第6話 交わらないもの
--------
春の花が散るのを見送り、夏の暑さに耐え、秋の彩りにあの日を思い、冬の寒さに友の旅を憂う。そんな儚い日々を私が送ることになるなんて、夢にも思わなかった。絶対に似合わないと思ってたもの。
16歳になった私は、彼らが旅立った後もセルジュ流の厳しい稽古を一人続けた結果、非戦闘員としては異例のレベル20に達していた。セルジュよりもレベルが高くなった理由は、年若い内に経験値を多く獲得出来たかららしい。この辺の仕組みは、私にもよくわからない。
それに興味もなかった。私にとっての訓練とレベル上げは、ここでセルジュに習いながらシュウと過ごした日々を思い出す為の、自慰に過ぎなかったのだから。
ただ、そんな自慰行為でも続けた意味はあったらしい。
「今日も訓練ですか、ジュネ嬢!流石、自己研鑽に余念がありませんね!」
それは毎日の日課である素振りとシャドウファイトを終えるところでのことだった。普段私一人しかいないのに、その日は本当に珍しいことに、来客があった。
「ハンク様?まさか訓練場へお越しにいらっしゃるなんて……事前にお便りをくだされば、お茶をご用意しましたのに」
「まあ、そうなんでしょうけどね!……どれどれ」
おもむろに持ち上げたのは、
「……え、あの!?」
ハンク様はそれを両手で握りしめ――
「ふんっ!んぐっ!?」
――思い切り振り下ろしたが、剣の重さに負けて地面に叩きつけてしまっていた。
「痛ぅ……!」
「だ、大丈夫ですか!?それすごく重いんですから、最初は木剣から始めないと!」
「ははははっ!婚約者の身を案じるよりも、訓練方法の誤りを正すのが先なのですね!」
「あっ!すみません!すぐに治癒士をお呼びます!」
「いえいえ、それには及びません!<
「あ……」
『――痛っててて!手が滑った!』
『もう、何やってるのよ!滑り止め塗り忘れたんでしょ!?』
『そんなに怒らないでよ、うっかりしてたんだって!それより俺の心配しないの?』
『とりあえず唾でも付けときなさい!ほら、さっさと手を洗いに行くわよ!』
『こ、根性論……!?君ってとことん魔法使い向きじゃないよね――』
事もなげに自らの手を癒すハンク様の姿は、シュウとは真逆だった。それなのに何故か、シュウが怪我した時のことを思い出して、胸が痛かった。
「……アナライズ、お嫌いだったのですね」
「……え?」
ハンク様が何を言ってるのかを理解できたのは、その言葉を2回ほど反芻した後だった。
「先日、貴方の侍女から教えてもらいました。世の中には握手やハグを嫌うような方もいるのかと、少々驚かされましたよ。夜会では、お互いに<
「……申し訳ありません」
「何故貴方が謝るのです?謝るのは、私の方です。……断りも無く分析したこと、誠に申し訳ありませんでした。どうか、この通りです」
「ハンク様……」
「貴方のステータスを隅々まで見たというのに、私は何も分かっていなかった。貴方がどういう気持ちであの場にいたのか、どうして無口のままでいたのかも、ステータス画面は何も教えてくれませんでした。……ステータスを見ても分かるのは数値だけ。そんなことは、私が一番よく分かっているべきだったというのに」
「私の方こそ、お会いする前にお手紙でお伝えすべきことでした。大変申し訳――」
「ジュネ嬢」
この時のハンク様は、どこまで私のことを分かっていたのだろうか。
「彼を、愛しているのですか?」
どうして、私よりも分かっていたのだろうか。
「勇者殿が屋敷からいなくなってから、元気がありませんでしたから。しかし、やはりそうでしたか」
「そんな……ことは……」
「ははっ、否定しなくとも。しかし罪作りな方だ。私という婚約者がいながら、別の男に心を寄せているなんて。……いや、私の方が後から割って入ったのかな」
ハンク様は一つ大きな溜息を吐いて、もう一度力なく笑った。
「勇者様が相手では、私では分が悪そうだ」
「ハンク様……」
「良いでしょう、ジュネ嬢!貴方の愛する人の帰りを、私も待って差し上げます!ただし――」
ハンク様は再び剣を手に取ると、もう一度剣を振った。今度は地面を叩かないよう横に振りぬいているが、体幹が弱いので足元がふらついている。
「婚約破棄の条件は、彼が帰ってきた時に貴方のレベルが私よりも高い時だけです!!」
私は何も言えなかった。彼のレベルは18で、私よりも2低い。LV1を4にするよりも、LV18を21にする方がはるかに時間が掛かる。危険な冒険者業に手を付けるならまだしも、これから日常鍛錬だけで追いつくことは出来ないはずだった。
それに魔王が倒されれば、レベルなんて考え方も無くなるはずなのに。
……この方もそれを分かっていて、絶対に勝てないだろう挑戦状を叩きつけてくれていたのだ。
「婚約を破棄されたかったら、ここで研鑽を続けることです!……では、ご機嫌よう」
そう言うとハンク様は、シュウの鉄剣を丁寧に立て掛けて、訓練場から去っていった。"婚約を破棄する"とこの場で言わなかったハンク様の優しさが、罪悪感などという言葉では安すぎるほどの痛みを私の胸に残していた。
もしも出会い方が違ったら、私とハンク様の未来はもっと明るく、幸せなものになっていたのだろうか。私が魔法とステータスを受け入れていれば、シュウに心惹かれる事も無く、あの方との結婚生活の中で愛情を見出せるようになっていたのだろうか。
「ごめんなさい、それでも私は……」
それは無意味な仮定だった。現実の私は魔法とステータスを否定し、ハンク様ではなくシュウを選んでしまっている。初めから私にはハンク様との未来は無かったのだ。私自身がそう決めつけなくては、ハンク様に対してあまりにも失礼じゃないか。
……そう頭では分かっていても、耐え難い胸の痛みが消えることはなかった。
「……ごめんなさいっ……!」
誰もいなくなった訓練場の真ん中で、この場にいないあの人に、ただ謝ることしか出来なかった。
--------
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます