第11話

私は、婚約破棄の手紙を両親から見せられた時に、遂に捨てられる時がやって来たのだと思ったわけです。

 私はゴミみたいな髪色をしているし、アティカス様の隣に並んでも見劣りしないようにと美容も頑張ったけれど、結局、平凡な顔立ちは変わりません。


 私には昔から加護の力があるけれど、お守り程度にしからない小さいものでした。その力を利用すればお金になるから、頑張って販売用のハンカチに加護の刺繍を入れ続けたの。


 ドレスと靴はアティカス様がプレゼントしてくれるけど、装飾品だけは自分で用意した。だって、パーティーに出席した次の日には全ての物をお母様が持って行ってしまうから、高価な装飾品をアティカス様に買って貰うわけにはいかないもの。


 どうせ奪われる物だから、それほど高い物じゃなくていい。


 だけど、侯爵家の令息であるアティカス様の名前を汚さない程度のものを用意しなくちゃいけなくて、朝から晩まで加護付きの刺繍を施して、セグロ商会に買い取ってもらっていたの。


 メイドのコリンナがセグロ商会を紹介してくれたんだけど、まさかそのセグロ商会が、アティカス様の持ち物だなんて知りません。


 伯爵家に行儀見習いで来ていたコリンナだけど、アティカス様から別にお給料を貰っていて、私の生活に支障をきたさないように配慮してくださったなんて事も知りません。


 妹オリビアにアティカス様を奪われて捨てられたはずの私は、伯爵邸を出る時からアティカス様に守られていたのも知りません。変な男の人たちが身近に現れ始めた時に、颯爽と現れた護衛の方々を手配したのもアティカス様だったそうですし、私が困らないようにと、コリンナの実家に下着から靴下からスカートからブラウス、ジャケット、化粧道具まで送ってくださったのもアティカス様だったのを知りませんでした。


「うちの者が用意したって言った方が、お嬢様のお気持ち的にも楽じゃないかな〜と思いまして」

と、コリンナが言っていたけれど、確かに、アティカス様が用意した下着を私は履いているという事になるんですものね?だとしたら、これらの品は女性の方が選んでくれた物だと信じていた方が心の平穏につながります。


 私がチクチクハンカチに刺繍を入れている間、アティカス様はコツコツと研究を積み重ねて、国王様からも信頼厚い錬金術師へと成長しました。


 王都では英雄と言われるほど誉も高いのだそうですけど、私、お父様に追放されたから平民落ちしているのですよね?平民になった私とアティカス様とでは、やっぱり身分が釣り合わないということになるのではないでしょうか?


「アラベラは平民落ちなんかしていないよ?元々、オルコット伯爵家を継ぐのは君以外に誰もいない状態だから、いくら君のおじさんが王国の上層部に賄賂をばら撒いたって、どうする事も出来ない案件なんだよね?」


 海辺の漁師町から王都へと移動してきた私たちは、貴族街のちょうど端に位置する瀟洒な邸宅へと移動しました。

 緑の瓦屋根が可愛らしく、風見鶏が屋根の上でくるくる回っています。ちょうど屋敷の後には果樹園が広がっていて、子供の時の私が夢見た家がそのまま目の前にある訳ですけど、この夢の家を用意したのがアティカス様です。


 今日も今日とて、食堂で私をお膝に抱っこしていたアティカス様は、小鳥を餌付けするように私の口元へと果物を運びながら、

「アラベラは知らなかったと思うんだけど、君の父母と妹のオリビアは、君の叔父さん一家ということになるんだよ」

と、意味不明な事を言い出しました。


「アラベラの本当のご両親はマリアンナとステファンという名前の方達で、伯爵家の一人娘だったお母さんのところへ分家のお父さんが婿入りした形になるんだよ」

「ええええ!」

「アラべラが二歳の時に馬車の事故でお二人が亡くなって、お父さん側の弟夫婦が君の後見人として屋敷にやってきたというわけだ」


 お父様とお母様が本当の両親じゃなかった?いやいや、そんな気はしていたんですけど、そんな気はしていたんですけど、なんで今までその事を私に教えてくれなかったんでしょうか?


