概要
俺は月島雫だ
未だ陽の昇らぬ街は朝靄に沈んでいる。その海を抜けて月島志津男が、遮二無二と立ち漕ぎで坂道を登っていく。晩秋の未明、その日は特に冷え込み志津男の吐く息は白く舞い上がる。しかしその額から汗や蒸気が噴き出してこめかみには血管が浮かび、今この瞬間にもぷつりと音を立ててぶっ千切れそうになっている。ふしゅりふしゅりと呼吸するたび、きつく食いしばった歯と歯の隙間からは唾があたりに飛び散る。長年連れ添った愛車、ロクに油もささないものだからすっかり焦げ茶色となった自転車のチェーンがギィッギィッと厭らしい断末魔をあげる。これでも志津男がまだ若かりし頃、学生の時分にはこの坂道なども汗はかけどもここまで苦戦することはなかったのだが今日に至るまでの二十年あまりの歳月が、志津男から若さと体力とそれ以外の何かとてつもなく
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