第4話
私はコリンナ、十五歳の時に行儀見習いとしてオルコット伯爵家に勤める事となりました。故あってアラベラお嬢様にお仕えし続けてきたのですが、アラベラ様の婚約者であるアティカス様はかなりヤバイやつなのは間違いようのない事実です。
アラベラお嬢様に自分以外の人間が近づくのを嫌いますし、アラベラお嬢様と誰かが話すのも嫌います。ご両親から疎まれて育ったアラベラ様は使用人から遠巻きにされていたので問題が生じる事はありませんでしたが、これが普通の伯爵家であったのなら、お嬢様関連で人の一人や二人は死んでいるなんて事もあったでしょう。
アラベラ様の視線一つにしても他の誰にも向けたくないと考えるアティカス様が、今までお嬢様に会うこともなく我慢していた事自体が奇跡に近い事でしょう。
「コリンナ、私、アティカス様が部屋に入ってきた時に、殺されるかなって思っていたのよ?なんだか、アティカス様の視線の中に殺意のようなものを感じちゃって」
それは見間違いではないとお嬢様に申し上げたいです。
アティカス様のお嬢様へ向ける思いは異常なほど重いものなので、ある意味、殺意にも似た感情とも言えるのではないでしょうか?
「アティカス様は私を迎えに来たと仰るんだけど、私、本当にアティカス様のお言葉に甘えても良いのかしら?」
「甘えて良いと思いますよお嬢様!」
甘えてくれないと私の首と胴がおさらばしてしまうので、そこのところは宜しくお願いしますよ!お嬢様!
「アティカス様もお嬢様をお迎えするための準備をされていたという事ですし、お嬢様は何も心配せずに、アティカス様の手をお取りになれば宜しいかと」
「本当に私なんかがアティカス様の手を取っても良いのかしら・・・」
「お嬢様、お嬢様は細かい事は考えず、アティカス様の事だけを考えれば良いのだと思います」
ゴミ屑扱いをされた令嬢と親から黴扱いをされていた令息との婚約が決まったのは6年ほども前の事になります。
兄が、妹が、美しすぎる容姿であった為に、出来損ない扱いを受ける事になった二人が、互いに寄り添っている姿は悲しくもあり、微笑ましいものでもありました。
そんな二人は成長するに従って、大きく変化をしていく事となりました。
アラベラお嬢様は成長するに従い、百合のように凛とした美しさを持つようになり、貴族の令息たちはアティカス様がアラベラお嬢様の隣に立つには地味過ぎる、そぐわない、みっともない、他の令息の方がよっぽど相応しいのではないかと言い出します。
アラベラお嬢様の隣に胸を張って立つためにと、アティカス様は錬金術の研究にのめり込みました。
我が王国では魔石を使った様々な魔道具が開発されています。アティカス様は魔法陣と魔石についての研究を進めていく中で、これを道具として汎用するのではなく、魔法陣そのものを利用する方法を編み出すことに成功しました。
「円転滑脱転移陣」
魔石に緻密な陣を書き込む事によって、数名程度の転移を可能とする。
転移先へ設置する魔法陣は余人でも作成は可能となっても、動力となる魔石への呪術刻印はアティカス様にしか出来ない御技。
アティカス様が錬金術師と呼ばれるようになるのと同時に、今度はアラベラ様が、アティカス様の婚約者として相応しくないと後ろ指をさされるようになりました。
アラベラ様が連日の夜会に繰り出し、男性と自由恋愛を楽しんでいるという根も葉もない噂が流れるようになったのもこの頃のことで、我儘で傲慢、男癖の悪い愚かな悪女と囁かれるのを、忙しくしているアスティカ様が注意を向けられなかったのもまた事実です。そうして、アティカス様が全てを理解した時には、アラベラ様は追放された後だったというわけです。
「コリンナ、今までアラべラを守ってくれた事に礼を言う」
アティカス様が頭を下げてきましたが、こっちがヒヤヒヤしちゃいます。
「頭をお上げください、私は私に出来る事をしただけですから」
お嬢様が伯爵家から追放されて私の実家へと移動する事になったので、秘密裏にアティカス様宛に手紙を出しておりました。
アティカス様がアラベラ様しか見ないという事は知っておりますし、婚約破棄に承諾する手紙を送って来たとお嬢様は言いますが、婚約破棄だけでも信じられないのに、そんな大事な要件を手紙で済ますところからして疑問しか浮かびません。
アティカス様であればきっと、お嬢様との婚約を破棄するくらいなら、王国を滅ぼすでしょうし、もしもお嬢様に万が一の事があれば、あっさりと後を追うだろうと想像させるだけの危うさがアティカス様にはあるのです。
それにしても、アティカス様が迎えに来るのをただ待てば良いものと思っていた割には、色々と邪魔が入って大変な思いをしたものです。今まで追っ手から逃れるために移動に移動を重ねていたわけですが、これで逃避行も終わりという事になるのでしょう。
「コリンナ、俺はアラべラを連れて俺の家へと帰るが、お前はどうする?」
「私は可能であれば、お嬢様に仕え続けたいと思っております」
「そうか、わかった」
なるべくお嬢様に人を近づけたくないアティカス様は、新しい使用人をお嬢様に近づけるのもお嫌でしょうから、きっと私は重宝される事でしょう。
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