「君の叔父夫婦は君に、自分達こそが親であると思い込ませようとしているようだったからね、なるべく安全で無事に成人するためにも、君があの夫婦を実の両親だと思いこんでいる方が良かったんだ」


「で・・でも、父と母は私を追放しましたよね?」

「元々、俺とアラベラの婚約も、オルコット家のうるさがたの老人が言い出した事で、そのうちに婚約のすげ替えはしようと考えていたみたいだ。そうするうちに、俺が錬金術師として有名になったし、オリビア自身が姉から俺を奪って自分のものにしたいと言い出したようでね?都合が良いと考えたみたいだよ」


 私の口元をナプキンで拭いながらアティカス様がにこりと笑います。


「で・・でも・・でも・・アティカス様は妹のオリビアの方が好きだったんじゃないですか?お手紙でもそう書いてありましたし、私よりもオリビアとの会話の方が盛り上がっているように思っていたので、私なんか捨てられて当たり前だと思っていたんですけれど」


「は??」


 全身がゾクーッとしてきました。

 お膝に抱っこ状態で餌付けされているので、アティカス様のお顔が本当に私の近くにあるのですが、殺気が全身から噴出し、ヘーゼルの瞳が殺意を含んでどろどろと渦を巻いていくように見えます。


「僕があの馬鹿と話をする時は、あの馬鹿が君に対して罵詈雑言を吐きまくった時と相場が決まっているんだよ。それとも君は、俺があのブスに対して愛の言葉を囁いているところを見たとでも言うわけ?」


 ひいいいっ殺されるううううぅ・・・なんて思いそうになるほどの殺気ですが、これって実は、本物の殺気じゃないらしいんですよね。


「ごめんなさい、私は二人が話しているのは遠くからしか見たことがないし、オリビアがアティカス様と話した後は、必ず二人の関係を匂わすというか、惚気るというか・・・」


 私はアティカス様の胸に顔を埋めながら言いました。


「それで寂しくなって、悲しくなって、アティカス様は私のものよ!って言いたいけど言えず仕舞いでしたし、結局オリビアとアティカス様が結婚するって聞いた時も、辛くて悲しくて、泣いちゃったのをコリンナに慰めてもらっていて」


「可愛い!可愛すぎるよアラベラ!」


 殺気が霧散するのと同時に、アティカス様がぎゅうぎゅうと私を抱きしめてきました。


 私もごみ屑令嬢と呼ばれて散々な子供時代を過ごしてきましたが、アティカス様も私と同じように、黴令息と呼ばれて悲惨な子供時代を過ごしています。


 両親からの愛情も満足に得ることができず、時には虐げられながら育ってきたという事もあってか、お互いにものすごく寂しがりなところがあるのかもしれません。


 婚約者として依存傾向にあったアティカス様は、私の逃避行中は私に会うことが出来なかったという事もあって、この寂しがり屋がたまに爆発状態となるのです。


 一人になるのが怖くて、可能な限り私とくっついていようとしますし、馬車でも食事でもお茶の時でも、私を膝の上に乗せてくっついていないと不安になってしまうのです。


 幼少期に母親や父親から愛情を注がれていればこんな風にはならなかったのでしょうけれど、残念ながら放置されて育ったアティカス様は、寂しがり屋が極限状態となると殺気に似たものを噴出させる傾向にあるのです。


 ああ、死んだな。


と、思うことも度々なのですが、優しく抱きしめて、背中を何度も、何度も撫でてあげるうちに落ち着いてきます。親からは絶対に言われる事がなかった愛情あふれる言葉をかけてあげると、さらに落ち着きを見せます。


 今はまだ、私のフォローが必要なようですが、もうしばらくすれば通常の状態に戻るでしょう。


「アティカス様が落ち着いたら・・私は・・離れなければなりませんね」


 アティカス様は陛下にも認められた錬金術師なのです、結婚する相手はそれなりの相手が用意される事でしょう。

 今まで私をフォローしてくれた婚約者も、他の人の手を取って幸せになるのでしょうし、今までの思いを託して結婚式に加護入りのプレゼントを用意したら、受け取ってくれるでしょうか?


 殺気が膨れ上がってきました。

 私はまた何かまずい事を言ったのでしょうか?


「離れるってなんなの?」

「え?」

「離れなければならないって一体なんなの?」

「だって、アティカス様は伝説の錬金術師なのですから、もっと相応しい人を伴侶にしないと・・・」

 

 怖いです。

 もう、目が怖いです。

 殺気で全身が切り裂かれそう、というか足を見た?私の足を見てます?切って捨ててやろうとか思ってないですよね?

 また寂しがり屋爆発ですか?


「アティカス様には相応しい女性が山のように居るとは思うんです」


 背中を摩りながら抱きしめてあげましょう。

 そして今だけは、本音を言って、アティカス様を安心させてあげましょう。


「だけど、私がオルコット伯爵家を継ぐという事になるのなら、アティカス様、身分不相応ではありますが、最初の予定の通り婿入りしてはくれませんか?」


「アラベラ!俺は絶対に婿入り宣言をするよ!」


 殺気を霧散させたアティカス様が私をぎゅうぎゅう抱きしめます。

 アティカス様の寂しがりがいつまで爆発していくのかは分かりませんが、落ち着くまでは私が一緒に居たって良い訳ですよね?


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