第2話 幼い孤独

 そのあと泣き疲れて眠ってしまった私を、お母さんが迎えに来てくれた。

 夢うつつだったけれど、先生とお母さんの会話が耳に届く。


朱莉あかりちゃん、アリを見ている子どもたちを別の遊びに誘ったみたいなんです」

「まぁ、そんなことをしたなんて……」

「今日だけではありません。朱莉ちゃんは、他の子にしつこく話しかけてしまうことが、よくあるんです」

「そうですか。うちでもうるさいくらいによくしゃべるもので、心配はしていたのですが……」

「もしかしたら、特別に寂しがり屋な子なのかもしれませんね」

「だからって、ほかの子の遊びを邪魔するなんて。ご迷惑をおかけしてすみません。家でもよく言って聞かせます」

「こちらの方でも、なるべく一緒に遊んであげるように気をつけますね」

「本当にすみません」


 家に帰ると、お母さんは私に集団生活のルールを説明した。


 他の子たちはみんな、自分のやりたい遊びを自由に選んでいるということ。

 だから、ほかの子どもたちに自分の遊びを押しつけるようなことをしてはならない。

 みんなにも自分と同じ遊びをしてほしいというのは、ただのわがままだ。


 そんなこと、私にはとても納得できなかった。


「でも、みんなで一緒に遊んだ方が楽しいよ」


 私がそう訴えると、お母さんは驚いた顔をして、すぐにそれを否定した。


「朱莉、そんなことを思うのはあなただけよ」


 お母さんの言葉に、私はショックを受けて固まってしまった。


 みんなが私と遊んでくれないのは、単にほかの遊びで忙しいからだと思っていた。

 でも、それだけではなかったのだ

 そもそも、大勢で遊ぶことを楽しいと思っていなければ、誘っても遊んでくれるわけがない。


 みんなで遊ぶと楽しいなんて、当たり前のことだと思っていた。

 でも、違ったのだ。

 私だけが、みんなと違うことを思っていた。


 私はみんなと違う。

 そのことを自覚すると、世界中の誰も私の味方になってくれない気がして、心細くなった。


 『孤独』という言葉を、そのときの私はまだ知らない。

 だけど、心にぽっかりと穴が空いたようなその感覚は、まぎれもない『孤独』だった。


 以降、その穴は埋まることなく、今でも私の心の中には冷たいすきま風が吹き込むことがある。





 ある日、幼稚園が休みの土曜日に、お母さんが言った。


「朱莉、今日はひとりで絵本を読んで過ごしなさい」

「なんで? お母さんと一緒に遊びたい」

「ダメよ。我慢することも覚えなさい」

「じゃあ、お父さんと一緒に遊ぶ」

「ダメ。お父さんには読みたい本があるの」

「やだ。ひとりじゃ寂しいよ」

「そんなこと言わないの。もう年長さんでしょ。お友だちも、家ではひとりで大人しくしてるのよ。それが普通なの」


「普通ってなに?」


「世の中の人たちが、全員そうしてるってこと」

「私、普通なんてやだ」

「わがまま言わないの。ひとりでいられない子は、ほかのみんなにも迷惑を掛けるんだからね」


 お母さんはそう言って自分の部屋に入り、内側から鍵を掛けてしまった。

 お父さんも、書斎にこもって出てこない。


 私は誰にも相手をしてもらえなくて、子ども部屋で仕方なく人形遊びをした。


 髪の長い人形はお母さん。

 クマのぬいぐるみはお父さん。

 赤ちゃんの人形は妹。

 家族は仲良く暮らしていて、家の中では話し声と笑いが絶えない。

 そこにウサギのお友だちが遊びに来る。


 想像の中の私は、ずっと誰かとお話ししていた。

 こんな遊びをしていたら、みんなからはおかしいと思われるだろうか。


 人形は人形で、あかりちゃんの家族や友達じゃないでしょう。

 そう言って、冷たい目で私を見るのだろうか。


 ひとりぼっちの時間は、誰かといるときより長く感じる。

 お腹は空いていないのに、お昼ご飯が待ち遠しかった。


 ひとりで遊ぶことの何が楽しいのか、私にはどうしてもわからない。

 問いかけに返事をしてくれる人がいなくて、むしろ寂しくなってくる。

 寂しさに胸が締め付けられて、涙が出てきた。

 私はふわふわのぬいぐるみたちに顔をうずめて、お母さんが部屋から出てくるのを待ち続けた。


 別にお母さんが悪かったわけじゃない。

 それが世の中の『普通』だっただけなのだ。

 おかしかったのは私の方。

 ひとりでいることを寂しいと思う私がどうかしている。


 絵本やパズルや、子どもが喜ぶおもちゃは一通り与えられていた。

 それでも私はひとり遊びを好きになれないまま、小学校に上がる時期がやってきた。

 小学校では、みんなで一緒に勉強したり運動したりするらしい。それは、とても楽しみなことだった。


 小学校に上がったら、何かが変わるかもしれない。

 あの頃はまだ、そんな期待を胸に秘めていた。

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