの名前を忘れることにするわ」


「で、ですがお嬢様!今どき平民の幼児でもレベル3ぐらいは普通で、レベル1なんて彼以外には誰も――」


 こいつ、私の言っていることがまだ理解できないのか。こいつの"賢さ"は屋敷の中でも上位だったはずだ。やはりステータス値なんて、何の役にも立たない。


 そもそも令嬢の使用人候補を馬鹿にする時点で、この男が賢いはずがないのだ。


「まだわからないの?私は自分の使用人に貴方ではなく、シュウを選んだの。私にとってシュウの代わりは居ないけど、のよ。……周りで笑ってた貴女達もそうよッ!もしレベル1の子供よりも仕事ができないと査定されたら、相応の給金が用意されるものと覚悟なさいッ!!」


 何を言われているのかようやく理解できたのか、レベル15以上の無能達は何度も頭を下げてから、逃げるように去っていった。給金を下げる権利なんて私にはないが、良い牽制ブラフにはなっただろう。


「……ジュネ、ごめん。さっきから俺、君に守られてばかりだ」


「それだけ貴方には価値があると思って頂戴。それよりお仕事頑張ってね。立派な使用人になってくれたら、私も嬉しいから」


「うん!俺、頑張るよ!」




 その日から、シュウは使用人見習いとしての勉強を始めた。私もシュウに付き合えるところは付き合った。


 護身術としての剣を二人一緒に習い、シュウがまだ買えない勉強道具も共有した。寝る時以外は同じ空間、同じ時間を過ごした。


 遅くにできた幼馴染みたいな、奇妙だけど心地よい関係。


 それは唐突に始まった日々だったけど、毎日を暗鬱として過ごしていた私にとっては、掛け替えのない宝物だった。




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 シュウと出会って一年。使用人としてはそこそこ……ううん、まずまず……とにかく色んなところに目を瞑れば使えな……くもないようになってきたけども、相変わらずレベルは1のままで、魔法も一切覚えられなかった。こればかりは才能がものを言う部分も大きいので仕方ない。


 それに勉強の結果が振るわなかったとしても、15歳で迎えると呼ばれる儀式に参加すれば、女神よりスキルを賜ることがある。【魔法使い】の適正を得ることが出来れば、その場で複数の魔法を得ることも出来る……かもしれない。魔法が身に着かない以上、望み薄と分かっていてもそれに賭けるしかなかった。


 ただ……シュウはとても残念がったけど、私は内心ほっとしていた。だって彼が元の世界に戻った時、魔法が使えるようになっていたら、きっと大変なことになる。って、ちょっと怖くなっていた部分もあった。


 一方で魔法習得の見込みが無いと見るや、セルジュや侍女の指導は苛烈さを増していった。


「シュウ、お茶の時間に遅れるぞ!急げ、未熟を理由にお嬢様を困らせるな!」


「はい!ただいま伺います!」


「15時の紅茶葉はこれじゃなくて、右から三番目の茶葉よ!早く交換して!」


「すみません!」


 あの日以来、セルジュとその部下たちが表立って彼を嗤うことは無かった。しかし1年経ってもまだレベル2になれないからか、どこか見下した態度を取り続けているようにも見えていた。


 仕事の覚えが悪いとぼやく彼らに、激しい憤りを覚えることもあった。だけど――


「……頑張って、シュウ」


 残念ながら、それら全部を正すように指導することは出来ない。彼らは私の部下ではなく、あくまで父の部下であり、父は魔法とステータスの信徒だった。それに給金が父の金庫から出ている以上、勤務態度に対して過度に干渉する資格もなかった。


「遅い!!物の配置を把握していないから準備に時間がかかるんだ!!目を瞑ってても道具の場所がわかるようにしておけ!!」


「申し訳ありません!!」


「こら!もっと手際よく、丁寧に運びなさい!!カートを使い分けろといつも言っているでしょう!!グズはグズなりに頭を使いなさい!!雑な仕事のまま一人前になれると思わないで!!」


「はい!!」


 何よ、一々小煩いわね。そんな細かいところ、私は気にしな――


「ちゃんと手を洗ってからカートに触れといつも言っているだろうがーー!!色々付いた汚い手でお茶を運ぶな、不潔だ!!今すぐ洗ってこい!!」


「ズボンで手を拭いては駄目と何度言えば分かるの!?いい加減ハンカチを使うことを覚えなさい!!前に渡したハンカチはどこへやったのよ!?」


「はいいいい!!すみませんんん!!!」


 ………こま……かいわけでも、ないのかしら?


