普通になれない私の手記

坂井とーが

第1話 異質な子

 友達がほしい。

 切にそう願って、出会う人には片っ端から話しかけていく日々だった。

 進学するたびに、そして進級するたびに、私は知らない誰かと出会う。


「私、前田朱莉まえだあかりっていうの。教室まで一緒に行かない?」


 だけど、言葉は見えない壁にぶつかったように、いつもあっさりと跳ね返される。


「用事がないのに、どうして話しかけくるの?」


 何度そんなふうに拒絶されただろう。

 友達がほしいという私の思いは、誰の胸にも響かない。

 そしていつしか私は、陰で『コミュ狂』と呼ばれるようになっていた。


 どうして私は普通の人になれないのだろう。

 その疑問の答えを探して、本を開く。



――――――



 世の中の健常な人たちの脳には、『ASD(自閉スペクトラム)』型と呼ばれる特徴がある。

 しかし、一部の人は、自閉スペクトラムからはずれた、『定型』と呼ばれる発達傾向を示す。

 その割合は、およそ100人に1人ほどだ。


 『定型』の人たちは、コミュニケーションの面で様々な困難を抱えている。


 彼らは日常的に生きづらさを感じ、周囲に馴染めないことも多い。

 近年では、そのような困難を抱える人々に、『発達障害』という診断名が付くようになった。


 

――――――


 先生からすすめられた本には、そう書いてあった。


『コミュニケーションの面で様々な困難を抱えている』


 まるで私のことを言われているようで、ドキッとした。


 静かに顔を上げて、放課後の図書室を見渡す。

 活字の本を好む生徒は多く、図書室は学校で一番人気の場所だ。パーテーションで仕切られた50ほどの席は、ほとんど毎日埋まっているという。


 私には、図書室のよさがわからない。人がたくさんいるのに一言も話してはならない空間というのは、なんだか不気味に思えた。

 だけど、彼ら『普通の人』にとっては、居心地のいい場所なのだろう。


 皆と違う感性。

 それは、持って生まれただけで人を孤独にしてしまうものだ。

 私がみんなと違っている理由を、この本は解き明かしてくれるのだろうか。



――――――



『定型発達障害』の特徴


・雑談や世間話を好み、特に用事がなくても他者と会話を続けようとする。


・ひとりで過ごす時間を苦痛に感じ、人の多く集まる場所に行きたがる。


・他人の気持ちや周囲の人間関係に強い関心を示す。


・身振り手振りや表情の変化などを、コミュニケーションの一部だと思い込んでいる。


・相手の感情を察しようとしたり、自分の感情を察してほしいと考えたりしてしまう。


・「少量」や「適度に」といった曖昧な表現を使い、具体的な数字言わないことが多い。


・周囲に理解できない支離滅裂なこと(冗談)を言って笑う。


・言葉を字義通りに解釈せず、皮肉や嫌味など別の意味が隠されていると疑ってしまう。


・決まっていた手順や予定を変更し、周囲を困らせることがある。


・特定の物事に対するこだわりが弱く、様々な方面に興味を示す。



 これらの特徴に当てはまる人は、『定型発達障害』の可能性がある。



――――



 この本の著者は、次々と私の特徴を言い当てていく。


 私が16年間抱えてきた生きづらさの正体は、きっとこれだ。

 医師の診断を受けるまでもなく、確信した。


 無意識のうちに、涙が頬をつたう。

 今まで、理由もわからないまま、ずっと苦しみだけが続いていた。

 その原因がはっきりとわかったことで、救われたような気がしたのだ。


 私はきっと、『発達障害』なのだろう。

 だから、私が普通になれないのは、私が悪いからじゃない。ただ、脳の特性が偏っていただけなのだ。

 そう言って許してもらえた気がして、ほっとした。





 思い返せば、幼稚園の頃から、私は『普通じゃない子ども』だった。


「ねぇ、家族ごっこしようよ」


 そう言ってまわりの子どもたちに声を掛けては、不思議そうに首をかしげられていた。


「家族ごっこって、なに?」

「みんなで家族みたいにするの。私がお母さんの役をやるね。あと、お父さんの役と、子どもの役がいて……」


 そう説明すると、ほかの子どもたちは冷めた目をして私を見た。


「なに言ってるの? あかりちゃんはお母さんじゃなくて子どもでしょ」

「そうだけど、遊びの中ではお母さんの役なの!」

「遊びの中でも、子どもはお母さんにならないよ」

「そうだけど……」


 私と一緒に家族ごっこをしてくれる子はいなかった。

 飾りのない殺風景なお部屋では、みんなが思い思いのひとり遊びをしている。

 年長組では、パズルをしたり絵本を読んだりするのが人気だった。

 みんなを集めてごっこ遊びをしたがるのは私くらいだ。


 それでも、ときどき何人かが集まっているのを見つけると、羨ましくなって声をかけた。


「なんのお話ししてるの? 私も入れて」


 だけど、みんなは会話なんてしておらず、アリの行列を観察しているだけだったりするのだ。


「いつまでアリを見てるの? みんなで砂遊びしようよ」


 すると、一心不乱に行列を見ていた子は、顔を上げることもなく言った。


「砂遊びがしたいなら、ひとりで行ってきなよ。なんであたしたちを誘うの?」


 誰も、私の目を見てくれない。

 その子の冷たい言い方が悲しくて、私は大声で泣き出してしまった。


 突然の大声に驚いた子たちが、さすがに顔を上げる。

 だけど、「どうしたの」とは、誰も聞いてくれなかった。

 みんなは不思議そうな顔をして、泣きわめく私を眺めている。


 どうして私が泣いているのか、誰もわかっていない様子だった。

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