アイドルのような女の子がカッパを貸してくれた話

e層の上下

アイドルのような女の子がカッパを貸してくれた話

 女なんてさ、たいしたことないんだよ。優しくすればするほど、図に乗るしさ。わがままだし、なんか汚いもの扱いしてくるし、むしろこっちから願い下げなんですけど。いつもいつも体に触れないように気を使っているのに、そうしてもらって当然だって思っている。蹴ってやろうと何度思ったことか。

 僕はそんな想いで自転車を走らせていた。午後3時。学校が終わって放課後何をするでもなくさっさと帰路につく。学校はちょっと高い丘のようなところにあって、帰り道は下り坂。ガードレールがなきゃ簡単に崖の下に落ちてしまう。遠くに紺の海と地平線がぼんやりと見える。天気予報では曇りだったから空一面に灰色の雲が広がっていた。こうやってぼーっと見てるとガードレールにガツンッ! って行ってしまうんだよなぁ。何度か経験がある。

 建物を水平に保つための盛り土をせき止めている石の壁のようなものの道から左へと曲がる。もちろんミラー確認は忘れない。ハンドルを切るとチリリリと音が自転車から聞こえた。

 顔に何かが付いた。拭うと水だった。雨が降ってきたのだ。僕はかばんに入れておいた置き傘を片手で持って運転しようと思った。丁度、無人販売所があるから軒先を借りさせてもらって、かばんを探ってみるけどない。置き傘がない。

「はぁーあーあーあーあー」

 なんとなく大きくわざとらしくため息を吐く。雨音が大きくなり、もうどうしようもなくなってきた。覚悟の時間だ。ずぶぬれになっても自転車をこぐという勇気。僕がここまでの覚悟をしてきたことがあるだろうか? いや、ない。たいていのことから逃げてきた僕でもこの雨からは逃げることはできないのだ。そんなことを考えている間に10分が経った。

 そこに白を基調としたピンクの花が満面に咲いているかわいい傘をさした人が通りがかった。顔は見えないけど制服からどうやらうちの学校の女生徒なのは間違いなさそうだった。

 僕はボケっと見つめていると傘があがり顔を見ることができた。小さな顔。そこには学校のアイドルといってもいい、七瀬さんがいた。だけど僕は正直同年代の女の子をかわいいと思うことがない。なんならテレビのアイドルでもない。友達から「あの組の七瀬かわいいよな」と言われてもピンとこなかった。顔があまりにも小さいからエイリアンみたいだなとしか思わなかった。

 傘を見ていたからちょうど顔を見つめてしまった。目が合う。ニコッと笑ってこっちに近づいてきた。

「どうしたの中村君」

 僕の名前覚えているのか。あんまり喋ったこともないのに。僕は驚いた。

「傘がなくてさー、こうやって雨があがるのを待っているんだ」

「あ、じゃあいいものがあるよ」

 彼女は傘を首に挟んで、かばんをまさぐり始めた。

「もつよ」

「ありがと」

 彼女のかわいらしい傘をもった。なかなか小さくて軽い。雨が当たらないように注意してあげないと、でも体が近づきすぎてもいやがるだろうし試行錯誤。僕はきっと傘かカッパなんかを探してくれているんだろうと思った。

「あったあった。はいカッパ」

 彼女が差し出してきたのは透明なカッパだ。女の子のカッパ体に入るのだろうか。

「着てみてー」

 僕は傘を返し、言われるがままカッパを着た。きちんとボタンもしまり全然大丈夫そうだった。

「大丈夫そうだね。じゃねーバイバイ」

 彼女は手を振って行ってしまった。


 僕の体は熱くなっていた。カッパを着て蒸しているだけじゃない。僕はかわいくて優しい女の子がいることに心が打たれた。こんな人、初めて見た。心臓に血液が集まっているんじゃないかと思うぐらいドキドキしている。いや、なんか違う。心臓に血液が集まるのは普通の事だ。何を言っているのか。すり減っていた心の器に何かを満たしてくれた。僕ごときの名前を覚えてくれていたこと、僕ごときに優しくしてくれたこと。あのアイドルのような扱いを受けている女の子に、だ。僕は自転車で走った。いつもより速く走った。道路にでて国道沿いの道を走った。雨が降っているのに景色はいつもより色鮮やかに見えた。ファミレスの看板は真っ赤に燃えて、ガソリンスタンドの屋根は力強いグレー、植木は萌える緑色だ。新しい景色に疲れもなく家までついた。駐車場脇に自転車を止める。玄関でカッパを脱いだ。


 次の日は晴れていた。初夏のようきで昨日の梅雨が嘘のようだった。

 あのあと、僕はコンビニに行って、七瀬さんにカッパを借りたお礼を買った。あんまりお金がかかるものをあげても断られるだろうし、ポッキーかたけのこの里を買おうと思ったんだけど、きのこの山派だったらな、と思うと、結局ポッキーを買った。

 そのことを七瀬さんに伝えると「お礼なんていいのにー」と笑っていた。僕は洗ったカッパと赤いパッケージを彼女に渡した。

 彼女はさっそく赤いパッケージを開けて、2つある袋の片方を僕にくれた。

「はい、あげるー」

 僕はポッキーを貰った。

「ありがとう」

 僕は彼女を好きになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイドルのような女の子がカッパを貸してくれた話 e層の上下 @shabot

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