「……レベル2は、遠そうね……」






 ――だけど彼らは、シュウを侮りはしても仕事を怠けたりはしなかった。


「……ふん、まあ先月よりはマシな味だな。侍女長はどう思う」


「ほんとですか!?」


「基礎は出来てますが、まだ茶葉に対する知識が足りません。シュウ、この茶葉は少し熱めの湯じゃないと香りが立たないのよ。ポットを貸しなさい、手本を見せるわ」


「は、はい!」


 叱責はしても暴力は振るわず、褒めるときもレベルを引き合いには出さなかった。指導の領域を超えて、シュウを追い込むような真似はしないでくれていた。


 今思い返してみればの話だが、ステータス至上主義の中で育った彼らなりに、最大限私の価値観に寄り添ってくれようとしていたのかもしれない。もし彼らが私を気遣っていなかったなら、彼を叱る時にもっとステータス値で嘲笑っていたはずだから。


 当時の私はそのことに気付かず、ただ理不尽に怒鳴られているシュウを痛ましく思い、執事や侍女たちに苛立ちを覚えていた。シュウの主人であることに対して、過度なプライドと傲慢があった。


 それだけ、彼との時間を守りたかったのだと思う。あるいは私以外の人から色々と教わる彼を見て、独占したい気持ちが強くなっていたのかもしれない。




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 12歳になってからは、護身術の訓練も本格的になっていた。指導役は執事であるはずのセルジュが兼務している。私とシュウに本格的な指導は必要ないだろうという、父の采配だった。


 ただし、父の采配が常に正しいとは限らない。セルジュ流の訓練は、とても執事のものとは思えないほど厳しいものだった。後から知ったのだが、セルジュは子供の頃、ジャンメール家の兵士長を目指していた時期があったのだという。残念ながらスキル適性が【執事】だったので、諦めざるを得なかったのだが。


「では、素振り100回で今日の稽古は終いとします。お二人共、はじめ!」


「1っ、2っ、3っ、4っ」


 護身術の稽古では、シュウの素振りに合わせて、私も刃を潰した鉄剣を振るう。流石にカッツバルゲルではなく片手剣ショートソードの両手持ちだが、それでも女子供の手で振るのは最初かなり辛かった。素振りの後で痛みを感じなくなるまでに、手の皮を3回ほど張り替える必要があったほどだ。今でも薄皮が剥がれては、侍女長の回復魔法で治してもらっている。


 だが一方で、父の命令によって回復魔法を使ってもらえない平民シュウの方が。回復魔法は自己治癒力の促進だと考えられているが、もしかしたら別の作用が働いているのかもしれない。それを解明する知識は残念ながら私には無かったし、誰もその点に疑問を抱いてはいなかった。


 そもそも何故私達が魔法を使えるようになったのか、その起源すら解明されていないのだ。女神の慈悲であるとされているが、それなら魔物や魔族は何故使えるのか。いずれ勇者が討伐すると噂される魔王も、私達と同じ魔法を使うのか。それさえもわかっていない。成り立ちも、仕組みもよく理解できていないまま、私達は魔法を使って便利な生活を送り、ステータスという明確な数値だけで人の価値を判じてきたということだ。


 同時にそのお陰で発展できた側面もある。魔法やステータスと共に刻んできた歴史のお陰で今があり、軽視はできない。貴族教育が進むにつれて、私もそう考えざるを得なくなっていた。


 どっちが正しいのだろう。やっぱり私が間違っているのだろうか。世界に対する不信感と敬意が綯い交ぜになって、小さな頭は爆発しそうになっていた。


 ……彼は、どう思っているのだろう。何かを求めるようにふと横を見ると、雑念だらけの私と違って一心不乱で素振りに集中する姿があった。


 いつだって、彼は一所懸命だった。


「30っ!31っ!32っ!」


 すぐ横の少年は魔法に頼らず、レベルも上がっていないというのに、見違えるほど逞しくなっていた。外で働くことも多い彼の肌は薄っすら小麦色に焼けていて、大人用の鉄剣カッツバルゲルを私と変わらない速さで振り続けている。素早くキレのある素振りによって、流れる汗が光り、そして弾けていた。


 その時になって初めて、2年という月日は、彼を少しずつ大人にしているのだと知った。


「……背、伸びたね」


「え、なに?」


「ううん、なんでもない。33!34!」


 毎日見ている光景のはずなのに、何故か気になって仕方なくなっていた。目が離せなくなっていた。目が離せないのに、目を合わせるのが時々とても恥ずかしかった。


「99っ!100っ!」


 気が付けば、あっという間に100回を振り終えていた。どうやら私の体力も、順調についてきているようね。


「よし!それまで!お嬢様もそろそろ型の練習に入っても良さそうですね。それとシュウも、剣筋が見れるものになってきたな。これなら護身術どころか、お嬢様の護衛も目指せるんしゃないか?」


