第4話 灰色の学校生活

 いつからか、クラスの女の子たちが数人でかたまっているのを見かけるようになった。

 教室でほとんど口を開かない彼女たちは、いつの間に仲良くなったのだろう。


 知らない間にグループができていたことにショックを受けた。

 みんなは、誰とも仲良くしたくないわけではなかったのだ。

 ただ、私だけがはみ出した。

 そう突きつけられた気がして、心が折れた。


 最初から静かにしていれば、私にも友達ができていたのかもしれない。


 普通にしなきゃ。

 みんなと同じように。


 そう決意してみても、無駄口を叩く癖はそう簡単に治らない。

 たとえば給食を食べていて、「おいしいね」と言葉を発してしまう。

 すると、静かに食べていたクラスメイトたちは、奇怪そうな目を向けてくる。

 私はただ、このおいしさを誰かと共有したいだけなのに。


 友達がいない私でも、クラスの誰と誰が仲良しかという情報はわかってしまう。

 人恋しくてアンテナを張り巡らせているからこそ、わかってしまうのかもしれない。


 初登校の日に冷たい対応をしてきた女の子は、同じように素っ気ない女の子たちと仲がいい。

 恐竜図鑑を読むと言っていた男の子は、絶滅動物が好きな男の子とよく話している。


 彼らを観察していると、会うたびに会話をしているわけではないことがわかった。

 廊下ですれ違っても、隣の席に座っていても、彼らは他人のような顔をしている。

 何か話したいことがあるときにだけ、ほんの数分言葉を交わすのだ。そして、あとはまた他人のように振る舞っている。


 それがみんなの「普通」らしい。


 ひとりぼっちで観察を続けているとよくわかる。

 用もなく人に話しかけて回る私が、どれほど異常な存在か。

 そんな振る舞いが周りからどう見られていたのか、考えると消えてしまいたくなった。



 小学校では、年に一度、クラス替えが行われる。

 私はその環境変化に、最後の望みを託していた。

 クラスが変われば、友達ができるかもしれない。


 胸をときめかせながら、クラス替えの日を迎えた。

 1年生の時のような失敗は、もうしたくない。

 私は誰にも話しかけずに、黙って机に座っていた。本当は、初対面のクラスメイトに話しかけたくて仕方なかったけれど。


 ここで我慢していれば、きっと友達ができる。

 そう思って、必死にこらえた。


 努力の甲斐あって、一応友達のようなものはできたのかもしれない。

 だけど、それは私が望んでいた関係ではなかった。


 たとえば、消しゴムを忘れたときに、「ちょっと貸して」と気軽に頼める。そして、「いいよ」と言ってもらえる、それだけの関係。

 クラスのみんなが友達と呼んでいるのは、その程度のつながりでしかなかった。


 きのう見たテレビの話や、流行のファッションの話ができるわけではないのだ。


 何度か話したことのある子に、別の話題を振ってみたことがある。


「芸能人で誰が好き?」

 私は、ドラマの主演もしている売れっ子俳優の名前を挙げた。

 その俳優を好きでいれば間違いないだろうという、有名人のはずだった。


「その人知らない。芸能人なんて興味ないし」

「テレビ見ないの?」

「うん」

「じゃあ、歌は何が好き?」

「別に何も」

「音楽も聞かないの?」


 人気のアーティストが出した、流行の歌。

 友達は、そんなものに興味などないようだった。


 芸能人にも音楽にもファッションにも興味がないなら、いったい何が好きなのだろう。


 友達のことを知りたくて焦っても、曖昧に「何が好き?」などと尋ねれば、質問の意図が伝わらないことはわかっている。


 私があれやこれやと尋ねるたびに、だんだんと機嫌が悪くなっていくのがわかった。


「この話、いつまで続くの? 用事がないなら行っていい?」

「ごめんね。もっと仲良くなりたくて、つい……」


 それが、伝えられた精一杯の思いだった。

 けれど、「友達」はあきれたようにため息をついた。


「仲良くなりたいなら、しつこく話しかけないで。だからみんなに嫌われるんだよ」


 彼女の言い方には容赦がなくて、刺されたように胸が痛んだ。

 やっぱり私は、クラスのみんなから嫌われているのだ。

 そして、彼女自身も私のことを疎ましく思ったに違いない。


 やっとできたと思った友達だったのに、やっぱり私は距離の詰め方を間違えてしまった。


 友情って、どうしてこんなに脆いのだろう。

 大切にはぐくんできたつもりだったのに、少し近づきすぎただけで簡単に壊れてしまう。


 私はまた孤立してしまった。


 友達がいた頃と比べて、会話の量自体はあまり変わらない。

 それでも、話しかけて答えてくれる人がクラスにいるかどうかで、学校の居心地は全然違う。


 朝から夕方まで誰とも話さずにいるというのは、気がおかしくなりそうなほど苦痛だった。

 刑務所に入れられた悪人になった気分だ。私は悪いことなんて何もしていないはずなのに。

 それとも、休み時間に無駄話をしたいと願うことは、仲間はずれにされるほど悪いことなのだろうか。


 灰色の学校生活。

 代わり映えのしない日々が、何年も続いた。


 転帰が訪れたのは、小学5年生のときだった。

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普通になれない私の手記 坂井とーが @sakatoga

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