「本当ですか!?」


「ああ。レベル1のままだというのに、大したものだな……あっ!こ、これは!?」


 しまった!という顔を隠さないセルジュに、不思議と頬が緩んだ。


「今のが皮肉じゃないことくらいわかるわよ。でも実際、不思議だわ。確かに力の値は伸びてないのよね?」


 彼のステータスを確認するとき、私は〈分析アナライズ〉を使わない。あの不快感を彼に強要するのは、絶対に御免だった。


「〈情報開示ステータス・オープン〉。……ええ、俺のレベルは1のままですね。力も初期値のままです。、何かわかりますか?」


 彼がセルジュを先生と呼ぶようになったのは、いつからだろう。何かと不出来な部下を怒鳴り散らす無能という印象が強かったが、意外と面倒見の方は良いらしい。


「ステータス値が同じでも、膂力差が生まれることはあるぞ」


「あら、どういう時に?」


「私は専門家ではありませんので詳しくはわかりませんが、一説によるとステータス値というものはあくまで上限値に過ぎず、さらに言えばが上限値に至っているとは限らないそうです」


「何よそれ。じゃあステータス値なんて最初からアテにならないじゃない」


 そんなあやふやな値を神聖視するなんて、この世界は本当にどうかしてるんじゃないか。


「上限値が分かれば十分です。潜在能力を測れますから」


「じゃあ例えば俺と先生が腕相撲して勝ったら、先生の潜在能力がいくら高くても、実力は実質レベル1以下ってことになるんですか?」


「お、お前は……!」


 セルジュから一瞬だけ怒気が溢れたが、シュウの目に一切の嘲笑がないのを確認すると、巨大なため息と共にそれを吐き捨てた。


「……ああ、そうなるんじゃないか。よかったな。それで、なんだ?先生を馬鹿にして楽しいのか?ん?」


「い、いえ!ていうか、すみません!俺、今とんでもないこと言いましたよね!?」


「ああ、わかってるわかってる。罰として素振りを追加500回と片付けだ。一人でな」


「ゲェッ!?」


「ふふっ……今のは貴方が悪いわ、シュウ。の言いつけを守りなさい。先に部屋へ戻ってるわよ」


 ショボンとしたシュウはすぐに剣を握り直し、また1から数え直し始めた。セルジュはそれを鼻で笑うと、監督するつもりはないのか、私と並んで稽古場から出た。どうやら見ていなくてもやりきると、お互いに信じているらしい。


 いつの間にか随分と信頼しあっているのだなと感心していたが、扉を閉めた直後に彼の口から出た言葉は、無視できない重さを伴っていた。




「……お嬢様、お耳に入れておきたいことがあります。しかしどうか旦那様と、シュウのやつにはご内密に」


「……何かしら?」


 彼が私だけに秘密を求めるのは、これが初めてだ。


「先程の話です。お嬢様の言う通り、彼の膂力は初期値のそれではありません。おそらく既にお嬢様よりも遥かに上です。しかしお嬢様とのレベル差を考えると、仮にスキル適性が戦士であっても、実力差の説明が付きません。ステータス値に男女比は考慮されませんから」


 私の当時のレベルは15。レベルの割に非力な部類ではあるものの、それでも力の数値は彼よりも10以上上回っていた。


「驚いたわ……」


「何にですか」


「貴方がそこに気付いたことによ」


 一日に二人の子供から小馬鹿にされたと感じたのか、彼の顔が渋くなった。


「心外ですな。これでもお嬢様に次ぐほど、彼を見てきたつもりですぞ」


「そう思われても仕方ないくらい、貴方達はレベルしか見てこなかったじゃない」


「……返す言葉もありませんな。しかしやつと貴女を同時に稽古していれば、嫌でも違いには気付きます。あの剣筋は技術だけでは成し得ません。どう考えても彼は数値以上の膂力があります」


「まあ!やっと貴方もステータスなんて飾りだと理解したのね!」


「いいえ」


 ちょっと見直したと思ったらそこは即答だったので、思わず鼻白んだ。ここまで判断材料が揃っているのに、まだステータスを信じているなんて。


「が、頑固者!石頭!ステータス教!」


「そうではありません。お嬢様、彼のレベルはいくつですか?」


「だから、1なんでしょ!?稽古場でも確認したじゃない、まだそんなことにこだわっているの!?」


「……その前提が間違っているのかもしれないのです」


 それはステータスを信じていない私でも気付けないことだった。あるいは彼の場合、私よりも魔法とステータスを信仰していたが故に、逆に気付けたのかもしれない。




「彼はレベルです。我々と異なり、力や賢さも同様、頭に0が付いています。もし0の先にまだ数字が並ぶとするなら……一体彼のレベルは、幾つなのでしょうか」




 稽古場から、彼が150の数字を叫ぶのが聞こえてきた。既に合計250回以上続けて振り続けているのに、彼のペースと風切り音は一切衰えていない。


 鳥肌が立った。月のものを看破された時とはまた別の、強烈な寒気とともに。


「……レベルが1001を超えているかもしれないとでも言いたいの?」


「あくまでも仮説です。しかしやつの力が、既に初期値から大きく外れているのも確かなのです。救いがあるとするなら、シュウのやつにその自覚がないことですが、それもいつまで保つかわかりません」


「…………恐れ過ぎよ」


 そう言った私の声は、掠れてはいなかったか。しかしその後に流れ出た言葉に、迷いは無かった。


「もし本当に千や万を超える数値を持っていても、そんな簡単に上限には達しないわ。それくらい途方も無い数値だもの。だったら今の彼は底力を計測できないだけで、今までの彼と何も変わらないわ。努力をした分だけ強くなっている……それは、人間として普通のことじゃないの?」


 もし本当にシュウが私の100倍近い力を持っているとするなら、取っ組み合いの喧嘩をした日に私は絶命していたはずだ。私が原型を留めていること、それ自体が彼の安全性を証明している。


「……レベルがいくら上がろうと、シュウはシュウよ。それでいいじゃない」


 そんな風に考えてしまう私を、彼は嫌わないでくれるだろうか。


「ええ、おっしゃる通りかもしれません。実は私もそこはあまり心配していないのです。しかしお嬢様、ステータスの中で2つだけ、が存在します。私が恐れているのは、むしろそちらなのです」


「……努力と、関係なく?……まさか!?」


 今度の鳥肌は、目眩を伴った。




「……そう、です。私の懸念が正しければ、彼のHPは015……つまり少なくとも累計ダメージが1015、あるいは10015かもしれませんが、それ以上を超えなければ、のです。MPを使う術はありませんが、ほぼ無尽蔵に吸い出すことなら出来ます」




 ――歴史上、最も大きなダメージとして記録されている数値はだ。その戦士は魔物の一撃によって下半身を失ったのだが、幸か不幸かHPが僅かに残っていたため、直ちに魔法処置を施したことで蘇生に成功している。


 もちろん、腰から下も全て元通りに出来たのだが、あまりに強いショックを受けたためか、その戦士は蘇生後も廃人同様になってしまっており、二度と正気を取り戻すことはなかったという。


 そんな500ダメージを2回続けて受けても、シュウは死ねないのかもしれないのだ。恐らく首だけになってもしばらく生き続けてしまうだろう。死にたいと願ってもHPが0にならない限り、死ぬことをから。


 そしてMP吸収魔法の方は……たとえ100程度の吸収量でも、死にたくなるほどの不快感を伴うという。通常ならMPが0になった時点で狂死するというが、彼の場合はMPが無尽蔵なのでそれすらも叶わない。


 死ぬほどの不快感を10回、あるいは100回を超えて喰らっても狂死すら許されず、、ほぼ無制限に心を削られ続けることになるのだ。


「そんな……!そんなことが!?どうしてシュウなの!?シュウが何をしたのよ!?」


「お嬢様、落ち着いてください。……よろしいですか、この件は絶対に、旦那様とシュウに知られてはいけませんぞ。旦那様が最も欲しいものは、高いステータスと、ご自身が魔法を使うためのMPです。そんな旦那様がシュウをどう扱うか、想像するのも恐ろしい……」


「……セルジュ……もしかして、あなたは……」


「そして、どうあっても死ねないことを悟ったシュウ自身が、その無尽蔵の生命力いのちで何を仕出かすのかもわかりません。人は心から裏切られた時、何をするかわからないものです。魔法も、ステータスも関係無く、人の心とはそういうものなのですよ」


 セルジュの声には憂いと畏怖がたっぷりと含まれていた。恐ろしい未来……考えうる最悪の結末を語った彼だが、ここに来て一つ大きな矛盾を抱えている。


 それは――




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